女ふたり異世界必殺世直し道中記 ~虫も殺せない優しいあなたを洗脳して異世界最強の剣豪にするわ~
この世界は魔王に支配されている。
魔王は人の言葉を理解しない。
それは魔王の作る魔族も同じこと。
奴らにとっての人の言葉は、
うるさいヒキガエルがゲコゲコと鳴くのと同じようなもので
奴らはさも当然とばかりに人類を『駆除』して回っている。
そんな魔王を倒すべく生み出されたのが召喚魔法。
この世界の人類より遥かに強い異界人達は、
一般人目線で言えば『チート』以外の何者でもない。
そんな彼らの力を借りて、
人類は圧倒的戦力の魔王軍との終わらない戦いを続けている。
しかし、改めて考えると、
真の悪は魔族ではなく人間で、
魔族が人類を滅ぼそうとするのは当然のことではないか。
そう考えてしまう時もある。
何故なら私のジョブは……
「ほう。今回は『当たり』を引いたな。
さ、目を覚ます前に『処理』しろ」
「かしこまりました」
私のジョブは、洗脳術師。
異界より召喚した勇者を洗脳し、
貴族の慰み者となる商品に作り変える仕事。
召喚勇者のチートは強さだけではない。
男女問わずその『見た目』は必ず美しい。
故に彼らは最高の『商品』となる。
しかもどんな『激しく使用』しても壊れず、
いざという時は魔族の襲撃から主人を守る盾となるのだ。
悪徳貴族たちがこの使い方に気付いた時から、
魔王を倒し、世界を救うための召喚魔法は、
都合のいい奴隷を調達する魔法に意味を変えてしまった。
今では魔族と戦う召喚勇者よりも、
貴族の慰み者となる召喚勇者の数の方が多いほどだ。
だから私は思う。
本当の悪は人間で、
人間は魔族に滅ぼされるべき害虫なのではないか、と。
「もう、こんな仕事したくない……」
実は私も元々召喚勇者である。
勇者は召喚された時点で
肉体が強化されたり、特殊な魔法を身につける。
元々日本のごく普通の女子高生だったはずの私は、
幸いにも魔族と戦うために召喚された。
だが私の固有スキルは洗脳魔法。
しかもこれが効くのは同じ召喚勇者だけという
何故こんなスキルがあるのかわからないクソスキル。
当然魔族との戦闘で使えるはずもなく、
私は勇者軍から解雇され、独り世界に投げ出された。
私以外にもだいたい0.5%くらいの確率で
このスキル持ちの勇者が現れるらしいが、
そんな私達が世界を汚しているとも言える。
だが私達は私達で、このスキルを使わなければ、
逆にこのスキルを使われて慰み者とされてしまう。
スキルを使わず生きようとしても、
残忍な魔族による人間駆除が行われる世界の中で
まともな仕事で安定して生きることなんか不可能で。
だから私は、勇者を洗脳することでしか生きられない。
私にとってのこの異世界は、
アニメや小説で見た憧れの舞台でなく……
「生き地獄だ……」
こうして私は今日も神殿へ向かう。
そこでは今日も悪徳貴族に勇者が召喚され、
その場での洗脳が要求されるはず。
こうして稼ぐことでしか、私は……
「……なに、この匂い」
街道を歩いていた私は、嫌な匂いに顔をしかめた。
私はこの匂いに覚えがあった。
「肉が焼ける匂い……!」
すなわち、近くで魔族による人間駆除が行われている証拠。
私は街道が外れ、茂みに潜みながら神殿へ向かう。
が、そこに既に美しい神殿はなく……
「う……!」
あったのは、燃える神殿と、
神殿騎士団と召喚術師達、
そして、この貧しい世界でぶくぶくと太った
悪徳貴族達の焼死体だった。
(酷い……)
そう思うと同時に。
(いい気味だ)
とも思い、そして。
(今日からどこで稼げばいいの……?)
とも思ってしまう。そんな時。
「うぅ……あうあう……」
(女の子の声……? まだ、生存者がいる!)
私は声を頼りに駆け出した。
足元には人間だったモノが転がっているだけで、
こんな中に生き残りがいるなんて信じられない。
それでも私は自分の耳を信じて前に進むと。
「ここはどこなんですかぁ……?
なんで、こんな、酷いことに……
うぅぅ……ぁぁぁ……」
召喚魔法陣の中でさめざめと泣く勇者の女の子が居た。
そうか、実際に召喚されるまでのディレイで、
この子は助かったんだ……! なんて運がいい……!
……いや、本当に?
もしも運がいいなら、襲撃中の神殿になど召喚されない。
そもそも、召喚勇者として選ばれない。
ならむしろ、この子の運は私と同じ。
(最悪だ)
しかし、だからこそ見捨てることなんか出来ずに。
「あの、あなた……」
「誰か!? 誰かいるんですか!?」
こうして私はその勇者と出会い、
地獄のような神殿から脱出したのだった。
「ほんと、良かったぁ……!
こんな酷い世界で、えっと……」
「スズ」
「そう! スズさん!
スズさんみたいな良い人に出会えて、
ほんと私は運がいいなぁ!」
「…………」
運がいいものか。
それに私は、良い人なんかじゃない。
「あ、そうだ! ごめんなさい私、
スズさんの話ばっかり聞いちゃってて!
えっと、私の名前は……」
「いい」
「え?」
「名前は、知りたくない。
理由は聞かないで」
「……? はぁ。わかりました」
名前を知ることは、魂を知ること。
それを知れば、私はいつでもこの子が洗脳できるようになる。
そんな関係は、とてもまともな関係性とは言えない。
少なくとも私は新しい職場を見つけるまで
この子の力を借りるしかない。
なら、この子とは対等な関係でなければならない。
しかし……
(……すごい引き締まった体と筋肉、
初期装備も『当たり』を引いてる……
フィジカル特化の、剣士タイプね。それに……)
私はこの子の体を眺めつつ。
(綺麗な緑の目と髪の色。
日本暮らしだったらしいけど、
これは召喚時の影響?
それとも、ハーフなのかしら)
そんな疑問を持ちながら名前以外の身の上を聞いていく。
曰く、元々剣道をやっていたらしく、
それがこのフィジカルにつながっている、と。
なるほどね。
「でも私、試合だと全然勝てなくて、
10年も続けてるのに公式戦全敗なんですよぉ。
ついたあだ名がウララちゃん、って。あはは」
「……まぁあだ名ならいいか。
でもウララちゃんも多分この世界では
超一流の剣士になってるはずよ。
ちょっとその剣素振りしてみなさいよ」
「え? あ、はい」
と、ここでようやく腰の剣に手が伸びるのだが。
「うわっ! 軽っ!
何この剣、アルミ製ですか!?
こんなんじゃ斬れないでしょ!」
「ちょっと貸して」
片手で引き抜きぶんぶんと振り回していた剣を借りるのだが。
「重っ!」
あまりの重さに落としてしまう。
「いや普通に鋼鉄よこれ」
「嘘でしょ!?」
「それを軽々と振り回せるあなたがチートなのよ」
「うわぁ……」
自分の二の腕の筋肉をぷにぷにしつつ
自分にドン引いている。ちょっと面白い。
「まぁこれならある程度の魔物までなら……」
「うーん……いや、無理でしょうね」
「どうして?」
「それは……」
と、その時。
街から火が上がっていることに2人同時に気付く。
「スズさん! あの火! まさか……」
「街が魔物に襲われている……!」
「大変です! 助けに行きましょう!」
「ちょ、ちょっとあなた!」
そう言うやいなや、
信じられない初速で駆け出すウララ。
その速度で走れる人がウララを名乗っちゃダメでしょ。
こうして一足先に街にたどり着いた彼女は、
怪我して動けなくなった人を抱えて、
即席の結界を展開し守りに入る術師の元に運ぶという
往復を繰り返していた。
「次いってきます!」
「待ちなさい!」
私の声掛けに足を止めて振り向く。
「どうして戦わないの!?
あなたは戦えるはずよ!」
その言葉に顔を伏せて。
「……ダメなんです、私。
人を傷つけたり、痛い思いをさせるのが、怖くて……
だから試合でも……」
「……そういう理由で」
なるほど、それがこの子が勝てなかった理由。
どうしようもなく性根が優しい。
そんな子が何故剣道なんてやってるんだとは思うが、
そもそも現代における剣道は戦う技じゃないか。
「よく聞いて。魔族は人間じゃない。
奴らには言葉が通じない。
奴らにとっての人間は、駆除の対象でしかないのよ。
見た目だって人間とは全然違うし……」
「でも生きてます!」
「あなたはアカミミガメみたいな外来生物や
ゴキブリのような害虫ですら殺せないっていうの!?」
「殺せません!」
即答されてしまった。
ダメだ、この子の優しさは、筋金入りだ。
この子は、最強クラスの剣術の腕を持ちながら
己の縛りプレイでそれが使えない召喚勇者。
ある意味で私以上の役立たずで、無能なのだ……!
「とにかく一人でも多く結界に避難させますので!」
そういって街の中に駆け出してしまう。
私は恐る恐る隣の術師の顔を見るが、
予想通り、ふるふると首を振られてしまう。
それはそうだ、いつまでも結界を維持できるはずがない。
これはただの時間稼ぎ。
この方の魔力が尽きた時が、私達の『終わり』だ。
(もし、この場を切り抜ける手段が。
ここにいる全員が、生き残る手段があるとしたら……)
私は思わず顔を伏せ、両手を強く握りしめた。
確かに『そうすれば』切り抜けられる。
だけど、それは。その手段は……!
「~~~~っ!」
私はぶんぶんと頭を振って、前を見る。
ちょうどそのタイミングで、
前の方から声が聞こえた。
「何故私を助けるのが最後だったのだ!?」
「子供と女性と重症者が先なのは当然でしょう!」
「ふざけるな! 私は貴族だぞ!」
「焼き鳥屋さんには見えません!」
「このっ……! なんて無礼な勇者だ!
貴様のようなやつは……!」
騒いでいたぶくぶくに太った貴族が、私に気付く。
そしてその顔が、邪悪に笑った。
……そうね。そうですね。
私も、同じことを考えていましたので。
「あなたっ!」
「スズさん!?」
「名前を教えなさいっ!」
あの子は一瞬だけきょとんとした、後で。
「セシィリアです!」
何の疑いもなく名前を教えてくれた、ので。
「……ごめんなさい」
私はぼそりとそう呟いた後で。
「アイム、マスター。ユア、スレイヴ。
セシィリアに命ず。街を蝕む害虫を、
すべからく駆除せよ!!」
どくん、と心臓が持ち上がるように
不自然な形で体が跳ね、
瞳から光が、消えた。
「はい、ご主人様」
そう呟き、肩に担いでいた貴族を……
「ぶへらぁぁつ!?」
石畳の上に、叩きつけ。
「貴様ぁっ! なんて無礼な」
「ゴミが。消えろ」
そのぶくぶくに太ったに、剣を突き立てた。
「……は?」
私を含めた全員が、目を疑った。
「ぎゃぁぁぁあああああああ!」
「黙れ。うるさい」
剣を引き抜き、喉の上に突き立ててから、
そのまま首を切断。
ごろりと悪徳貴族の首が、その場に転がった。
(おぇっ……!)
衝撃的な光景に、思わず吐き気が込み上がる。
それはおそらく結界の中に居た全員が同じだったのだろう。
すぐ隣から嘔吐物の匂いが立ち上がり、
つられて私を含めた全員が嘔吐した。
しかし、そんな地獄のような状況の中。
おそらく全員が同時に、こう思ったはずだ。
(……ざまぁみろ!)
だがその思いに酔ってはいられない。
今の貴族の大声で……
「莠髢薙螢縺後縺溘◇?!」
街を襲撃していた魔族に気付かれてしまう。
左右の路地裏と後ろ、
さらに上空と4方向から魔族があの子に襲いかかる、が。
「雑魚が」
一瞬の剣戟が、その全員を切り捨てた。
(居合い切り……!?)
そんな技、漫画の中でしか見たことがない。
剣術特化の召喚勇者ですら、そんな技を使えるのはごく一部。
少なくとも私は、見たことがない……!
「蜍〒縺! 繧≧縺励縺梧垓繧後※縺∪縺!」
次々押し寄せる魔族の群れ。
魔族は一体一体が下級勇者級の戦力を持ち、
それが圧倒的な数で徒党を組む人類の天敵。
その群れが……
「こいつら、戦術概念がないのか。
バカのひとつ覚えの突撃。
害虫と同じだ」
次々と、なます斬りにされていく。
私達は、夢でも見ているのだろうか……?
「髫企聞! 縺ゅ縺縺縺!」
まもなく現れたのは一回り大きな魔族。
おそらく、襲撃部隊の隊長格だ。
「害虫なら、頭を潰せば……」
地を蹴り、一瞬で距離を詰めて斬りかかる、が。
「縺繧九!」
相手は隊長格。その初撃を剣で受け流される。
「っ……!」
そこで鍔迫り合いからの力勝負に出ることなく、
一度距離を取った。
あの子、ただフィジカルに任せているだけじゃない。
こんな状況だというのに……
(冷静に戦っている……!
どれだけ転生時に肉体にチートがかかっても、
知識と思考力は転生前と変わらない。
当然それは洗脳で強化もできない。
なら、あの戦闘センスは……
あの子の、生粋の物……!)
思わずごくりと息を呑む。
あの子は……とてつもなく強い!
「縺▲縺帙>縺縺九繧鯉!」
隊長格が配下に指示を叫ぶ。
同時に四方八方から同時に魔族が襲撃をかけた。
「邪魔だっ!」
居合い切りで数体を落とすも、
魔族は怯むことなく斬られた味方を盾に襲いかかる。
そしてその爪が。
「ちぃっ……!」
剣を、叩き落とした。
これで丸腰。武器はない。
ここまでか、と思わず目を伏せたが。
「繝斐げ繧繧繧繝繧繧繧縺ゅ縺ゅ縺ゅ縺ゅ!」
魔族の絶叫が響く。
一体何が起きてのかと前を向くと、
そこにはあの子と中心に同士討ちする魔族の姿があった。
(足さばきだけで、すべての攻撃を紙一重で避け、
同士討ちを狙っている!?
そんな神業が可能だというの!? 剣道は!?
一体どこの道場でそんな技を教えて……)
「豁縺縺縺縺医縺医縺茨!!」
そこへトドメと襲いかかる隊長格。
あの巨体で大剣を振られたら、回避も難しい。
そもそも今あの子は丸腰で……
「一刀流……」
足元の剣のグリップを思い切り踏みつける。
テコの原理の要領で跳ね上がった剣を片手でキャッチし。
「夢想剣」
相手の巨体の勢いを利用してのカウンター。
その一撃は、岩よりも硬い魔族の体を、
文字通りに一刀両断してしまった。
(一刀流って言った……? 夢想剣って言った?
まさか……あの子の通ってた道場って……)
戦国最強、天下一の剣、そんな異名で語られた幻の剣豪。
あの、伊藤一刀斎の技を現代にまで継ぐ道場……!
もしもそうだとしたら、あの子は……
(現時点で、この異世界最強の剣豪なのかもしれない!)
それからはもう、本物の。蹂躙。
あの子は私の命令した通りに、
街を蝕む害虫を、すべて駆除してしまった。
「なんだと!? どこの勇者軍の勇者だ!」
全滅した魔族の屍の上。
全身に浴びた返り血に酔うように呆然としていたあの子の元に
この街の領主が駆け寄ってくる。
あのクズ、護衛の勇者達に戦わせることもせず、
自分だけ隠れていたのか……!
(あいつが一番の害虫じゃない……!)
ぎり、と歯を噛みしめる。
せめて領主がまともなら、
こんな被害は出ていなかったはず。
やはり、この世界の本物の悪は……
「貴様! 何者だ! 名を名乗……」
「まだ害虫が居たか」
「は?」
剣に、手が伸びる。
それはまずい!
いくらなんでも領主を斬ったら、この先私達は!
そもそも何故私の洗脳が効いていないの……?
いや、違う。洗脳は、効いている!
私は魔族も貴族も領主も等しく悪だと思っている!
等しく街を蝕む害虫だと思っていた!
なら、その私に洗脳され、命令されたあの子は……!
「ウィア、エニィクル……!」
洗脳解除の術式を叫ぼうとして、私は……
「……ふっ」
軽く嘲笑って。
その詠唱を、中断した。
「死ね」
領主の首が、飛んだ。
そして私はあの子と、
領主の隣に居た3人の勇者の洗脳を解除するのだった。
「やってしまったわ……」
「まぁまぁ、そう凹まないでくださいよ、スズお姉様。
大丈夫です、私何も覚えてませんので」
「覚えてないって、どう見てもあなたが……」
「覚えてないのでノーカンです! というか、
流石に私もすべての人を助けようなんては傲慢なことは言えませんよ。
気付いた人だけ、助けられる人だけ助ける!
そして気付いたら人間にも動物にも虫や草花にも、
誰にだって酷いことはしない!
私、そうやって生きてますので!」
そんなロジックが通るのぉ……?
あの後2人で街から逃げ出した私達。
私達はもうお尋ね物になっているはずだ。
とりあえずはあの時に助けた商人の馬車に
潜ませてもらいつつ旅をはじめたのだけど、
この方にだって立場があるし、迷惑はかけられない。
一体これからどうやってこの世界で……
「ん? ちょっと待って」
「はい」
「あなた、今私のことなんて呼んだ?」
「スズお姉様」
「……お姉様ぁ?」
思わず口をあんぐりと開けてしまう私。
まさか、私の洗脳魔法は。
この子と私の、主人と奴隷の関係は、
既にもう確立してしまっていて……
「ふふっ」
そんな私にこの子は。
私の奴隷剣豪セシィリアは、にやりと笑って。
「いざという時はまた、
私を洗脳してくださいね。スズお姉様」
……ほんとに、この世界は生き地獄で
私は、運が悪い。
AIイラストの表現の幅を広げるために書いてみた短編でした。
評価が伸びたら続きを書きます。