第七話 勧誘
「ゆーり、いいじゃん、久々にバッセン行こうぜ!」
「やだやだやだ、絶対いやだ!」
「涼太、やめろって」
ゆうりは電信柱にしがみつき、テコでも動かない意思を見せる。
涼太に腕を引かれても、ゆうりは「絶対に行かない!」と電信柱にしがみついたままだった。
「涼太、だから嫌われるんだよ」
「え!そうなのか、ゆーり!」
「〜〜〜!」
ゆうりは勢いよく涼太の腕を振り払って、走って去ってしまった。
陽翔の言葉にショックを受けたのか、今度は涼太が動かなくなってしまった。
「やれやれ」
と、陽翔は肩をすくめた。
バタンと勢いよく、玄関の扉を閉め、ゆうりは息を整える。
「あ………っ」
父さんの靴がある、と気づいた瞬間、ゆうりはパァっと顔を明るくする。
「父さん…っ!ただいま」
父から返事はなかった。
「と、父さん
俺…この間の全国模試、2位だったんだ…。
だけど、次こそ1位になれるよう頑張って…」
「そうか。よかったな」
父はゆうりに目もくれず、どうでもよさげにそう言った。
「…っ、部屋に行くね…」
部屋に入り、ぺたんと床に座り込み、以前陽翔から渡された青いデバイスを鞄から取り出した。
目の前で変身し、戦っていた陽翔。
最初聞いた際は、なにを馬鹿なことを、と思っていたが、まさか本当のことだったなんて。
「ヒーロー…か…」
ゆうりはため息をつき、膝に顔を埋めた。
———
「なにをしている?水沼」
「…っすみません」
顔に大きいガーゼを貼った水沼は、震えを抑えることができなかった。
百合に対する恐怖と、陽翔への怒りのためだ。
「金鞠。お前に任せようか」
金鞠と呼ばれた少女は、ピクリと一瞬肩を震わせ、小さな声で返事をした。
「お、お待ちください、百合様!
今一度、チャンスを」
「金鞠、お気に入りのお前なら。
いい成果を出せるよな?」
「はい、百合様。おまかせくださいませ」
「待ってください、百合様!」
百合は水沼を無視し、広間をあとにした。
「じゃあ仙ちゃん、あたし行くから」
金鞠は青いインナーカラーが入った金髪を櫛で整え、身支度を始めた。
「金鞠ちゃん、仙さんが行くから」
「しかし百合様は貴殿にはもう期待などしていない様子だったが」
鉄仮面の男が、仙に杭を打つ。
「このまま撤退するのが、いいのではないか?
貴殿のために言っている」
「だぁれが引くか。
仙さんに嫉妬してるからって口挟むなよ」
「…嫉妬だと?
飲酒のしすぎで、まともな思考ができなくなっていると見た」
「常時鉄仮面つけてる自信がない奴に言われても、痛くも痒くもないねー」
2人は睨み合い、ふんっと背を向けた。
「いいか、竜胆陽翔を消すのは仙さんの仕事だ。
金鞠ちゃんは手を出すなよ!」
そう言い放ち、仙は広間を出て行ってしまった。
「あーあ、もうダメなんじゃないかなぁ」
「日向ちゃん」
「1番人の話聞かないよね、あの人。
もう終わりだね」
日向と呼ばれた、桃色の髪色の男は呆れた笑みを浮かべ、閉じられた扉を見つめた。
—————
「百合様と似た名前………かの有名な片栗選手の息子…………美しい顔に柔らかそうな髪…………
欲しい、この芸術品………
片栗ゆうりくん………!」
白衣を着た男は、口角を上げ、写真に写っているゆうりの顔を優しく撫でた。
今日のバイトはなんだか憂鬱だな。
そう億劫に感じ、店頭に立つと席から笑顔で手を振っている白い男にゆうりは戦慄した。
あ、あの時の不審者だ…!
「あら、ゆうりくんお友達?
すっごくハンサムねぇ」
「友達じゃないです、友達じゃないです、友達じゃないんです!!」
バイト先の人にそう否定していると、
「じゃあお友達になりましょうか」
と、男に囁かれ、ゆうりは思わず尻餅をついた。
「ゆうりくん」
男はゆうりの手をつかみ立たせると
「君は美しい。
よかったら仲間になりませんか?」
と、囁く。
「な、仲間…!?」
「そう。
君は本当に美しい。
食べてしまいたいくらい」
「…!?」
「私たちは、いつでも歓迎するよ。
来るか来ないかは、ゆうりくん次第…」
その言葉を聞き、ゆうりは男を突き放した。
「帰れ!誰がお前みたいなやつに!!
もう来るな!!」
「ふふふっ」
男はゆうりをぎゅっと抱きしめ、出口へと向かい、
「では、また」
と去っていった。
「だ、大丈夫?ゆうりくん」
「………っ、すみません、今日は、早退します…っ」
家に帰る途中、嫌なものが目に映った。
涼太だ。
「あれ!?ゆーり!
帰りか?これから家族みんなでご飯行くけど、お前も来るか」
「行かねぇ」
「えー、行こうぜ」
「行かねぇっつってるだろ!
触んな!」
「ちょ、ゆーり!?
…なんであんな怒ってるんだ?」
家に着くと、母親と知らない男の靴が目に入った。
ゆうりはリビングには行かず、自室のドアを静かに閉め、耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑り、息を殺した。
大丈夫、大丈夫だ。
鞄から参考書を取り出そうとすると、電話番号と「いつでもおいで」と書かれたメモが入っていた。
あいつだ。いつの間に…!
ゆうりは震える手で、そのメモ用紙をゴミ箱に捨てた。
「大丈夫、問題を解いてれば落ち着く…」
ゆうりは難解な問題をすらすらと解いてゆくと、次第に落ち着いてきた。
「ほらな…大丈夫だ。
俺は、社会の歯車にだけはならない」
そう言い聞かせ、リビングから聞こえる不快な声も無視し、勉強に没頭した。
父さん…俺頑張るから…そうつぶやき、夜は更けていった。




