109話 うさぎさん
「…………?」
「これ、貴方のでしょ?」
「もう、捨てたよ?」
なんで持ってるの?と、日向はキョトンとした。
ラナと名乗る少女は、日向の隣に腰を下ろした。
「アイス、食べたかったの?」
「うん」
「なら、一緒に食べようよ」
「?君と?」
「一緒に、できなかったことやろうよ」
なぜ。
そんなこと言ってくるのかわからなかった。
だって赤の他人は、日向のことなんてどうでもいいから。
「…………?」
「いや?」
「…嫌じゃないよ」
「私ね、アイスまだ食べたことないんだぁ」
「そうなの?」
「だから、食べてみたかったんだぁ。
バニラってどんなだろう?」
目を輝かせているラナに、ドキっとした。
教えたい。
バニラがどんなかを。
「僕………アイス買ってくる」
「え??」
「だから、なにが好きだったか、教えて?」
僕が太陽としたかったことは、大したことじゃなかったんだよ。
泣いても怒っても、ママもパパも太陽も、ソラもかえってこない。
それなら、未来を向くしかない。
新しい「太陽」見つけた。
僕の新しい未来。
当時はそう思った。
ラナは正義感の強い少女だった。
いじめられている子や孤立しがちな子を、率先して助ける。
優しいお母さんみたいな。
だから皆ラナに頼る。
「ラナ。
大丈夫?」
「…なにが?」
「なんとなく?」
「ひーくん…だいすき!」
「わっ」
ラナが抱きついてくるのは、いつものことだった。
女の子にこんなに好意を伝えられたのは初めてで、正直どうしていいかわからなかった。
ラナはひーくんと呼び、いつも大好き、と言ってくれた。
出会ったのは、5歳の頃、寝る時にいつも頬にキスを落としてくれる。
これを意識し始めたのは小学2年生の頃から。
意味が変わってきたのは、中学2年生の頃から。
唇のキスになったのはもういつだったか覚えてない。
どちらからともなくだったと思う。
小学3年生になった夏。
夏祭りで、射的をした際、ラナが放った一言が人生を変えた。
「ひーくん…射的してるとこ、かっこいい…」
「ほんと?」
小学4年生になり、部活は弓道と決めていた。
ラナがかっこいいと言ってくれたから。
ラナはいつだって笑顔で、そんな太陽みたいな笑顔を見ているだけで癒された。
「はいはい、お水かえたげるねー」
学校のうさぎ小屋でラナはとびきりの笑顔を見せた。
柵の外から見てると、天使と、うさぎはその使いに見えた。
「ひーくん、私うさちゃん大好き」
「そっか、ラナはうさぎが好きなんだね」
また一つ、ラナの好きなものが知れた。
うさぎを見ていたラナが、言った一言が、人生を変えた気がする。
「ひーくんと結婚したら、うさぎさん飼いたいな」
「結婚……」
「ひーくん昔わんちゃん飼ってたんでしょ?
いいなぁ……ひーくん」
「ラナ……
結婚したら、わんちゃんもうさぎさんも、家族に迎えようよ」
「ひーくん…」
「僕、ラナのためにがんばるよ。
ラナのためなら、なんでもする…!」
「ひーくん、真っ赤だよ」
「し、しかたないでしょ」
頬にキスしてきたラナにさらに真っ赤になった。
笑っているラナを絶対に守る、もう絶対に失いたくない。
「今日、部活だけどラナは?」
「私はうさぎさんの水かえて帰る」
「わかったよー」
軽いやり取りを交わし、弓場に向かった。
ラナは上級者のいじめをも見逃さなかった。
「やめなさいよ!」
ラナのたったこの一言。
これがいじめっ子の逆鱗に触れたようだ。
「ラナが帰ってない………?」
いつもなら、おかえりひーくんってハグしてくれる。
玄関を飛び出して、ラナを探した。
うさぎに構いすぎて、時間を忘れているんだ、きっと。
やっぱり。
うさぎ小屋の中でしゃがんでいるラナが見えた。
「ラナ……!
…………………ラナ」
うさぎは暴行され、息をしていなかった。
「うっ…、うっ」
「ラナ…………」
ラナを泣かせたの。
誰。
「ラナ。帰ろう。
うさぎさんは、明日お墓つくってあげよう」
「うん………」
ラナを泣かせた事、一生忘れないからね。
—————
「はやく持てよ」
上級生ともあろうものが、弱いものを虐げて、なんて醜いのだろうと思った。
1人に対し、過剰すぎる暴行。
きっとその足で、ラナのうさぎも蹴り上げたんだろう。
「ねぇ、知ってる?」
「あ、なんだお前」
「うさぎって、耳に神経が集まってるんだよ」
「はぁ」
「君たちは耳を中心に蹴ってたよね?」
「あ?」
「なら、神経をズタズタにされても、文句は言えないよね?」




