第十九話 金鞠
時刻は6時30分
ヴーヴーっとスマホのアラームが鳴り、金鞠蜜樹は目が覚める。
シャワーをさっと浴び、化粧水、美容液、クリームを擦らず丁寧に塗り込み、まつ毛美容液でまつ毛に栄養を与える。
ヘアミルクを2プッシュ、青いインナーカラーが入ったプラチナブロンドに塗り、乾かすと艶々と綺麗に仕上がる。
いつもの工程のメイクも終わらせ、ネイルにオイルを塗り、鏡の自分と目を合わせる。
「よし、今日もうまく擬態できてる」
専門に着き、いつも通りに授業を受ける。
トータル美容を学んでいるが、ヘアメ、パーソナルカラー、ネイル、まつ毛パーマ、覚えることがありますぎて頭がクラクラする。
長かった授業も終わり、同級生からの遊びや合コンの誘いも断り、帰路に着く。
部屋に到着し、手を洗いうがいをし…
ようやくパソコンの前に座る。
「スゥ————————」
「あおいちゃん、今日も尊い——」
蜜樹はアイドルのあおいのオタクだった。
「待って待って、今回のMVもめちゃくちゃかわいい、え待って尊死する」
あおいはアイドルではブルー担当で、蜜樹のネイルやインナーカラー、私服も青を基調としていた。
推しカラーだから。
「はぁーーー、尊い、かわいい、語彙力が尊死した」
あおいに夢中で、テンションが上がっていたが、ふと昨日のゆうりと陽翔のことを思い出し、トーンダウンした。
「………」
あたし、なんでこんなことしてるんだろう。
「こんなことしてるって、パパとママが知ったら悲しむだろうな」
いや、悲しむどころかじゃないか。
蜜樹の両親は蜜樹がかわいいあまり、幼い頃から空手を習わせていた。
蜜樹も別に嫌々させられているわけではなく、やるならトップを目指したかった。
蜜樹が高校生になるときは、空手は黒帯で負け知らずであったが、今のように女っ気はなかった。
それでも女子校で背丈も高く、顔がよかったため、「学校の王子様」として通っていた。
でもかわいいものや少女漫画が好きで、よくスマホで可愛いものを眺める、それが当時の蜜樹の楽しみだった。
ある日、SNSにあおいが踊っている動画が流れてきて、蜜樹は釘付けになった。
——なんて可愛い女の子なんだろう。
私もこんなふうになりたい。
そう思い、美容学校に進み、推しの顔に泥を塗りたくない、その一心で美容やおしゃれに人一倍お金をかけた。
1年前。
「お、お金が足りない…!
推し活におしゃれに美容にその他諸々なんでこんなお金かかるのー!?」
やっぱり稼ぐってなったら、夜の仕事しかないかな…
そう思いながらガールズバーの客引きの女の子を眺めていると、ポン、と肩を叩かれた。
「なんか困ってるの、お嬢ちゃん」
「俺は水沼仙。
困ってるなら話聞くよ」
「…だ、大丈夫です」
いきなりかっこいい男に話しかけられ、蜜樹は心臓が口から飛び出るかと思った。
「お金、困ってるんでしょ。
ガルバなんてやめとけ、君ならもっと磨けば上にいける」
「上?」
「そう。もっともっとかわいくなれる。
そしたらたくさん稼げる」
「……」
この時、お金がないからって水沼について行かなければよかった。
人って顔がいい人は騙さないとか、無意識で思い込むんだろうな。
とにかくお金がなかったことも判断力を鈍らせ、ついて行ってしまった。
「美しい」
いきなり白い…とにかく白くて小柄で自分よりも年下だろうか…
百合に大層気に入られた蜜樹は年齢が16歳以上だということから、見逃され、こうして部活として扱われている。
もし、あたしが、水沼みたいに見限られたら。
もっとお気に入りの女の子ができたら。
「あの時、あたしがまだ16歳以下だったら……」
想像しただけでもゾッとする。
でも、もう止まれない。
ゆうりだってこっち側に来てほしくなかった。
でも、止められない。
あたしだって、やるしかないんだ………
助けてなんて、言えない。
あたしの今の生活は、他の女の子の不幸で成り立ってるんだから。
「ごめんね、パパ、ママ」
蜜樹はそうつぶやき、静かにパソコンを閉じた。




