第四十四話 ミヤコ
「いやぁぁぁ!!」
漫画やドラマの中だけだと思っていた。
まさか自分が値段をつけられ、売られるだなんて誰が予想できるだろうか。
「触らないで!
よくも、私たちをこんな値段で——」
「黙らないか!」
バイヤーの男は短気だったようで、顔が崩れてしまうほど殴りつけた。
「あーあ、売り物になにしてんだよ」
「だってこいつが…」
「美しくはないですね」
梅は心底つまらなさそうにバイヤーの肩に手を置いた。
「ちなみにですが」
「あなたはおいくらですか?」
バイヤーの耳元で梅が囁いた時、彼はもう人間ではなくなった。
「大丈夫、貴方はまだ再起できる」
梅は私の手を取り、力強くそう言った。
次に私が目を覚ました時、1番最初に目に入ったのは無機質な天井だった。
「……ぁ…」
「おはようございます」
「ぁ………ぁ…」
うまく話せない。
痛い。痛いよ。
「痛み止めを。
貴方の顔を完全に戻すことはできませんでした」
梅はそう嘆いた。
彼は、私を救ってくれたのか。
それから数ヶ月、腫れは徐々に治まり、鏡を覗くと今まで見たことがない自分がいた。
以前と面影はあるが、パーツは別物。
だけど…
「綺麗」
まるでビスクドールに生まれ変わったようだ。
私はこの日から「ミヤコ」になった。
この日からミヤコは梅に心酔し、梅に必要とされるためだけに生きた。
それは綱渡りのような人生の始まりで、常に不安でしなやかにしなる波にいつも一喜一憂するものだった。
百合は大嫌い。
蜜樹も大嫌い。
梅がお気に入りだという、仮面の男も大嫌い。
模倣犯が現れ、梅に呼び出された時、ミヤコは狂ったように歓喜した。
今!梅は私を必要としている!
なによりも気持ちよく、嬉しかった。
「会いたかったです、大好きです」
ねぇ、いつ抱いてくれるの?
わたくしのこと、どう思ってらっしゃるの?
「来てくれてありがとう、ミヤコさん」
ふわりと優しく笑う。
どうして、蜜樹や仮面の男に見せる笑みを、わたくしには向けてくれないの?
「ねぇ、梅様」
「私はキャンパスは抱きません」
そう言われ、ミヤコは黙った。
「前から言ってるでしょう。
私はキャンパスを殺すこともなければ食べません。
抱きません。」
「なんでなんで…わたくしは、わたくしは
キャンパスになることなんか望んでなかった!!
勝手に救ったくせに、なんで突き放すの!!?」
「私の美学だからです」
梅の静かな声を聞き、ミヤコは涙を流した。
「お願いお願いです、すてないで、」
「必要だから、呼んだのですよ」
ああ、よかった。
必要だった。
全て、模倣犯にぶつけてしまおう。
わたくしはまだ使えますよ、と証明しなければ。
—————-
「涼太、聞いたか?
陽翔が降ろされたって」
「聞いたよ」
あおいと涼太はロビーの椅子に座りながら、庭を見つめた。
「あおいは、なんでアイドルになったんだ?」
「かわいいから!
…スカウトされたんだ。
女としてアイドルにならないかって」
「そうだったのか…」
「最初は適当だったけど、初めてライブした時のファンの熱量見て思ったんだ。
あ、絶対裏切れない、大切な存在だなって。
だからその日から男の人生は捨てたってわけ!
オレはさー…
セカンドキャリアもなければ学歴もないわけ。
だから今を全力でって決めてんの!」
ま、女の子好きなのは変わらないけど!と、あおいは笑った。
「俺、小学生のときに親父が死んで。
消防士で殉職したんだ」
「うん」
「だからお袋と弟と妹を守りたくって。
将来は野球選手になってお袋を喜ばせたいんだ!」
「涼太ならなれる、絶対!
だってバスを変身しないで追いかけたし」
「あはは!」
「陽翔とは…家族ぐるみで仲よくって、ほとんど兄弟みたいで」
「うん」
「一緒に走って遊んで時々殴り合いの喧嘩して」
「へぇ〜意外」
「そのうちゆうりも加わって、小1から中3までクラス一緒で」
「そんなことあるんだ」
「親父が亡くなったとき、陽翔とゆうりの前で初めて泣いたんだ」
「でも俺さ」
「陽翔が泣いてるところ、見たことあったっけ…って思って」
「入院してた時すら…」
「…」
「落ち込むところは何回か見たことあったけど…」
「…きっと夜に枕を濡らすタイプなんだよ」
あおいの言葉に、だといいけど、と涼太はつぶやいた。
あおいの言葉に、涼太は立ち上がる。
陽翔のためにも絶対、模倣犯は捕まえてみせる。
そう2人は誓った。




