愚かな決断
「毒だと思いましたか?回復薬ですよ――リアナ様が作った。」
…………?
あれは、毒じゃないの? 納得は、いく。死んでないし、怪我が治って痛みが無いのも。全てに辻褄が合う。
莉亜が作った回復薬が、僕を助けてくれたなら、それは嬉しい。嬉しいよ。
でも。
なんで? なぜ? 殺したいなら、そのままにしとけば良かったのに。
それなのに、なんで。
「……目的はなに。」
そう尋ねるとミレイユは不快そうに眉を細めた。
「本当に分からないんですね。」
「…………何が?」
そう聞くと、彼女は包丁を持ち直してこちらに向けた。でも、手を塞がれた僕に抵抗する術はなくて。
「…………ぐぁ、」
また、お腹を刺されて。痛い。血が、滲んでいる。
もう、わけが分からない。なんで。なんで。
「……あなたが、セレスティア様の人生を壊したんですよ?」
「……それは、」
――――――
「…………っゔ、はっ、」
言いかけた瞬間、唇に熱が弾けた。鉄の味が舌に広がって、続きの言葉が出てこない。なんで、斬るの。
「あなたがリアナ様を選んだからです!」
もう、先程までの冷静な彼女はいなかった。
「セレスティア様は……あなたを愛していたのに!」
呼吸が荒い。
「どうして被害者みたいな顔ができるんですか!!」
そして、吐き出すように。
「全部……全部悪いのはあなたです」
……全部では、ないでしょ。
そうだよ、莉亜を選んだのは僕だ。でも。
セレスティアだって莉亜を傷つけたんだよ。それで、それで悪くないなんておかしいでしょ。都合が良すぎるよ。
「……ちがう」
「……違う?」
また、手を抉られた。引っ張られるような、中からずれていくような感覚。
真っ白だった床がもう赤黒くなっている。
くちをうごかすちからすらでてこない。
ころさないでよ。
おねがい。
「まだ終わらせませんよ?」
「え……、や…………」
あごをつかまれた。
こびんがぼんやりしたしかいにはいって。
……それ。
りあが、つくったやつ。
だれかをたすけるために。
「やめ……」
のどがふるえて、なにもつたえれない。
でも、きずはふさがって。
どんどん血がとまってゆく。
助かっているのに。
嬉しく、ない。
やめて。
「……なんで、それを使うの。それは、苦しめるためのものなんかじゃない……。」
息が切れながらだけれども。伝えない訳にはいかないのだ。
「そうですか。」
力を振り絞ったのに、帰ってきた返答はあまりにも温度差があって。
「なんでそんな顔ができるの……!莉亜の気持ちも知らないで。莉亜の気持ちを踏みにじるようなことをして……!」
「……そのままお返ししましょうか? あなたの婚約者でしたよね。それに、セレスティア様はリアナ様にいじめられていました。」
嘘つくなよ。
「あなたが婚約を無視するからセレスティア様の人生を壊したのですよ? あなたはセレスティア様の気持ちを踏みにじったでしょう。これはその報復です。」
「……セレスティアは、幸せに過ごしてる。」
何も、言い返せなかった。ミレイユの言ってることは正しい。そういう道もあったのかもしれない。
だから、僕は論点をずらすことしか出来なかった。
「……もうセレスティア様ではないでしょう。別人です。それに、セレスティア様の苦しみは消えないんですから。」
「……記憶はもうないだろ。」
「…………! 記憶を消すことを、セレスティア様は望んでいましたか?」
拒否していた。その言葉が、刺さる。あの時の顔が、よぎる。見ないふりをした記憶。
「あなたは、あなたの都合しか見ていないのです。」
その言葉が、落ちる。重く。否定しようと口を開く。
でも、声が出ない。
……あの時。セレスティアが、何か言いかけていた。泣きそうな顔で。でも僕は拒否していた。
喉がひくりと鳴る。
見ないふりをしたのは、僕だ。
どうして、今更気づくんだろう。
もう遅い。
「……僕のこと、殺すの?」
「ええ。セレスティア様の味わった苦しみを受けさせてからですけど。そのくらいの覚悟、ありますよね?」
もう、拒否する気にすらなれなかった。
「……莉亜は、関係ない。」
まだ息が浅い。
「悪いのは、僕だ。だから、莉亜には触らないで……。」
「リアナ様ですか?それならもう殺しましたよ。」
…………?
なんて、いったの。
嘘、嘘、うそ、うそ、うs――。
「大丈夫です、あなたみたいに苦しめたりはしてませんよ? なるべく素早く処分しましたから。」
やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ。
むり。
りあ。
なんで。
りあ。
「痛みより大事な人の方が耐性ないんですね。でも、これで終わりではありませんからね?」
りあ。
りあ。
りあ。
もう、刺されても何も感じない。
だって、彼女がいないなら。
彼女にはもう痛覚すらないのだ。
僕が感じる資格なんてない。
僕がセレスティアの人生を壊したというのならば。
それでミレイユが莉亜を殺したいというのならば。
それは、僕が彼女を殺したんじゃないの。
セレスティアを蔑ろにしなければ。
彼女の意思を尊重していれば。
そうしたら莉亜は生きていた?
遅い。遅すぎる。
なんて、愚かなんだろう。
どうして、気づかないふりをしていたんだろう。
間違ってないと思い込んでいたんだろう。
今更だけど。
ごめんなさい。
「セレ――」
「あの方の名前を、あなたが呼ぶなっ!!!」
謝罪をすることすら許されなかった。
怒号と同時に、視界が揺れた。何かが深く沈む感覚。さっきよりもずっと深いところへ進んでいく。冷たくて。暗くて。
それでも最期に思い浮かぶのは莉亜の顔だった。




