表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/22

終焉(後編)

ルミナスブレイブは戦場を抜け、ギルド本部へと向かって駆けていた。


 ——しかし。


「そこのお前たち!止まれ!」


 街の正門前、重装備の冒険者が何人も立ち塞がる。その中には、Aランクの冒険者たちの姿もあった。


「Cランク以下の冒険者は、すべて避難命令が出ている! 今すぐ南東の地下シェルターへ!」


「は!? 俺たち、応戦に——」


 アレンが抗議しようとした瞬間、周囲の空気が凍ったように冷たくなる。


 立ち塞がる男が険しい表情で言い放つ。


「今動いてる“何か”は、お前たちの想像を超えてる。さっきの咆哮……聞いたろ?」


「……!」


「俺たちAランクですら、震えが止まらない。今は生き延びることが最優先だ」


 ルーシーが小さく震えながら、そっとリリアを見やる。


 ユージンは唇を噛みしめながらも、頷くしかなかった。


「……くそ……!」


 数秒の静寂ののち、ルミナスブレイブの4人は、他の冒険者たちと共に地下の避難シェルターへと押し込まれていく。


 入り口が閉ざされる直前、リリアは遠く、空の裂け目の方向を見つめた。


 (……なにが、起きてるの……?)


 そのとき、胸の奥で、誰かの声がふわりと響く。


『リリア。そろそろ、隠してる余裕はなくなるかもしれないよ』


 ——フィーネだった。


 リリアはぎゅっと拳を握る。


(……わかってる。でも、もう少しだけ……)


 避難シェルターの扉が、重く閉じられた音が、街の運命を告げる鐘のように響いた。


——そして、地上ではまだ、災厄の顕現が始まったばかりだった。



 ——それはまるで、世界そのものが息を飲んだ瞬間だった。


 天災・ヴェル=ザルファが咆哮を放つと同時に、空間が裂けるように歪み、その裂け目から次々に“幻獣”と“幻獣亜種”たちが街へと降り注いだ。


「っ……! 幻獣!? こんな数、あり得ない……!」


 ギルドマスターの額に、今まで見せたこともないような焦りと冷や汗が滲む。


 街の外縁部が、次々と炎や氷、雷に覆われていく。


 Bランク、Aランクの冒険者たちが応戦に出るも、敵の数と質に押され、一人また一人と倒れていく。


「くそっ……防壁魔法が……貫かれた……!」


 結界を維持していた要の魔法陣が、幻獣の一撃で粉砕された。


 ギルドマスターはすぐさま防衛ラインの立て直しを図るが、その場を動けないまま敵の波に囲まれ、足止めされる。


 「これは……手に負えない」


 自らの魔力をもってしても、この災厄の波を防ぎ切るにはあまりに数が多すぎる。


 そのとき——


「アメリアァァァ!!」


 叫んだのはロキだった。


 遠くの路地裏で、仲間の身体が地面に崩れ落ちていく光景が見える。


 ——ヴァルキュリア。


 Dランク最強と称された、ロキ、アメリア、ヴィクトリア、レイヴンの4人パーティ。


 そのうちのロキ以外の3人が、幻獣の猛攻によって戦場から消えていった。


 彼らは避難民の護衛任務についていたが、突如として現れた幻獣亜種の群れによって、逃げ道を断たれたのだ。


 「……逃げろって言ったのに……!!」


 ロキは力のない拳を握りしめる。


 ——彼の目の前で、最も信頼していた“仲間”たちが、力尽きた。


 


 一方その頃。


 地下の避難シェルターでは、ルミナスブレイブの3人が緊迫した面持ちで天井を見上げていた。


 微かな震動。外で何が起きているのか、想像すらつかない。


「リリア……大丈夫かな……?」


 ルーシーが声をかける。


 しかし、リリアは返事をしない。


 ——彼女の瞳は虚空を見つめ、意識はすでに“精神世界”の奥へと潜っていた。


『リリア。もう、隠してる場合じゃないよ』


 心の中に響く声。


 フィーネだった。


『これは神話の時代の戦いだ。君が、いま立ち上がらなかったら……』


 リリアは目を伏せたまま、静かに問い返す。


「……本当に、出してもいいの?」


『いいかどうかじゃない。出さなきゃ、全部終わるよ』


 リリアの心に、決意の炎が灯る。


 そして彼女は静かに、シェルターの扉に向かって歩き出した——。



シェルターの静寂の中、ひとり立ち上がる少女がいた。


 リリア・エルフィス。


 その目に宿るのは、これまでにないほど強い光——迷いのない、覚悟の色だった。


「……わかってる。守らなきゃいけないって、やっと本当の意味でわかったよ」


 その呟きに、アレンが驚いたように顔を上げる。


「リリア……?」


 リリアは静かに、自らの右腕にある銀色の魔力制御の腕輪へと手を伸ばす。


 そして、アレンたちに優しく微笑みながら差し出した。


「これ、預かってて。少しだけ……待っててね」


「ちょ、ちょっと待てリリア!? まさか……」


「どういうこと? 外は危険なんだよ!? いまは出ちゃダメだよ!」


 ルーシーとユージンが慌てて引き止めようとするが、リリアの目は真っ直ぐで、まるで誰にも止められない光を放っていた。


「……ごめんね、ほんとはずっと、隠してたの」


 リリアはそう告げると、カチリと音を立てて腕輪を外した。


 次の瞬間——


 ズンッ……!


 地の底から響くような振動が、シェルター全体に伝わる。


 まるで世界そのものが怯えたように——空気が震えた。


「な、なにこれ……!? リリア……なの……?」


 アレンが唖然としたまま呟く。


 彼らの目の前に立つリリアの身体から、光のような、重力のような、何か得体の知れない力が溢れ出していた。


 その魔力は、明らかに異常。


 風が逆巻き、地面が震え、遠くにいるはずの冒険者たちが一瞬、動きを止めて天井を仰いだ。


 ルーシーが泣きそうな声で呟く。


「こんな魔力……見たことないよ……。リリア、あなた、いったい……」


 それでもリリアは、笑っていた。


 どこまでも優しく、どこまでも決意に満ちた、芯の通った笑顔で。


「後でちゃんと話すから。ほんとに全部……隠しててごめんね」


 そして、リリアは振り向き、そのまま歩き出した。


 ——ゴォォッ!!!


 彼女がシェルターの扉に手を当てた瞬間、それはまるで紙のように破裂して吹き飛び、リリアの魔力の光が外界へとあふれ出す。


 そのまま彼女は歩みを止めず、シェルターの入口に新たな防壁魔法を展開した。


「ここは安全だよ。だから、絶対に出てこないで」


 振り返らずにそう言い残し、彼女は戦場へと向かって走り出す。


 その背には、街を、仲間を、そして大切な人々を守ろうとする少女の強さがあった。



ギルド本部を中心とした広場は、すでに戦場と化していた。


 割れた石畳、崩れた建物、焼け焦げた路地。煙と瘴気が立ち込め、そこに立つ者の息を奪う。


 中央にそびえるのは、天災《ヴェル=ザルファ》。


 漆黒の鱗に覆われた竜のような巨体。その眼は深淵のごとく澱み、見るだけで精神を削られるような威圧感を放っていた。背から伸びる数対の翼が、夜の闇を切り裂くように広がり、その咆哮は大地を震わせる。


 その周囲を取り囲むのは、彼に忠誠を誓った強大な幻獣亜種たち。それぞれが並のAランクでは到底太刀打ちできない格を持つ存在ばかり。


 ──地獄の群れ。


 だが、その中へ、多くの冒険者たちが命を賭けて飛び込んでいた。


「くっ……魔法が効かない!?」

「バリアを貫通してきた!ありえない……ッ!」

「下がれ!全員、隊列を立て直せ——ぎゃあああッ!!」


 仲間の叫び、悲鳴、命の終わる音が連続して響く。


 ──Bランク、Aランク、Sランク。


 名だたるパーティたちが、1つ、また1つと崩れていった。


 かつて憧れだった英雄の背が、今は地に伏している。


 誰もが信じていた正義が、ひとつ、またひとつと炎に焼かれ、消えていった。


 その中心で、たったひとり、ギルドマスターが奮戦していた。


「……クソッ、数が減らない……どころか、増えていやがる……!」


 防壁魔法を展開し、突撃してくる幻獣亜種を強引に受け止めながら、彼は息を荒げる。


 魔力の枯渇は目前。額には汗が滲み、呼吸は浅く、集中を切らせば一瞬で死が訪れる戦場。


「あと一歩……本部に辿り着ければ……!」


 だが、その「一歩」が──遠すぎた。


 道を阻むかのように現れた、3体の新たな幻獣亜種が咆哮する。


 もう、ギルドマスターの姿さえも霞んで見えるほどの瘴気が辺りを包んでいた。


 その目には、焦りが滲んでいた。


 かつて、どんな強敵にも怯まず、仲間の背を支えてきたこの男でさえ、今は「敗北」の2文字を感じている。


 街の結界はとうに破壊され、一般市民はシェルターに閉じ込められ、戦える者たちは次々と倒れ、防衛線は完全に崩壊していた。


 そして、彼の脳裏に浮かんだのは──


(リリア……)


 かつてのエレノアに似た、あの黒髪の少女。


(お前がこの惨状を見なくて済むように……俺は、そう思っていたのに)


 だが、その願いは届かなかった。


 次の瞬間——


 風が、止まる。


 魔力の流れが、凍りつくように変わる。


 ──空気そのものが、圧されていた。


「……!」


 ギルドマスターは、身を翻す。


 そして見た。


 幻獣亜種たちの群れの向こう。瓦礫の道の先に、ひとりの少女が、立っていた。


 黒髪が風に揺れ、彼女の足元から、まるで光が地面を這うように魔力が広がっていく。


 小柄で、優しげなその少女が、今、この地獄の戦場を睨み据えていた。


「……リリア……?」


 ギルドマスターの声は、かすれていた。


 そして次の瞬間——


 リリアの体から、信じられないほど膨大な魔力が、夜空に向かって噴き上がる。


 大地が震え、空が唸る。


 絶望の帳を、光が裂いた。




「リリア……?なぜここに——」


 ギルドマスターの目に、信じられない光景が広がる。

 リリアの足元には、吹き飛ばされた幻獣亜種の残骸。

 そして、未だ空間に震える、解き放たれた魔力の余韻。


「今は……説明してる場合じゃないです」

 リリアは静かに、けれど強く言った。

「後でちゃんと話します。だから今は、先に行ってください」


 ギルドマスターは、目の前の少女が発する圧に呑まれながらも、ふと口元を緩める。


「……これなら、行けるかもしれん」


 彼はうなずき、本部へと走り去っていく。


 そして——


 本部の前。

 その中心に鎮座する存在。

 全てを薙ぎ払う咆哮。


「……まさか……あのときの……」

 ギルドマスターの膝が一瞬だけ震える。

「この気配、間違いない。リリアの母……エレノアを退けた、竜族亜種……!」


 その名は、天災——『ヴェル=ザルファ』。


 伝説を超えた存在が、リリアの帰還を待つように、ただその場に立ち尽くしていた——。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ