廃教会での夜
森を抜けた先、街道から少し外れた丘の上に、それはあった。崩れかけた石造りの建物。尖塔は途中で折れ、蔦が壁を覆っている。けれど、扉だけはまだ形を保っていた。
「……教会、だね。」
莉亜が小さく呟く。
「廃教会みたいだ。人は……いなさそうだよ。」
周囲を見渡しながら答える。街道沿いで野宿するより、ずっと安全だ。壁があって、屋根がある。それだけで、見つからない確率は上がる。
「今日は、ここで夜を越そう。」
「うん……。」
莉亜は少し不安そうにしながらも、僕の後ろについて歩いた。無意識に半歩前に出る自分に気づいて、苦笑する。でも、いい。こうしていたい。
扉を押すと、ぎい、と低い音がした。中はひんやりしていて、長椅子は倒れ、祭壇も崩れている。でも、雨風はしのげるし、外から見えにくい。
「……大丈夫そうだね。」
「うん。莉亜、寒くない?」
そう聞くと、莉亜は一瞬驚いた顔をして、それから小さく首を振った。
「平気。優真くんは?」
「大丈夫だよ。」
反射みたいに答えてしまって、少しだけ後悔する。でも、それでいい。莉亜に心配かけるよりずっと。
床を軽く掃いて、外から拾ってきた木で小さな火を起こす。炎が灯ると、教会の中に柔らかい影が揺れた。
莉亜が長椅子の端に腰掛けて、焚き火を見つめている。その横顔を見て、胸の奥がきゅっと締まった。
——こんな場所で眠らせるなんて。本当なら、もっと安全で、温かい場所で。でも今は、これが精一杯だ。
「……莉亜。」
「なに?」
振り返った彼女の瞳が、火の光を映して揺れる。
「ここ、怖かったら言って。すぐ外に出るし、僕、起きてるから。」
「……大丈夫だよ。優真くんがいるし」
その一言で、胸の奥が熱くなる。頼られるのは嬉しい。でもそれ以上に——失いたくない。
「無理しないでね。」
「うん。でも……優真くんこそ……。」
そう言って、莉亜は少しだけ近くに座り直した。
肩と肩が、かすかに触れる。
「……一緒だと、安心するね。」
「……うん。」
それ以上、言葉はいらなかった。
やがて莉亜の呼吸がゆっくりになり、まぶたが閉じられる。寝息を確認してから、僕は静かに立ち上がった。
祭壇の前に立ち、息を整える。魔力を抑え、外に漏れないよう慎重に。
囁くような声とともに、淡い光が足元から広がった。床をなぞり、壁を伝い、崩れた天井の縁まで——廃教会全体を包み込んだ。外からは見えない。音も、気配も、魔力も遮断する簡易結界だ。
振り返ると、莉亜は穏やかな顔で眠っていた。長い睫毛、安らいだ表情。僕は彼女から少し離れた場所に腰を下ろし、背中を壁に預けた。何が来ても、先に立つ。彼女が目を覚ましたとき、怖い思いをしないように。崩れた教会の天井を見上げながら、静かに誓った。――今日も莉亜を守る。焚き火の炎が、答えるみたいに小さく揺れた。




