第三十二話 梅
「梅!梅はどこにいる」
百合はヒステリックに叫んだ。
「…めい?」
「あの男の名前だ。
ヤン・メイという」
ゆうりの疑問に、仮面をつけた男は静かに答えた。
「ふーん…」
「今、メイは留守にしてます」
百合はどこに行ったのやらと、ため息を吐いた。
白と水色が基調の松濤にある、カフェで、梅は2段になっているトレイスタンドからマカロンを手に取り、ひとかじりする。
シトロンの味が、口いっぱいに広がり、梅は頬を紅潮させた。
長い脚を組み直し、ハーブティーを口に流す。
そんな梅を見て、周囲は息を飲んだ。
白に近いグレーの長い髪に、透明感のある肌。
そんな男が1人、アフタヌーンティーを楽しんでいたら、目立つに決まっていた。
カフェをあとにし、渋谷の駅の方へ歩く。
身長が192センチほどあり、梅は自身のスタイルの良さを自負していた。
きちんと鍛え、服を着こなすことが、梅の人生の楽しみであり、喜びでもあった。
贔屓にしているゲランの香水を身に纏い、花に寄ってくる「素材」を今日も待つ。
ゲランに寄り、店員の丁寧な接客に感動し、新作に加え、まだ残っているのに美容液を追加で購入してしまった。
とても良い日だな、と梅は胸を高鳴らせた。
繁華街にさしかかり、30代ほどの男性が、わざと女性にぶつかりながら歩いているのを見かけ、梅は死んだ目で笑みを浮かべた。
空は青く、冬にしては暖かい。
店員にいい接客を受けた。
こんなよき日にさらに使い回しができる醜い素材を見つけてしまった。
「君」
いきなり自身より大きい男に不気味な笑みで話しかけられ、ぶつかり男はビクッと肩を震わせた。
「なにか不満があるのでしょうか」
「は?」
「この世の鬱憤を弱いものにしか向けられない、醜い行動を、ずーっと見ていました」
「え……?」
「あなたにだけ、できることを考えたんです。
さぁ、これからは不満を溜めることはありませんよ。
行きましょう」
「——ええ、ええ。
お好きにどうぞ、高値ではなくても大丈夫です。
全て、お好きなように」
梅が連れてきた男性はもう朝日を拝むことはできない。
全て、梅を不快にさせた男が、梅に見つかったのが運の尽きだったのだ。
自身で手を下さなかったということは、梅にとって相当不愉快にさせる行動をしたのだろう。
仮面を被った男は、少しでも梅から距離を取ろうと、ゆうりの方に少し席をずらした。
(ゆうりはそれを避けるように、また席をずらした)
梅は、デパートで購入したチョコレートを口に含み、頬を紅潮させる。
「甘いもの、大好きなんです」
「そ、そうか」
「全部食べちゃいたい。
ゆうりくんも、あなたも」
その言葉に、ゆうりと仮面の男は背筋を凍らせた。
冗談です、とお茶目に梅は笑った。




