第六十四話 本性
子どもの泣き声がする。
聞き覚えがある声だ。
あ、なんだ。
自分じゃないか。
なんで幼い自分が泣いているんだろう。
小さい頃に幼虫から育てた蝶を自然にかえした途端、鳥に食べられたことか。
拾った猫を、買ったばかりのブランドもののマフラーで包んだことに怒った母が、保健所に連絡したことか。
悲しいことは他にもいくつもある。
小さな自分はなぜこんなに泣いているのだろう。
「…………」
やっぱり夢だ。
ゆうりは起き上がり、香水を胸に吹きかけた。
「あら、おはよう」
「おはよう…」
ミヤコがふふっとゆうりに笑いかける。
ゆうりの疲れた顔を見て、ミヤコは口角を上げる。
「ねぇ、もういいんじゃないかしら」
「なにが?」
「あなたを悩ませてるものを排除しても」
「え?」
「あなた、悩んでいるでしょう?
陽翔くんたちとの関係に。
どうせこれから邪魔になるんだもの。
殺しちゃいなさいよ」
「……そうだな」
———
陽翔は牛乳を飲みながら、ふとはなの方を向いた。
「この間、水族館でなにしたの」
「別にゆうりくんと普通に過ごしたよ」
水族館か…。
何年か昔、迷子になってゆうりと涼太が探しに来てくれた事あったっけ。
ゆうりと涼太が、迷子になった俺を探してくれて、手を差し伸べてくれたんだった。
「ちょっと出掛けてくる」
「ちょっとお兄ちゃん!?」
陽翔は、はなの自転車を借り、誰もいない夜道を走った。
「——涼太」
「陽翔、こんな遅くにどうしたんだよ」
「どうしてるかなって思った」
涼太は、そっか、と言い、夜空を見上げた。
「ねぇ」
「ん?」
「久々にキャッチボールしよ」
———
陽翔は涼太が投げる球はいつもまっすぐだな、と感じた。
グローブに乾いたキャッチ音が河原に響いた。
「陽翔、どうしたんだよ。
荒いぞなんか」
「久々だからだよ」
「なんかあったか?」
「…はなが、ゆうりと水族館行ってた。
俺だって彼女とまだ行ってないのに」
「陽翔、彼女いないじゃん」
「そのうちできるし」
「そう言ってもう2年だぞ」
「うるさ」
あはは、と涼太は声を上げて笑った。
しばらく投げ合っていたが、陽翔の体力が限界を迎えた。
「はぁ…はぁ…
もう無理」
「はやすぎないか?
陽翔もっと行けたろ」
「お前か体力あり余ってるだけ」
あー、と声をあげ、陽翔は寝転んだ。
「…ちょっとはスッキリしたか?」
「まぁまぁ」
「そっか」
陽翔はそのまま瞼を閉じ、寝息を立て寝てしまった。
涼太は、自転車は明日取りにこようと端に寄せ、陽翔を背負った。
「あー、えーと、はなちゃん?」
『涼太くん?
珍しいね、通話してくるなんて』
「あー、うん。
実は陽翔寝ちゃってさ。
今日は俺ん家泊めるよ。
明日は絶対帰すから」
『え?
わ、わかったよー。
お母さんに伝えとく』
「ありがとう、おやすみ」
陽翔を自身のベッドに寝かせ、先に寝ていた妹の布団を掛け直す。
キャッチボールし足りなかったな、と涼太は思った。
一度火がついたらなかなか消えないため、少し走るか、と思い着替える。
ランニングシューズを履き、家をあとにした。
時刻は23時。
明日は学校も休みだし、まだまだ走り足りない。
とはいえ物騒な世の中なため、なるべく人通りの多いところを走るかと、涼太は繁華街近くの大通りを走った。
すると、目の前でタクシーから男性と女性が降りた。
「え…」
ゆうりのお父さんだ。
なぜあんな派手な女性と?
涼太は思わず、物陰に隠れた。
「ねぇ明日の同伴忘れないでね」
「もちろんだよ」
「たまには家帰ったら?」
「いやぁー、あんな出来損ないの嫁と息子がいる家帰らねぇよ」
「えーひどぉ、テレビと全然違うじゃん。
子煩悩パパで通ってるくせに」
「俺にはさきちゃんさえいればいいの、別にあんな息子いらないし」
見間違えるはずがない。
小学生のときから何度か会っているのだから。
あんなに優しかったゆうりの父親が。
「ゆーり…」




