平穏な日々
引っ越しからしばらく経ち、新しい生活にもだいぶ慣れてきた。辺境伯の仕事も、思っていたより難しくはなかった。国境の管理、治安維持、書類の確認――意外と地味な作業が多かった。 最初は重責に押しつぶされるのではないかと身構えていたけれど、実際はひとつひとつ積み重ねていく仕事ばかりだった。派手さはない。でも、この土地を守っているという実感だけは、確かにある。
朝の庭には、莉亜の小さな作業台が置かれている。陽の光を受けて、並べられた小瓶がきらりと光った。
すり鉢の中で葉が擦れる、さらさらとした音が静かな朝に溶けていく。小瓶の中の液体は淡い琥珀色で、揺れるたびに光を反射した。乾いた薬草の匂いに、ほんの少し甘い香りが混じっている。王都では感じられなかった、土と風の匂いがここにはあった。
「また何か調合してるの?」
「うん。でも、まだ秘密。」
くすりと笑いながら、莉亜はすり鉢を回す。乾いた葉の匂いがふわりと漂った。
「今度は成功しそう?」
「たぶん。前より、ずっといい感じ。」
詳しくは教えてくれないけれど、その横顔は楽しそうだ。きっと、誰かの役に立つものを作ろうとしているのだろう。
「そういえば、今度の週末王都に行くことになったんだ。」
「王都? 仕事で行くの?」
「うん。書類提出しに行かなきゃいけなくて。」
「そっか。失敗しないでね?」
「大丈夫だよ。提出するだけだし。」
そう、と言って莉亜は調合を再開した。
王都に行くのは、引っ越してから初めてだ。
久しぶりだな、と胸の奥で小さく呟く。
思い出したくないことも、あの街にはある。
それでも――王都は、僕の故郷だ。
「ねえ、優真くん。」
「ん? なに?」
「……お土産、買ってきてね?」
「ふふっ、そんな事?」
「そんな事なんかじゃないよ! お土産は大事だよ。買ってきてくれなかったら私拗ねるもん。」
「……子供。」
「……ひどっ!私の方が誕生日早いよ。」
誕生日の話じゃないよ、莉亜ったら。
「……お土産、買ってくるよ。」
「ほんと!?ありがと、楽しみー!」
どんなの喜ぶかな? ちゃんと選ばないと莉亜に怒られちゃうからね、しっかり選ばないと。




