おとぎ話
鉄格子の外で、足音が止まった。――いつもと違う。見回りの騎士は、ただ歩いていくだけだった。立ち止まることなんて、ほとんどない。
「……何か、用ですか。」
自分でも驚くほど、声が落ち着いていた。騎士は少しだけ黙ってから、低く息を吐いた。
「……伝えたいことがあります。」
嫌な予感がした。できることなら聞きたくない。それでも、逃げるわけにはいかない。
「……リアナのことですか。」
騎士の視線が、一瞬だけ逸れた。それで、もう分かってしまった。やめて、やめてよ。どれだけそう思っても声に出ない。
「……貴方が倒れた時、リアナ様は貴方のことを……」
「……やめてよ。」
やっとの思いで声に出たのはただそれだけ。声が震えてるし、騎士の耳に届いてるかさえ分からないか細い声。……だって聞きたくないもん。聞きたくないよ、どんな話でも。もし莉亜が逃げてなかったり、騎士に追いつかれてたら?考えたくない、やだよ。僕は莉亜が逃げて帝国に行けて幸せに過ごしてるって信じてたい。信じてる、なんて夢みたいなこと言えないけど、信じる権利くらいあるよね?たとえ空想だとかおとぎ話だとか思われたっていい。信じてたらその希望で僕は生きてられるから。……でも。莉亜のことを聞いてしまったら……おとぎ話が壊れてしまう。そんな理想はないと、現実を突きつけられてしまう。聞かなかったら信じれるのに、聞いたらもう悪夢しか見ることができない。そんなの、やだ。信じさせてよ。聞きたくない、聞きたくないよ。
「リアナ様は……」
「……やめて、言わないで……。」
消えてしまいそうなくらい小さくて弱い声になっちゃったけど、それでも言わない、なんて選択はできない。
「……殺してよ。……僕のこと、殺して……。今聞かないって言っても、いつか聞かされるんでしょ?……なら、死にたい。何も知らないまま、死にたいよ……。お願い、お願い……。僕、罪人だよ?きっと、殺しても何の罪にもならないよ。だから、お願い……。知りたくない知りたくないよ……。」
なにかを知るくらいなら、死んだ方がいい。そうしたら、ずっと、ずーっと莉亜が幸せだって思えるから。莉亜が幸せなら、僕だって幸せだ。遅かれ早かれ人は死ぬんだから、少し早くなったっていいじゃないか。知ってしまってから死ぬなんて耐えられない。知らなかったら地獄でも夢物語を信じていられるのだから。
「……殿下に、そのようなことできません。」
「そっか……。……じゃあ、この魔術具とってくれない、?」
自分でも取ろうと思えば取れるけど……。そこで魔力を消費したくはない。ここに刀はなくとも、魔術具さえなければ魔法でどうとでもなる。……でも、魔力少ないと時間かかって痛いの長引いちゃいそうだから、なるべく殺傷魔法の為に残しておきたいんだよね。
「……それは、禁止されております。何をされようとしているのですか?」
「お願い、外すだけでいいから。君には何もしない、約束する。脱走もしないよ。外して、他の誰かに、僕が死んでいた、って伝えるだけでいいよ、お願い。……してくれなかったら、人が死ぬとこ見ることになるよ。」
ふと、前世で屋上で莉亜と話していたことを思い出した。莉亜もそうやって僕のことを脅していたな、と。
「……やめてください、自害されるおつもりなのですか?まだ、リアナ様に会える可能性はあるでしょう……?」
騎士の一言で、僕の中で何かが切れた。
「会えるわけないじゃん……。わかってたよ、それくらい。莉亜は殺されたんでしょ?それくらい、わかってる。でも、認めたくなかった。莉亜が生きてるって信じてたかった。そうしないと、心が保てない。冷静でいよう、いつも通りでいよう、って思って、信じてた。殺された可能性を、頭の隅に追いやって考えないようにしてたんだよ。なのに、何でそんなこと言うの、?もっと、信じてたかったよ……。やだ、やだ……、考えたくない。」
莉亜が殺されたかも、って思ってたよ。騎士団は強いもんね、1つの隙さえ逃さないだろうよ。あそこで武器もなく逃げれるわけない。理性ではそう思ってた。でも、そんなこと考えたくなかった。考えないように必死に思考を塗り替えて……。それなのに、会える可能性があるなんて、言わないでよ。何の気休めにもならないし、事実を言われるより辛い。
「……殿下、リアナ様は殺されていません。」




