103話 再建期間
「傷が、落ち着いたら手術しましょう」
久々に日本語を聞いたような気がする。
「…手術…?」
「あなたは顔を、ゲンケイもなく殴られたんですよ」
「あぁ…妹は…妹は」
男はそれに答えず、手元の本を読み始めた。
「あなた、日本人なんですねー…ヒサビサに帰国したら、日本人がシュピンされててびっくりしました」
マリアは痛みでうめき声をあげた。
出血もまだ止まっておらず、痛みがどんどん体を支配していく感覚に襲われた。
「痛み止め、ほしいですか?」
この男は一体なんなんだ。
白衣を着ている、部屋も病院っぽい。
本当に医者なのだろうか。
「失礼しました。
私は、梅といいます」
メイ…?
現地の医者だろうか。
「美容 外科医です」
痛い、とにかく痛い。
姉さん、助けて。
妹の顔を見て安心したい。
助けて、誰か。
「大丈夫、貴方はまだ再起できます」
「妹を……」
「妹さんなら、大丈夫、安全で美しい場所、います」
安全で美しい場所?
海外の人だから、きっと間違えた使い方をしてるのだろうか。
「安全…?
本当に…今すぐ会わせてくれる?」
「今はおやすみなさい」
そう言って、梅という男はトレイから注射器を取った。
まさか変な薬を注入する気では。
「静脈麻酔です」
なぜそんな麻酔を、今打たなければならないのだろうか。
「こわい、やめて、ストップ、ストップ」
「落ち着いて」
麻酔で何度も眠らされてるうちに、思考がどんどん鈍くなっているような気がした。
ちょっとずつ手術を重ねて、最後の手術の日が訪れた。
「貴方、元はかなり美しかったでしょう」
「そんなこと…」
「いいえ、私にはわかります。
再建が難しい」
梅は加工されたマリアの写真を拡大し、顰めっ面を浮かべた。
「こんな加工、意味がないのに。必要もないのに。
加工はあなたが?」
「…妹が…」
「下手くそな加工ですね」
「下手くそ…?」
「貴方や妹さんに、不必要な加工などいらなかった。
現に今、これが騒音になってる」
「これでは、参考にならない」
完璧にあなたを戻したいのに!と、眉を顰めた。
「ごめんなさい…」
「かわいく写りたい、気持ちはわかります。
でも、今必要なものではなかっただけです」
局所麻酔、笑気麻酔、静脈麻酔の3つの麻酔をかけ、徐々に意識が遠のいた。
ここに来てから一度も鏡を見ていない。
こわいから。
目を覚ますと、痛みがじわじわと襲ってきた。
「痛い、痛い…」
子供のように涙を浮かべると、梅はマリアの手を握り、よく頑張りましたね、と声をかけた。
でもこれでようやく終わった、長い戦いだった。
手術よりも、抜糸がきつかった。
容赦なく、糸を引っ張られ悲鳴を何度も上げた。
梅はマリアに腫れが早く引く漢方薬を処方してくれた。
気休めだったが、プラシーボ効果というやつだろうか、若干腫れが引いているように感じた。
3週間ほどが経ち、ようやく鏡の自分と対峙する。
「え……すごく、綺麗」
姉が昔好きだった、ビスクドールに似ていた。
どこか自分の面影があるのに、まるで人形のように整えられていた。
コンプレックスになど、今後悩まされることなんてなさそうな顔。
前の顔も多少整っていると自分していたが、もう少し目が大きければな、鼻がもう少し高ければ…と考える事は多々あった。
「完全に戻せなくてごめんなさい」
「そんな…ありがとうございます…こんなにしてもらって……
あの、お支払いは…」
マリアは大学を卒業したばかりだ。
今回の旅行代だってバイトで妹の分まで出して来ている。
ここまでしてもらったんだから、100万200万なんて余裕で超えているに違いない。
「大丈夫です」
「え…?」
なにを言っているのだ、この男は。
こんなに働いて、無給でいいなんて…
ここは海外で、LINEなども制限があったが、さすがにこれだけ帰国していなければ姉や両親も心配しているだろう。
なんとかPCを貸してくれないだろうか。
それに妹はどけに。
それを聞いても毎回笑ってはぐらかされてしまう。
「あの…妹に会わせてくれませんか。
安全な場所って…」
もしかしたら、先に帰国しているのかも。
それならいいけれど。
海外の安全な場所…ホテルや大使館だろうか。
でもこれだけの長い期間、いるわけにもいかないだろうし、やはり先に日本に帰ったのかもしれない。
「定期的にメンテナンスは行いましょう。
まだダウンタイム中ですから」
「…ならまだ飛行機は無理ね」
気圧の変化でどこか崩れたら大変だ。
もう痛いのはごめんだ。
「あの…妹は…」
「貴方に、紹介したい人がいます」
「はぁ………」
梅に連れられ、紹介されたのは冷たい目をした白い少女だった。




