卒業パーティー
シャンデリアの光が大広間を明るく照らし、絢爛たる色と音が渦巻いていた。卒業パーティー――学園で過ごした時間の最後を飾る祝宴だ。
「レオン様、参りましょう。まだ挨拶すべき方々がたくさんいますわ。」
セレスティアが静かに微笑む。
その笑顔は完璧で、上品で、今夜も誰もが憧れる“王太子妃候補”そのものだった。
……ただ、どこかが違う。
以前よりも、距離が近い。
腕を組む力が、ほんの少しだけ強い。
まるで僕を手放したくないと言っているように。
「うん……行こうか。」
僕たちは一緒に広間を歩き、各家の令息令嬢や教師たちの祝辞を受けて回った。セレスティアはどんな会話も優雅に返し、完璧以上の完璧をこなしていく。
ただ――。
「セレスティア。何かあったか?」
「……少し甘えたくなっただけです。婚約者なのですよ?少しぐらいいいでしょう?」
小声でそう言った彼女の横顔が、あまりに柔らかくて、逆に不自然だった。
甘える?
セレスティアが?
そんなこと、今まで一度もなかった。
「……そう、なんだ。」
「学園では、完璧な婚約者じゃないと嫌な目線を受けてしまいますから……。もうその心配はないでしょう?」
彼女は僕の手をそっと握り返す。
その仕草は優しいのに……どこか冷たい影があった。
読めない。
今まで誰よりも読めたはずの彼女の表情が、今はまったく読めない。
そう思っていたとき――。
「レオン様……。」
小さな声が背後から聞こえた。
振り向くと、少し緊張した面持ちのリアナがそこにいた。
白いドレスがよく似合っていて、少し恥ずかしそうに手を胸の前で組んでいる。
「リアナ。」
「はい。あの……卒業、おめでとうございます。」
セレスティアは表情を崩さないまま、微笑んだ。
「リアナ様。今日もレオン様と仲が良いのね。」
「ありがとう、セレスティア。」
丁寧に頭を下げるリアナ。
ただ、彼女の指が震えているのを僕だけが見逃さなかった。
「リアナ、具合は……その、」
言いかけた瞬間、リアナは小さく首を振った。
「大丈夫です。レオン様こそ……今日のスピーチ、とても素敵でした」
「……本当に?」
「はい。レオン様のこれから、楽しみにしてますね。」
リアナはそう言って微笑む。
その笑顔は優しいのに、どこか泣きそうでもあって、僕は喉の奥がきゅっと締めつけられるのを感じた。
「……ありがとう、リアナ。」
「いえ……こちらこそ。お二人とも、お幸せに。」
そう告げてリアナは一礼し、群衆の向こうへと歩き去っていった。
ふわりと揺れるドレスの裾が、妙に遠ざかっていくように見えた。
僕は思わず彼女の背中を目で追っていた――が、
「レオン様?」
セレスティアの声にピタリと動きを制された。
振り向くと、彼女は穏やかに微笑んでいた。
だが、その瞳の奥は……揺れていない。
深い湖面のように静かで、何一つ読み取れなかった。
「次のとこ、行きましょう?」
まるで“あなたの選択は見ていますよ”とでも言いたげに、指先が僕の腕を強く、しかし丁寧に握りしめてくる。
「……ああ、そうだな。」
広間には笑顔と光が溢れているのに、胸の奥では、見えない風が吹き始めていた。




