第四話 加減
「お前と俺の未来を守るヒーローになる!」
「りょうた…」
仙は小さく舌打ちをした。
「げぇ!?まじかよ…!?
…まぁ、1人でも2人でも、同じことだ…」
「陽翔…帰ったらバッセン、行こうな」
「…うん」
そう言い、涼太は拳を握り小さくカウンターを叩いた。
すると、カウンターは真っ二つに綺麗に割れてしまった。
「「「ええええー!!!?」」」
「りょうた!? な、なんれそんな力…!?」
「わ、わかんねー……
力、入れた覚えねぇのに……!」
カウンターが壊れたのを見て仙は悲鳴をあげた。
「バーを壊すなぁ!!」
「い、いやそんなつもりは…!」
「こんの…!」
仙は陽翔に向かい、瓶を振り上げた。
「陽翔!」
涼太は仙を止めようと殴りかかるが、避けられてしまい、パンチは壁にめり込んだ。
すると…
めり込んだところから亀裂が生じ、上まで伸びてゆき、小さなシャンデリアが床に無惨に落ちて飛び散った。
「ギャーーー!俺の店がぁ!!」
そのときだった。
遠くからサイレンの音が聞こえた。
先程のカウンターを壊したときの音で、誰かが通報してくれたのかもしれない。
「チっ…!
この恨みは忘れないからな!」
——絶対に取り立てにくるからな。
覚えとけ!」
仙は建て付けが悪くなったドアを一撫でし、夜の街へと消えた。
「お前たち…」
「あ、おやじぃ〜…
牛乳ちょーらい…」
「お、親父さん…」
「なぁにをしてるんだぁー!!!」
勝の怒号が繁華街に轟いた。
「お前たち!ビルを壊すな!」
「うぷ………おぇぇっ!」
「吐くならこれに吐きなさい!」
勝は陽翔にエチケット袋を差し出す。
すかさずそれを受け取り、体内に残ったアルコールを吐き出した。
「………俺確か酒飲んで….…」
「……配信されてたぞ」
「!?」
涼太は例の生配信の切り抜きを陽翔に見せると、血の気が引いたように真っ青になった。
「なんで、こんな………学校にバレたら…」
「うーん………髪も明るくなってるし、仮面してるし…大丈夫だろ!!
多分」
「多分!?」
「はぁ………今のところ、俺のところには連絡はきていない。
いいか、2人とも。
次になにかあったら真っ先に俺に連絡するように!」
「う………っ、プレッシャーで吐きそう…」
「大丈夫だって、なんとかなる!!」
「聞いているのか2人とも!」
その日陽翔は悪夢を見た。
『あいつ、派手な衣装で…』
『やらぁ…なんて情けない』
『お酒飲んだの?お兄ちゃん…』
『私、こんな子に育てた覚えないわ!』
『竜胆陽翔くん、君は未成年であるにも関わらず、飲酒をし、あまつさえそれを配信に流すだなんて。
我が校の恥です。
本日付けで、退学処分とします!』
そう校長に突きつけられ、陽翔は悲鳴を上げ飛び起きた。
「ゆ、夢」
どうしよう。
現実になってしまったら…。
せっかく頑張って、涼太とゆうりと同じ学校に入れたのに。
「お兄ちゃーん、朝ごはん!
……なにやってんの?」
陽翔は部屋に入ってきたはなに驚き、思わず机の上に置いてあった教科書で顔を隠した。
「お、音読しようかと…っ!」
「あっそ。なんでもいいけど、遅刻するよ」
「学校………行っていいの?」
「は?」
「は?」
はなはきょとんとした顔で、陽翔を見た。
「行くに決まってるでしょ。
なんで行かない選択肢があんの」
「……でも……」
「でもも何もないよ。
ほら、早く。パン冷める」
かつてこれほどまでに、学校に行くのに緊張したことがあっただろうか。
受験のときですら、まだ落ち着いていたというのに。
遂に、校門の前に着いてしまった。
皆普通に校舎に向かって歩いているのに、学校を目前に立ち尽くす陽翔に、何人か訝しげな目で見る生徒もいた。
今の陽翔には、あの配信の件で見られているようにしか感じられなかった。
胸がジワジワと熱くなり、心拍数が上昇する。
変身したときより、熱くなってる気さえする。
「はよ、陽翔」
「うあぁぁぁっ!?」
いきなり涼太に声をかけられ、心臓が口から飛び出すかと思った。
「うを!?びっくりした」
「こ、こっちのセリフだ…!」
「涼太お願いがある、教室連れてって」
「いいけど…あのこと」
「わーっわーっ!」
配信のことを口走りそうになった涼太の口を慌てて、手で塞いだ。
「わ、悪い…」
「うん…」
涼太に送り届けられ、ぎこちなく席に座る。
HRが始まり、陽翔は目をぎゅっと瞑った。
このまま、みんなの前でなにかを言われたらどうしよう…。
そんな心配も杞憂に終わり、宿題の提出の共有のみで終了した。
HRが終わっても1時間目が終わっても、特に配信の件に触れられることはなかった。
普段、陽翔は人の噂などに聞き耳を立てないが、今日ばかりは違った。
だが、聞こえてくるのは、アイドルのあおいちゃんがかわいい、宿題の問3がわからないなど、普段の日常と大して変わらない話だった。
なにごともなく昼休みになり、ようやく陽翔にもルーティンである牛乳に口をつけることができた。
「別にうちのクラスでも話してる奴いなかったよ。
やっぱり考えすぎだったんだよ」
「そうだね」
屋上でほっと一息、牛乳を飲む。
涼太の言う通り、考えすぎだったのだ。
2人しかいない屋上に、ゆうりが珍しく機嫌がよさそうにやってきた。
「いたいた。陽翔」
「なに」
「いつ、コスプレデビューしたんだ?」
「ブッ」
「ゆーり、お前、配信見たのか?」
そう涼太が尋ねると、ゆうりは意地悪な笑みを浮かべ、にっこりと頷く。
「周りはだぁーれも気づいてねぇけど、残念ながら俺は幼馴染だからなぁ」
いやでも気づくんだよ。
と、ゆうりはかつてないほどの笑顔でククッとひと笑いする。
「なぁにが、「やらぁ…」だよ」
「ゆ、ゆうり…!いや、ゆうり様!忘れてください」
「いや〜どうしよっかなぁ、お前この間、俺のバイト先に茶化しにきたよなぁ」
「すみませんでした」
「やめろよ、ゆーり」
「まさかお前がコスプレして飲酒とは…まぁ、気が向いたら黙っててやるよ」
「…!そっちがその気なら…!
こっちだって一年のときお前が文化祭で罰ゲームで着せられたメイド服の動画を、はなに見せるぞ!」
「消せっつったろ!」
「陽翔、交渉術間違えてないか」
—————
「やはり子供に特殊部隊など向いていません。
感情で動く。
判断が遅い。
覚悟も足りない。
—今からでも、もっと厳選すべきです」
「そんなことは、わかってる」
勝は一度、言葉を切った。
「それでもだ。
あの2人を……俺の息子を、頼む。
間違えれば、命を落とす。
君の力を借りたいんだ。
アザミちゃん」
アザミと呼ばれた女は、勝をいつまでも睨んでいた。
その目には、怒りではなく、諦めが滲んでいた。




