第八十九話 優先順位
『今から会える?』
時刻は夜一時半を過ぎていた。
非常識とも取れる連絡だったが、ラナは急いで支度をし、ヒナノに会いに行った。
ヒナノが指定したカフェに行くと、以前よりも少しふっくらとしたヒナノが座っており、ラナは怒りよりも「健康的になったな」と感じた。
しかし、どこか疲れ切った顔をしており、18とは思えなかった。
「久しぶり」
「久しぶりじゃないわよ!
なんで返信くれなかったの!?」
謝罪の言葉が出ないヒナノに、ラナは非難した。
「忙しくて…」
「………そう。
最近はなにしてるの?」
「あのね、その話をしたくて」
ヒナノはスマホの画面をラナに見せた。
トーク画面にはおぞましい文面が綴られており、ラナは青ざめた。
『指を折らせてくれる人はいませんか?
80万の報酬が出ます』
『キャットファイト案件いきたい子いますか?
70万です』
「なにこれ…!」
気持ち悪い!
カフェで大声を思わず出してしまい、注目されてしまった。
「ヒナノ…こんなことしてたの…!?」
「うん、担当にね、もっと稼ぎたいって言ったらこういうの紹介してくれる人いるよって教えてもらったの。
美容外科の先生だったから、変なじゃないよ」
「変な人だよ!
目を覚まして!」
「私ね、海外に出稼ぎに行くの」
「海外?」
「うん、一日で1000万稼げるの、しかもパーティーに出れるし」
「そんなの嘘!
やめよう、今からならまだ間に合うから」
「でももう担当に1000万のタワーやるって約束しちゃったもん」
「………っ」
ラナは言葉を失った。
ヒナノはこんなに馬鹿ではなかったはずだ。
SNSで成功したヒナノが、こんな短絡的になるだろうか。
きっとその、「担当」に騙されているのだ。
「……担当を呼んで」
「え?」
「話をさせて!
絶対に海外になんて行かないで!」
「担当、アフター中だから…」
「アフター!?
そんなのどうでもいい!
なら電話して!」
「でも、電話して嫌われたくない…」
「貸して!」
ラナはヒナノのスマホを奪い取り、担当とやらにスピーカーで通話をかけると、だるそうな男が出た。
『なに?』
「あなたがヒナノの担当ね。
海外出稼ぎなんてさせるなんて最低!」
『あ?誰だテメぇ』
「ごめん、ごめんなさい、すぐ切るから」
「ヒナノは黙ってて!
いい?
これ以上ヒナノに構わないで!
ヒナノを変な道に引き摺り込まないで!」
『………わかったよ。
ヒナ?』
「うん…」
『お前にたくさん無理させてごめんな?
たしかに、酷いことたくさんしたよな』
「そんなこと…!
私がしたくてしただけだから…」
『大事なお前に海外行かせるなんて、どうかしてたよ。
売り上げに関しては他の子でどうにかなるから。
ヒナは気にするなよ、いい友達だな。
おやすみ』
プツっと通話は切れ、案外話が通じる担当だとラナは安堵した。
「よかった…
ヒナノ、もう変なことしちゃダメだよ」
「………うん」
「なんか食べる?」
「うん…パスタにしようかな」
「!
奢ってあげる、好きなもの頼んで!」
「あのね、最近ドラマとかも見たりするんだ…」
「そうなの?
なにかおすすめ教えてよ」
「うん…
この俳優かっこよくない?」
「ほんとだ、かっこいい!
どういう話なの?」
「んーとね、スパイもの!
すっごくハラハラしてね…」
楽しい時間はあっという間に過ぎ、時刻は3時を回っていた。
「ヒナノ、大丈夫?
送るよ」
「ううん、もう引っ越したからさ。
楽しかった、またあそぼ!」
「うん!またね」
タクシーに乗り込むヒナノを見て、また繋がれてよかった…そう心の底から思った。
タクシーの乗り込んだヒナノは震える手で顔を抑えた。
「他の子………!
他の子がタワー………!
そんなの、いや…
担当の1番にならなきゃ………」
次の日。
ラナは目が覚め、ヒナノからのメッセージに気がついた。
『来てくれてありがとう!
またご飯いこぉ!』
という文字とスタンプが送られてきていた。
そのメッセージを確認し、安心したラナは後でまた返そう…と二度寝をした。
「ん…」
ラナが目を覚ますともう13時を過ぎていた。
「さすがに寝過ぎたわ…」
あくびをし、SNSを確認すると、ヒナノのストーリーには飛行機に乗る映像に「しばらく海外いきます」と小さく文字が書かれていた。
「え………?」
ラナは震える指でヒナノに通話をかけた。
心臓がやたらはやく動いて息が苦しい。
きっと、出稼ぎはやめて、普通の旅行に切り替えたんだ。
そうだきっとそうだ。
「お願い、」
通話に出て、そう言って笑って、お願い
しかし、それから二度とヒナノとは連絡がつくことはなく、ストーリーやSNSが更新されることはなかった。
なんでホストの言うことなんか信じてしまったのだろう。
ヒナノを帰すんじゃなかった。
「ヒナノちゃんの中でラナちゃんが優先順位が低かったんだよ」
先輩に相談すると、淡々とそう言われた。
「じゃあ…
優先順位が高かったら、止めれたんですか…?」
「だと思うよー。
ラナちゃんが低すぎたんだろうね」
「そんな…」
私の優先順位が低かったせいで、話を聞いてもらえなかった。
どうしたらよかったの。
「もっと自己主張しなきゃダメだよー。
いい子だから後回しにしやすいし」
「そうですか…」
ラナは、立ち入り禁止のビルに侵入し、屋上の手すりに座った。
「ひどいよ…」
1番なんか、なれるわけない。
1番になりたかったわけじゃないのに、だけど1番にならないと存在が透明と化す。
幼少期の記憶もない。
それならいっそ…。
止まらない涙を拭い、鈍いネオンが滲んで見えた。
「やめなさい!
そこから降りなさい!」
いつの間にか通報されていたのが、男性の警察官がすぐ後ろにいた。
「いや!」
「いいから!」
「こわい、私はただ止めたかっただけなのに!!
なんで優先順位が低い、なんて言われなきゃいけないの!?」
「いいから落ち着きなさい、大丈夫だから」
「大丈夫なんかじゃない!
私は…ただ友達を助けたかったのに…
ヒナノは友達だと思ってくれてなかったの…?」
思えば、久々に会った理由も今思えば、仕事を紹介したかっただけだろう。
友達にあんな仕事普通は紹介などしない、紹介料のためなんかに。
「君が死んだって、ヒナノさんはかえってこないぞ!」
「…」
「でも君は正しいことをした、間違っていない」
「………」
「悔しいよな、悲しいよな」
「君はすごい子だ、そこまで寄り添えるなら」
「………」
「だから今度は私たちが君に寄りそうから。
1人じゃないから。
降りてきなさい」
なんだか必死なこの警察官を見ていたら、死ぬのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
自分のためだけにあんなに必死に声を上げて。
「はぁ…」
ラナは屋上から地面を見下ろす。
痛そう。
コンクリートに打ちつけられて、死ぬにはたしかに早すぎるかも…そう思った。
「もう少しだけ、花屋さん続けよっかな……」
ラナはそう言い、警察官の手をとった。




