7-2
「一点、確認させていただきたいのですが……あなた方も偽物だとお疑いでしょうか?」
ウィステリアは、給仕の者たちが退室すると同時に投げかけた。
通された応接室には、ウィステリアの他にオブシウスとシトレンの3人だけだった。
目の前に座るオブシウスは、落ち着いた様子で一度目を伏せると、頭を下げようとする。ウィステリアは手を上げて、それを止める。
「謝罪がほしいわけではありません。私は、現状を確認をしたいだけです」
神子としての実力を疑われるのは、ウィステリアにとっては珍しいことではない。実績になるような仕事を任されたこともなければ、人前に出る仕事をこなしたこともない。神子の中でも、吹けば飛ぶような立場だ。
「皆さまがどのように思っていようと、それは私が関知することではありません。ですが、それによって今後に支障が生じるのであれば……。私は、その疑いを晴らさなければなりません」
認めてくれなくてもいい。協力してくれなくてもいい。――ただ、邪魔だけはしてほしくない。
ウィステリアの願いはそれだけだ。
「あなた方に、何かを強いるつもりはありません。実力に懸念をもたれるのは致し方ありませんが、真偽を疑われるのであれば証明いたしましょう」
「先ほど、実力のほどは拝見させていただきました。今は疑っておりません」
今は。つまり、彼らも疑っていたのだ。
責めないと言った以上、そこはどうでもよい。ただ、微かな落胆があるだけ。
再びウィステリアが口を開こうとしたとき、部屋の扉がノックされた。シトレンが薄くドアを開けて確認する。そして、振り返った。
「お話し中、申し訳ございません。神子様のご依頼の品が届いたとのことです」
「ありがとうございます。受け取ります」
そうして受け取ったのは、身の丈よりも大きな包みだった。
「それは?」
「証明のためにお見せしようと思っていたものです」
そう言って、何重にも巻かれた包みを外す。姿を現したのは、青々とした葉をつけた一本の枝だった。
包みが足元に落ちた瞬間、オブシウスが音を立てて立ち上がり、シトレンが壁際まで後ずさる。二人とも、表情が強張っている。
「世界樹の枝です」
手折ってからひと月以上たつのに、葉は瑞々しく張りがある。そして、枝全体が淡い光を放っていた。
神秘的ながらも、誰も寄せつけぬ圧迫感を放っている。
「世界樹に触れられるのは、神子だけであり、枝の状態でも同じことです。――持ってみますか?」
ウィステリアは悪戯っぽく笑って、葉の付いていない切り口側を差し出す。オブシウスが一歩前に出ようとし、結局断念した。
それを見て、ウィステリアは枝を厳重に包みなおした。すると、彼らが先ほどまで感じていた圧迫感が霧のように消え去る。
お互いが元の位置に戻ると、話し合いを再開する。
「私からの要望は、ただ一つです。神木の植樹を、ひと月後に行います。場所さえ指定していただければ、後はこちらで全て執り行います」
「待て」
一気に言い切ると、オブシウスが片手で頭を抱えながら止める。
「待て。いや、お待ちください」
「昨日や一昨日のように、話していただいて構いませんよ」
温くなってしまったお茶に口づけながら、ウィステリアは首をかしげる。
何を待てと言うのだろうか。むしろずっと待っていたというのに。
オブシウスは少し悩みながら、慎重に口を開いた。
「こちらはあなたに協力する用意がある。今までの我々の態度――あなたへの対応を謝罪させていただきたい」
「先ほども申し上げた通り、謝罪は不要です。怒ってもおりませんし、不快とも思っていません。お気になさらないでください」
「……あなたは、他人にどう思われているか気にしていないのか?」
どこか茫然としたつぶやきに、ウィステリアは考え込む。
そんなことはない。いや、多少そういうところはあるのかもしれない。ずっとずっと他人のことなんか考える余裕はなかった。
期待されていないことを言い訳に、一人で好きに動いてきた。親しい相手もいなかったから、孤独を気にする暇もなかった。
前世では、文化的影響もあったが、それなりに周囲の目を気にしていたのに。人からの評価を、怖がっていたのに。
なんだか遠いところに来てしまったような気になって、ウィステリアは知らず知らずのうちに笑みをこぼしていた。
オブシウスは、それを見ていた。
「今後は、なるべくあなたの意に添うようにいたしましょう。……さしあたっては、できる限り早く王都に向かいましょう」
我に返ったオブシウスが、段取りを組む。移動手段、護衛や供回り、日数などを口に出しながら。
はて、とウィステリアは不可解に思う。
確かに儀式を行うにあたって、王への挨拶や承認などあるのだろうが、一か月で行って帰ってでは随分と忙しいだろうに。
ここは進めることを優先して、そのあたりは省略できないだろうかと悩む。あまり慌ただしいのは、お互い望んでいないはずだ。
実行はひと月後、というのは譲れない。これは、ウィステリアだけの都合ではないのだから。
それを口にしつつ尋ねる。
「王都に行くのはかまいませんが、それでは随分と忙しいのでは?」
「ここから王都まで、馬で三日。馬車なら五日ほどかかる。……それほど無理のある日程ではないと思うが?」
「往復で十日もかかっては、移動だけで三分の一の期間が過ぎてしまいますよ?」
「何かここでやらねばならないことがあるのか? それならば、済ませてから向かうが」
ウィステリアは、意図をつかみ損ねた。どうにも話が噛み合っていない気がする。
だが、どこに齟齬があるのか見当もつかない。
オブシウスも同じように感じているのだろう、怪訝そうにしている。
「口を挟むようで恐縮ですが、もしかして神子様は神木の植樹をここアルセリアで行おうとしていますか?」
シトレンの言葉に、ウィステリアは目を丸くした。何を当たり前のことを。
「違うのですか?」
「神木は……本来、王都にあるべきものでは?」
オブシウスの言葉に、ウィステリアはしばし逡巡する。
確かに、一般的に神木は首都にある。でもそれは、神木があるのに最適な場所が首都であったか、そこに神木があるから首都となったからであって、必ずしも首都でないといけないわけではない。
特に、宵の国が神木を求める理由を考えると、王都では目的の一部だけしか達成できないことになる。それでいいのだろうか。
しかし、相手の中で既に決まっていることなら、そこに干渉することは憚られた。
言っても栓のないこと、浮かんだ言葉がウィステリアの口をつぐませる。
ふと、部屋が静かだと感じた。
オブシウスは、何も言わずに待っていた。ウィステリアの言葉を、ただ静かに待っていた。
「詳しくは存じませんが、この国は細長い形をしていると記憶しています。そして、王都は北に寄った位置にあると」
地図は、この世界では機密情報にあたる。町や村の場所、地形などを知られれば、国の防衛力が著しく落ちる。
一歩間違えば、危険視されかねないと思いながらも続ける。
「対して、この町は国の真ん中あたりにありますよね」
「その通りだ」
「民の安全のために、神木を望まれているとお伺いしています。――神木は、効果範囲を円状に伸ばします。つまり、王都に植えれば、南側は効果範囲外になる可能性が高いです。それでも、よろしいのでしょうか?」
無言の間が続く。
やはり、言わなければよかったか。後悔の念が、じわじわと押し寄せてくる。
沈黙を破ったのは、オブシウスだった。
神木の効果範囲や土地の条件について一つ一つ確認していく。一通り質問が終わると、深いため息をついて重々しく口を開いた。
「陛下に奏上する」
オブシウスは立ち上がる。
「大至急、緊急連絡の用意をしろ。時間がない、急げ」
「はっ」
シトレンが素早く部屋を出ていく。
それを見送った後、オブシウスはウィステリアに向き直ると深々と頭を下げた。
「感謝いたします。――数日中には、結論のいかんに関わらず、必ずお伝えします。」
「承知いたしました。吉報をお待ちしております」
やがて、廊下を行き来する足音の数が増えていき、あちこちで鋭い声が飛び交い始める。騒がしさの中で、事態が急激に動き始めたことを誰もが感じ取っていた。
ウィステリアも。
オブシウスとシトレンも。
――そして、スピネルも。




