幸せを脅かす異変
森の奥を抜けたころ、太陽はすでに傾きかけていた。金色の光が木々の間からこぼれ、空気が柔らかく温まっている。
「優真くん……そろそろ休める場所、探さない?」
「そうだね。今日けっこう歩いたし。」
少し開けた場所を見つけ、僕たちは荷物を下ろした。大きめの岩が風よけになり、木の枝が頭上で屋根のように覆っている。焚き火を焚くにはちょうどいい。
「ここなら……安心して眠れそう。」
「うん。僕が見てるからね。」
莉亜は、ほっとしたように胸に手をあてて微笑む。その笑顔が夕暮れの光を受けて、驚くほど綺麗だった。
枝を集め、火を起こし、簡単な食事を済ませるころには、あたりはすっかり夜の気配に包まれていた。焚き火の橙色の光が莉亜の横顔を照らし、影が揺れる。
「……いい夜だね。」
火を見つめながら、莉亜がぽつりと言った。
「うん。静かだし……隣に莉亜がいるし。」
「……そういうこと言うの、ずるいよ?」
照れたように頬を染めながら、少しだけ体を寄せてくる。焚き火のぱちぱちという音だけが、ふたりの間を満たしていた。
「今日ね……森で転びそうになったでしょ?」
「うん。」
「あの時、優真くんに支えられて……なんかもう……全部預けても平気なんだって思っちゃった。」
焚き火を見たまま、莉亜は小さく微笑む。
昼間よりずっと穏やかで、柔らかい表情だ。
「頼ってくれて嬉しかったよ。」
「……ほんとに?」
「ほんとに。」
莉亜はしばらく黙っていたけれど、やがて僕の袖をそっとつまんで引っ張る。
「ねえ、優真くん……ちょっとだけ、近くにいてもいい?」
「ちょっとじゃなくていいよ。」
そう言って肩を寄せると、莉亜は一瞬ためらったあと、僕の胸にそっと頭を預けた。
髪がふわりと触れ、胸のすぐ下で小さく呼吸が上下している。
「……落ち着く……。」
「僕も。」
しばらく、そのまま何も言わず寄り添っていた。
焚き火の明かりが揺れるたび、莉亜の髪が光って、とても綺麗だった。
やがて、莉亜が小さな声でつぶやいた。
「ねえ……今日の夜くらい……手、つないだまま寝てもいい?」
「……ごめん。ちょっとだけ見回りしないと。安全になったら一緒に寝るよ。」
「……ほんと?」
「うん、もちろん。」
「……気をつけてね。」
「ありがとう。」
僕が手を差し出すと、莉亜はそっと指を絡めてきた。
その手は少しひんやりしていて、でも繋いだ瞬間にじんわり温かくなっていく。
「優真くんの手……あったかい……。」
莉亜は安心したように微笑み、そのまま僕の肩に頭を置いた。
「……ねえ。」
「ん?」
「優真くんとなら……怖くないよ。」
その一言だけで、胸がぎゅっと痛いほど熱くなる。
「莉亜。僕がいるよ。これからもずっと。」
莉亜のまつげがゆっくりと閉じていき、手を繋いだまま、僕の肩に寄りかかって眠りにつく。
僕はこのままがいいと思いながらも、莉亜の肩をそっと葉っぱの上に置いて、見回りのために動き出した。
夜の森は基本的に静かだ。でも、夜行性の魔物とかはいるから、少しだけ物音がする。もしその物音が騎士団の足音だったら?そう考えると寝ていられない。
……!背後から、鎧の鈍い音が聞こえた。騎士?こんな近くに来るまで気づかなかったということは、騎士団の中でも強者だろう。戦っても勝てないかもしれない――莉亜だけは守る、絶対に。
僕は覚悟を決めて剣に手を当てて、振り向いたと同時に相手に剣を向けた。
「……エリオット?」
そこに居たのは、貴族学園を卒業して騎士団に入った僕の親友・エリオットだった。




