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屋上で微笑む少女


 僕は谷村優真(たにむらゆうま)。本を読むのが大好きで、よく学校の屋上で読んでいる。今日は、舞姫の続きを読もう。そう思って屋上に上がったら、先客がいた。


「……何してるの?」


 長い黒髪の彼女は、腰の高さまである柵の向こうに立っていた。


「……優真くん?」


 振り返った彼女の顔を僕は知っていた。篠塚莉亜(しのつかりあ)。同級生だった。教室でいつも本を読んでいる。僕は人の事言えないけど、教室の中では地味な方だった。いつも眼鏡をかけているのに今は外していて、こんな状況だけど、綺麗だな、と思ってしまった。


「莉亜さん。柵の向こう危ないよ。」

「莉亜でいいよ。危ないのは知ってる。」

「わかってるんなら戻ってよ――。」

「……今から自殺するの。だから、ここにいる。」

「……は?え、何言ってるの?」

「だから、教室戻ったら?人が死ぬとこ見たいの?」

「ちょっと待って。本当に死ぬの?」

「……冗談だと思ってる?冗談なら柵超えない。」

「え……。あ、もしかしたら虐められてる?気づけてあげられなくてごめん――。」

「いじめなんてないよ。1人でいる方が好きだし。妄想して謝らないで。」

「良かった。じゃあなんで死のうとしてるの?」

「……聞かないでよ。」

「無理。教えてくれなかったら莉亜のこと止めるから。」

「教えない、っていうかそこから止めれるの?私、死のうと思ったら一瞬で死ねるんだけど――。」


 僕は、隙をついて、彼女の手を掴んだ。


「――これで、教えてくれる?」

「優真くんって意外と強引なんだね。」

「自殺しようとしてる人を見過ごせるわけないだろ。」

「そっか、それが優真くんの正義?」

「正義、なのかな。わかんない。」


 僕は莉亜の問いに答えることができなかった。正義、そんな薄っぺらいもので止めたわけじゃない気がしたから。


「今、私が優真くんの手を振り払ったらどうなると思う?」

「振り払われても離さないから。」

「そう、じゃあもしもの話ね。私が力づくで振り払ったら私は屋上から落ちて死にます。そして、私の遺体に優真くんの手の跡がついちゃう。警察はきっと思うよ、私と優真くんが口論になって優真くんが私を殺した、って。」

「莉亜が死ななきゃいい話だよ。そろそろ教えて、理由。」

「やだよ、馬鹿げてるって思われる。」

「思わない。それが莉亜の死のうと思った理由なら。人が死ぬ理由に馬鹿げてるなんて思わないよ。」

「……私ね、悪役令嬢になりたい。」

「……は?」

「ほら、呆れたでしょ。やっぱり言うんじゃなかった……。」

「死んで悪役令嬢になりたいってこと?」

「そうだよ、物語でよくあるでしょ。転生したいの。」

「ライトノベルとかそういう系だよな……。あんま読んだことない。いつもそういう系読んでるの?」

「うん、優真くんも読んでると思ってた。本好きだよね。」

「僕は昔のしか読まないから……。太宰治とか、志賀直哉とか。」

「誰それ、難しそう。」

「知らないの……!?名作いっぱいあるのに。読まないで死ぬなんてもったいないよ。」

「そんなのいいよ……。もう理由言ったから死んでいい?」

「だめだめ。悪役令嬢に転生なんて、おとぎ話だよ。」

「おとぎ話でもいいよ。なってみたいから。」

「……。悪役令嬢って処刑されるやつだよね?処刑されたいの?」

「そういう訳じゃないけど……。死に意味があるのって素敵でしょ。悪役令嬢が死ぬことによってヒロインと王子様が結ばれるんだよ。恋のキューピットになれる。」

「死に意味があるのがいいなら、今からしようとしてる死の意味は何?誰も幸せにならない。」

「来世のため。処刑されるために死ぬってロマンチックだね。」

「ロマンチックなんかじゃないよ。妄想と理想は違う。転生できる保証なんてない。」

「私の理想を否定するの?――やっぱりさっきのは綺麗事だったんだね。ね、最後のお願い。私のことを忘れて教室に戻って。」

「無理って言ってるだろ。冷静になって。」

「私はずっと冷静だよ?冷やした方がいいのは優真くん。」

「冷静なら頭がおかしい。現実と妄想の区別がついてない。」

「ついてるよ。だから、教室戻って。」

「無理。」

「どうして聞いてくれないの?優真くんのためなのに。」

「じゃあ、教室に戻って先生を呼べばいいのか?」

「違うよ、優真くんも分かってるでしょ。それに、そんなの間に合わないよ――。」

「じゃあここにいるしかない。」

「その強引さ、治した方がいいと思う。」


 僕は、一瞬呆気にとられてしまった。その隙がいけなかった。


「じゃあね、優真くん。」

「莉亜!駄目だ――」


 莉亜は空中へ飛び降りた。

 止めようと手を出したら落ちていく莉亜につられて僕も空中を舞った――。

 そこで視界を白い光が覆って僕の意識は途切れた。

 

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