過去の精算 《・・・・》
「……ごめんなさいね、ミレイユ。」
「…………?」
最初は、理解ができませんでした。あの、セレスティア様が私に謝るなんて。
「……私のこと、怖かったのでしょう?」
私は否定することができませんでした。見せないようにと心がけておりましたが、セレスティア様は鋭いですものね。
それに、なんだかレオン殿下と対話してからセレスティア様の顔つきが変わったような気がします。今は重荷が無くなったようにセレスティア様の表情は軽やかです。……ですが、とても弱弱しく見えるのは気のせいでしょうか。
「……今までのことは謝るわ。」
何かを諦めたような、そんな表情です。
「……一つだけ、お願いがあるの。」
私は、少しだけ身構えてしまいました。脱獄の手伝い、リアナ様の殺害……? 私は、何をしなければならないのでしょう。セレスティア様に謝罪されてもなお、あの時の恐怖は消えないのです。
「……何をすれば良いのでしょうか?」
「私を、殺してくれないかしら。」
時が止まったようでした。私が知っているセレスティア様は心の強いお方です。少なくとも、このようなことを言う方ではありません。……いつから変わっていたのでしょう。
「理由を、お伺いしてもよろしいですか。」
「……私は忘れたくないの。」
セレスティア様が忘れたくないもの。それはレオン殿下でしょう。それくらいは私にも分かります。ですが――
「忘れる、とは……?」
「私の処罰よ。記憶の消去と地位の剥奪らしいの。」
「…………。」
「私は失いたくないのよ。苦い思い出も、素敵な思い出も、全部胸の中に留めておきたい。」
力なくそうつぶやくセレスティア様は、今にも消えてしまいそうです。
「わがままよね。自分の罰を受け入れることすらできないんだもの。」
「……そんなことは無いと思います。」
「え……?」
「セレスティア様が、高望みをしたことなんて一度もありませんよ。聖女の名に恥じぬように小さい頃からずっと努力して。殿下の婚約者として相応しい振る舞いを身につけて。私はセレスティア様の努力家なところを知っています。あなたがわがままなんかではないことも。」
「……ありがとう、ミレイユ。……でも、私は間違ったのよ。」
セレスティア様の声はあまりにも苦しくて、私はお顔をまっすぐ見ることができませんでした。
「……ころしたら。私がころしたらセレスティア様は幸せになるのですか?」
「ええ、もちろん。」
私はセレスティア様を殺したくありません。セレスティア様への恐怖が、いつの間にか私の中から無くなっているのです。……それに、今までも恐ろしいだけではなく、憧れや尊敬の想念も確かに存在していたのですから。
――――――
「……こんにちは、セレスティア様。」
翌日、私は包丁を持ってセレスティア様のところへ伺いました。
「あら、ミレイユ。私を刺してくれるの?」
「…………っ。本当によろしいのですか。」
「ええ。私はあなたの事を憎んだりなんてしないから。大好きよ、ミレイユ――」
そう言ってセレスティア様は鉄格子の側まで身体を持ってきました。セレスティア様の顔に未練はありません。
私は手に力を込めて、震えながらもセレスティア様の首元に刃先を近づけました。
それでもセレスティア様は私に向けて微笑んでいます。……私が何を言ってもセレスティア様の意思が変わることはないでしょう。
あとは刺すだけ。これを、前に突き刺せば――
たったそれだけの事なのに。
私は力が入りませんでした。
だめです。しっかりやらなくては。
それなのに。
「あ…………」
静寂だった空間に、高い金属音が響きました。
包丁が、私の手から落ちたのです。
震えが止まりませんでした。
「……やっぱりあなたは優しいのね。」
違います。私は逃げてるだけです。
「私、まだ死にたいわ。忘れるぐらいなら死んだ方が良いものね。……でも、こんな優しいあなたにもう頼めないわよ……。」
セレスティア様は笑っていらっしゃいました。それも、先程までとは違う笑顔で。
どうして、こんなにも優しくて他人思いなお方が苦しまなくてはいけないのですか? セレスティア様はレオン殿下の婚約者としてずっと努力していらしたんです。――レオン殿下。あなたはセレスティア様のために何をしましたか? あなたはどうして優しいセレスティア様を陥れたのですか?
***
あれから数ヶ月。
セレスティア様への刑は執行されました。
もう全て忘れてしまったそうです。私はセレスティア様の新しい人生のために、お会いしようとは思いませんでした。……ですが、きっと私のことも忘れているのでしょう。幸せらしい――そんな噂で充分なのです。
……ですが、私にはまだ心残りがあるのです。
誰かを苦しめた人間には相応の罰が必要だと思いませんか?




