第三話 約束
すっかり夕日は沈み、涼太は部室でパンをつまんでいた。
ふと、デバイスを手に取ると陽翔から通話が先程あったようだ。
涼太はかけ直してみるも、反応はない。
スマホではなくわざわざデバイスの方にかけてくるだなんて。
「ヒーローかぁ」
『大きくなったら、すごい野球選手になれる!』
『球団のヒーローになること間違いなしだな!』
そう言われて育ってきた。
正直、陽翔が言っていたヒーローというものにピンとこない。
実際どうやってその組織を止めればいいのだろう。
「あーだめだだめだ!考えこんでも仕方ないし、バッセンでも寄って帰るかぁ」
ピコンピコンとデバイスではなく、元々所持していたスマホの通知が鳴り止まない。
不審に思い、開いてみると
『未成年現役男子高校生、飲酒してみた!』という配信が、SNS上で拡散されているようだ。
「………ん!?
はる、と………?」
仮面をしていて顔は半分隠れているが、雰囲気や声で涼太にはこの動画の人物が陽翔だということが、わかった。
陽翔は非行に走るようなやつではない。
いつもは淡々としているけど、正義感に強い陽翔が、自らすすんで飲酒、ましてやそれをネット配信に晒すわけがなかった。
画面の向こうの陽翔は床に伏せ、必死にカメラを睨みつけていた。
——あいつが、こんな顔するだなんて
1番隣にいた奴の連絡に出れなかった。
そのせいで、こいつをこんな目に合わせてしまった。
涼太は昼間に軽く了承をしたことを後悔した。
「助けないと…!」
陽翔を、今すぐ!
「あ〜あ、可哀想!
停学か最悪、退学だねぇ」
「退学……? やらぁ……」
「だよねぇ〜!
ほらほら、もっとその呂律の回らない舌を動かして!」
「………………」
「? おーい」
「………………あ〜」
「おっ」
「みずぬませんって……
おじさんに、いっぱい、のまされた」
「……!?」
「いやらった……
まずいし……牛乳、のみたい……」
「おい」
「みずぬません……
もぉ、のませんな……」
一瞬の沈黙。
「あーあ、配信終わりだ」
スマホを下ろし、低い声で吐き捨てる。
「……名前出してんじゃねぇよ。
ガキが」
仙のスマホが、ピロン、ピロン、と間のない音を立てて震え続けていた。
画面を伏せても、止まらない。
『未成年に無理矢理飲ませてるってマ?』
『水沼仙じゃん。声同じだし』
『こいつの店、系列バーも全部黒だろ』
『DVで有名なホストオーナーじゃね?』
『男子高校生拉致はライン越え』
『きっしょ』
『普通に犯罪者』
『酔っ払いDKかわよ…』
『はよ消えろ』
次々と流れ込む文字に、仙は舌打ちする。
スマホを掴み、壁に投げつけそうになって、踏みとどまる。
「炎上しちまったじゃねぇか!」
「お前を炎上させて、退学にしようと思ったのによぉ!
しねや、クソガキ!!」
「ぐっ……!」
仙は陽翔の前髪を乱暴に掴み、無理やり顔を上げさせた。
視界が揺れる。
次の瞬間、乾いた音が響いた。
陽翔の頬に、強い衝撃が走る。
「っつ…っ!」
「はぁ……はぁ……
まぁ、いいさ。
とっとと始末するか……」
「う……っ、りょうた……」
その瞬間だった。
――――ドンッ!!
バーの扉が、壊れそうなほどの音を立てて開いた。
「はると!!」
涼太が駆け込む。
床に倒れている陽翔を見つけるなり、膝をつき、水を掴ませた。
「っ……無事か……!?」
「な……なん、れ……」
震える手で水を受け取る陽翔を見て、
涼太の視線が、ゆっくりと仙へ向く。
「……お前か」
声は低かった。
「デバイス見て来た。
――お前、こいつに何した」
仙は一瞬、笑みを浮かべたまま固まった。
——想定外だ。
未成年一人を潰すだけのはずだった。
ここに、もう一人“踏み込んでくる”人間がいるとは。
……面倒だ。
内心でそう吐き捨てながらも、
口元の笑みだけは、崩さなかった。
「お友達、か。
いやぁ……泣けるね、わざわざ」
「はるとを…よくも…!!」
「!おっと」
涼太はバットを振り上げ、仙に襲いかかるが、仙は軽やかに避けていく。
「女の子に刺されそうになることなんて、しょっちゅうだからねぇ。
逃げ足だけははやいのさ」
「うるさい!!」
なおも軽く避けた仙に、一瞬ぐらつく涼太。
その時、仙は棚にあったガラス瓶を手に取り、迷いなく涼太の頭を思い切り叩いた。
「がっ!?」
涼太は視界がぐらつき、足元の感覚が抜け落ちた。
「り、りょうた!」
「あーあ、フィジカルおばけそうなのに、中身は案外こんなもんか」
「はる…」
薄れゆく意識の中、昔のことを思い出した。
『おれさ、おっきくなったら野球選手なるんだ!』
『へぇー』
『はるとは?なんになるの?』
『わかんないまだ』
『えーそうなのか
はやく見つかるといいな!』
『俺涼太と一緒に見つけていきたいな』
『!』
『学校とか仕事別々になっても、親友ってことで』
『おお!ずっと仲良くいような!』
『当たり前に』
そうだ…。
俺はまだ、陽翔の夢を聞いてないぞ。
陽翔は、妹のためにヒーローになったって言ってた。
だったら俺は…
「お前と俺の未来を守るヒーローになる!」
涼太がそう叫んだ時、デバイスが反応し、ポケットで揺れた。
震える手を押さえ、画面を見ると、
適合
そう書かれていた。
次の瞬間、
涼太はヒーローの装いとなり、
陽翔を守るように、その前に立っていた。




