第七十八話 名前
「………見ないで」
そう言い残し、気絶してしまった。
陽翔はしっかりと止血するため布を巻き直し、男をおんぶした。
「重いな」
涼太よりは身長(186センチ)が低そうだけど、それでも自分よりも上背な、ましてや筋肉も綺麗についている男性はさすがに重かった。
「帰ろ」
陽翔はそうつぶやき、ゆっくりと男を気遣いながら帰路についた。
「あぁ…
魔法が解けちゃいましたか」
物陰から見ていた梅は、仮面を拾い、低い声でククッと笑った。
—————
「ん……?」
「あ、起きた」
「ここは…?」
「俺の家」
男はガバッと起き上がり、両手で顔を隠した。
「か、仮面…!」
「あ…ごめん。
拾うの忘れた」
「うぅ…み、見ないで」
男は指の隙間から陽翔をチラッと覗いた。
覗いた目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
「手当てしたんだけど、まだどっか痛む?」
「ちが…っ」
「それにしても随分キャラ違うね」
「あ、あれは、その…っ
僕は…」
「と、とにかく…っ
僕は負けたんだ…
警察に自首をするよ、」
「お、起きたか」
「あ、あなたは!?」
陽翔の部屋を開け、陽翔の父、勝が入ってきた。
「陽翔の父の勝だ。
君が陽翔の言っていた、強い仮面の男か」
「強くなんてないです…」
「お腹空いてるだろう、ほら食事を持ってきたぞ。
陽翔も食え」
「うん」
「そんな、いただけません。
僕は犯罪者なんですよ…っ?」
「ねぇ、一緒に食べよう」
「え…」
「お腹空いてないならあとででも」
陽翔はスプーンを男に渡す。
受け取るか悩んだ後、おずおずと受け取り、小さな声で「いただきます」と手を合わせ、お粥を掬った。
「………美味しい、です」
「はははっ、よかったよかった!」
勝は豪快に笑い、男の肩をバンバン叩く。
むぐっ!?とむせ返った男を見て、陽翔はにこっと笑った。
「あの、お皿洗います」
「いいっていいって」
「いいえ。
一宿一飯させてもらっといて、なんでもしてもらうわけにはいきませんから…」
「俺ちょっと寝る」
「え…」
「おーおやすみ」
「…」
勝と男はリビングへと降り、台所にいた母に男はぺこりと挨拶した。
「あの…お邪魔してます…。
お粥、ごちそうさまでした…」
「あなたすっごくハンサムね、うちのと並ぶと旦那が霞んで見えるわぁ」
「こらぁ!」
夫婦がいちゃつきだし、男はぽかんとその様子を見つめた。
「あ、あのっ、お話があります…勝さんに…」
「……席を外してくれないか」
勝は母にそう言うと、神妙な面持ちになり、部屋を出た。
「ど、どうして…?
こんな優しくしてくれるんです?
これから、拷問するためですか…!?」
「な、なんでそうなる!?」
「希望を与えてから絶望を…みたいな…」
「確かに君は紛れもない犯罪者だ。
だからってわざわざそんなことは」
「拷問したって無駄です。
僕はなにも言いませんよ。
安心してください。
自首もするつもりです」
なんて真面目で頑固な青年なんだろうか、と勝は感心したと同時に頭を抱えた。
「拷問はしない。
する必要はない。
ただ、君のことが知りたいんだ」
「ど、どうして…!?」
「陽翔が…」
『親父…』
『陽翔、ボロボロじゃないか!
それにこの男は…!?』
『いい奴だよ。
友達になった』
『なにを馬鹿なことを言っているんだ!
とにかく手当てを…』
『この人、いい人だよ。
俺この人を助けたいんだ。
知りたいんだ、もっと。
逮捕しなきゃかもだけど…少し時間ちょうだい』
「…って言っていてな。
ずっと寝ないで君のこと診ていたんだよ」
「そ、そんな…」
「それかどうだ…
もしくは…
特殊部隊に入って、スパイをしてくれないか」
「は…?」
男はあまりピンときていないようで、特殊部隊のことを説明した。
「僕たちをなんとかするためにつくられた組織…」
「あぁ。
協力してくれるなら、君の罪が軽くなる可能性がある。
もしよかったら…」
「スパイなんて…僕には務まりません、それに…
こそこそするだなんて、性に合いません。
自首をさせてください」
「そうか、そうか…」
「はい…」
「気に入った!
潔いい、今どき立派な情熱を持った青年じゃないか!」
「ひぇ!?」
いきなり抱きしめられ、男は短い悲鳴をあげた。
「これから特殊部隊でよろしく!」
「ちょ、やるだなんて言ってない…!」
「さぁて俺も仮眠するかぁ」
「あ、あぁぁぁ…」
一人リビングに残され、呆然とする。
「親父うるさかったね」
「わぁぁぁ!?」
「びっくりしすぎ」
いきなり現れた陽翔に後ずさる。
陽翔は冷蔵庫から牛乳を取り出して、口をつけた。
「親父はああ言ってるけど、無理してやらなくていいから」
「あぁ…
あの、ね」
「?」
「こうき…」
「え?」
「芍野 こうき…」
「約束覚えてたんだ。
よろしく、こうき」
そう言い、陽翔はこうきに新しい牛乳を手渡す。
こうきは恥ずかしがりながらそれを受け取った。
「よろしく、こうき」




