第四十話 やりたいこと
朝7時半
日向はまっすぐ弓を引いた。
弓矢は真ん中に当たり、日向はふぅーと息を吐く。
弓道、アーチェリー、射撃。
的当ては極めた。
全てルールが違う。
難しい。
けれど、昔言われた「なんか狙ってるときの、ひーくんかっこいい!」
その一言で、全て極めたい、そう思った。
————-
「はじめまして、ラナさん!」
「あ、うん、はじめまして、はなちゃん」
ラナは竜胆家にお邪魔していた。
ラナは現在一人暮らしをしており、花屋で働いている。
今日も1人なのか?と、勝に聞かれ頷くと一緒に家で夕飯を食べていきなさいと、誘ってくれたのだ。
「あらぁ、かわいいお嬢さんね。
陽翔の彼女?」
「違うよ」
陽翔の母親はラナを見て、あらぁ〜と目を輝かせた。
「家族が揃うの久々だね」
陽翔が嬉しそうに食器を並べている姿に、ラナは少しだけズキっと胸が痛んだ。
「ラナさん、いっぱいおかわりしてね」
そう言われ、クリームシチューがラナの目の前に置かれ、ラナは「え、と…」と、勝と陽翔を交互に見た。
「ねぇねぇ、ラナさん、このあと一緒になんか観ようよ!」
「はなの肉もーらい」
「お兄ちゃん!」
「あはは…」
ぎゃーぎゃーと喧嘩する陽翔とはなに、ラナは苦笑いを浮かべた。
シチューは美味しいし、家はあたたかい。
でも居心地がすごく悪かった。
「私、今日はご飯いただいたら帰ります。
明日も仕事だし」
「えー!ラナさんともっと話したかったぁ」
「送る」
「い、いいよ大丈夫」
一刻もはやく、逃げたかった、このあたたかみから。
ラナは出されたシチューの味が美味しいのか、薄いのか濃いのかわからず、食事を進め、食器を洗い、上着を羽織った。
「ごちそうさまです。
美味しかったです」
うそだ。
味はわからない。
「あ、ラナ」
ラナは竜胆家全員に会釈をし、玄関の扉を開け外に出た。
「はぁ…
家に帰ったらご飯が用意されてる世界、本当にあるのね…」
「ラナ」
「は、陽翔!?
どうしたの?」
「送る」
「いいって言ったのに」
こんなとき、陽翔の頑固さにラナは時々苛立ちを覚えることがあった。
だけど、これが彼の利点であり、ヒーローに選ばれた理由なのだろうとラナはわかっていたし、嫌いではなかった。
「ラナ」
「なに?」
「今度焼き肉行こう。
あおいの奢りで」
「え?」
「この間あおいに連れて行ってもらったんだ」
だからラナも涼太も一緒に、と陽翔は付け加えた。
「…あおいが怒るよ」
「そうかも」
ははっと、陽翔は笑みを浮かべた。
「陽翔は、やりたい事あるの?」
「やりたいこと?」
「陽翔は、色々選べるからいいよね」
ラナは嫉妬にも似た言葉が出た自分の口を水から引き裂きたい、そう感じた。
「やりたいこと…
ラナとやりたいこと、たくさんあるよ」
「えっ?」
「涼太やあおいとも」
なんだ。
びっくりした。
「ラナは、なにかあるの」
「私は………」
「スタバに、行ってみたいな」
「行こうよ。今から
「今から!?」
陽翔はラナの手を引き、駅前にあるスターバックスに入店した。
店内に入ると、慌ただしく動く店員、コーヒー豆の香り、カチャンというコーヒーマシンの音が五感を刺激した。
「ホットミルクください」
「かしこまりました。
そちらの方はお決まりですか?」
「え!?
えーと、」
どうしよう、はやく決めなきゃ。
でもどれも美味しそう。
新作のフラペチーノ、定番のラテ、抹茶やココアなどもある。
そもそもアイスかホットにするかも決めてない、どちらも捨てがたい、どうしよう。
「全部、美味しそう」
「全部頼めば」
「なに言ってるのよ」
「全部が無理なら明日また別の味頼もう。
その次の日も」
ラナは陽翔のその言葉を聞き、自分との未来を想像してくれたことに、じんわりと胸が熱くなった。
「次は、あおいも涼太も一緒に」
「い、いいの…」
私がその輪に入っても。
そう言いかけたが、うまく口が回らなかった。
「当たり前に」
ラナは迷った末、新作のフラペチーノを頼み、恐る恐るストローに口をつける。
不思議。
さっきのシチューより、あったかい気がする。
「美味しい?」
「…うん」
「明日、ラナがなに選ぶか楽しみ」
陽翔は、涼太ならきっと定番の抹茶で、あおいはきっとソイラテとかだよ、と予想を次々と口に出した。
「毎日、みんなでやりたいこと一個ずつしていこう」
「…うん」
ラナはこくん、と頷き、再びフラペチーノに口をつけた。
「陽翔は、私にないものをたくさん持ってるね」
「?」
あたたかい両親に仲のいい妹。
羨ましいな。
「私、陽翔になりたいな」
「そう?」
「俺もラナになりたいな」
「えっ?」
「だって判断力あるし、俺を水沼のおっさんから助けてくれたの、すごくかっこよかった」
「そう、かな」
「ラナだって俺にないものたくさんあるよ。
今言った判断力もそうだけど、礼儀やマナーだってあるし。
気遣いだって1番できる」
「それは…そうかもだけど」
「俺できないから」
「涼太にもあおいにもゆうりにもなりたい。
みんなすごいし」
「そう、ね」
「ラナだってすごいよ。
いつだって、かっこいいよ」
「…そんなことない」
「?」
「私空っぽだもん。
なんもないもん。
その時必要な言葉言ってるだけだもん。
陽翔や涼太やあおいみたいに、なれないよ、なんにもないんだから」
「空っぽなんだ。
それならこれから一緒に埋めていこうよ」
「だって本当に空っぽなら、スタバに行きたいだなんて言わないじゃん」
「!!」
「…ありがとう」
ラナはそう言って、フラペチーノに口をつけた。
あれ?フラペチーノってこんなしょっぱいんだ。
初めて知った。
————
「あれ、ゆうりくんまだ残ってたんだ」
「ああ」
ゆうりはイヤホンを取り、日向にお疲れ、と言う。
「なに勉強してるの」
「今集中してんだよ」
「なんか必死だね」
「うるせぇ」
「ゆうりくんは好きなものとか将来の夢とかなさそうだよね」
「あ?」
ゆうりは日向のその言葉を聞き、シャープペンを握りしめる。
「別に、だからなんだよ」
「あ、本当にないんだ」
日向の目を見て、思わず寒気がした。
本当になにを考えているかわからない。
無視をし、参考書へと向かう。
「なんかゆうりくんってあれに似てるよね、えーと、なんだっけ、海外の」
「…?」
「あ、思い出した。
マトリョーシカだ」
「…は?」
「こう、開ければ開けるほど小さくなっていって、中身なんかない、スカスカなの」
「は、は…?」
「ゆうりくんて、知れば知るほど自分がないんだなって思って。
かわいいし、似てるなって」
「な、なんなんだよ…お前…」
ゆうりは顔に青筋を浮かべた。
こんなに腹が立ったのはいつぶりだろうか。
「怖い顔…
なにか悩んでるのかな?
僕、カウンセラーの勉強もしててね、よかったら最初の患者になってよ。
なににお悩みですか?」
「………」
「ゆっくりでいいから」
「…………」
「……今日は言えないみたいだね、
じゃあまた後日にしようか」
「………」
ゆうりはこいつは異常だと再認識した。
しかし、日向がスマートフォンを開き、日向の目に光が宿ったのをゆうりは見逃さなかった。
決してスマホの光が反射したとかではない。
まさに希望を見つけた、そんな目だった。
「なに、見てるんだ…」
「小さい頃の写真だよ」
日向はそう言い、幼い頃の日向と一緒に映る少女の写真を見せてくれた。
「ここ…なんだ?」
後ろが少し、病院なような、老人ホームのような。
もしかして、昔入院していたのだろうか?
「ああ、ここ?実家」
「えっ」
「僕、孤児院で育ったんだ」




