旅立ちのとき
「今日で卒業ですね、リリアさん」
長年過ごした教室が、今日で最後になる。
リリア・エルフィスは、淡い茶色の髪を揺らしながら窓の外を見つめた。そこには、見慣れた街並みが広がっている。だが、明日からの生活はこれまでとは大きく変わる。
「……もう、そんな時期かぁ」
感慨深げに呟くと、隣にいた親友のエリナがくすりと笑った。
「寂しいんですか?」
「うーん、寂しいっていうか……なんだろうね」
リリアは曖昧な笑みを浮かべながら、自分の手首に触れた。
——そこには、銀色の腕輪があった。
「卒業したら、すぐにギルド試験ですね。リリアさんも受けるんですよね?」
「まあ……ね」
エリナの瞳には期待が満ちていた。
「リリアさんなら、きっとすごい結果を出せますよ!」
「そんなことないよ。私は普通だし……」
普通。
そう、自分は普通でいなければならない。
卒業式が終わり、リリアは自宅へと戻った。
小さなテーブルと椅子、母の面影が残る家具の数々。
「さて、準備しなきゃ……」
ギルド試験には筆記、戦闘、魔力測定がある。
「……魔力測定……か」
リリアは腕輪を見つめた。
——五歳の時。
母と過ごしていた最後の記憶。
「大丈夫よ、リリア。あなたはきっと、力を制御できるようになるわ」
優しく微笑む母。
しかし、その言葉が現実になることはなかった。
その後、彼女の魔力は暴走し、周囲を破壊した。
リリアはそれ以来、自分の魔力を使うことを恐れるようになった。
だからこそ、腕輪に魔力を封じた。
自分で封じることで、普通でいられるのなら——。
翌朝、ギルド試験の会場。
数百人の受験者が列をなしている。
まずは筆記試験。
「戦術論……難しいな」
リリアは淡々と問題を解いていく。
次に、戦闘試験。
剣術や魔法を使った模擬戦が行われる。
リリアは最低限の動きで戦い、なるべく目立たないように立ち回った。
(普通でいればいい……)
しかし、問題は最後の試験だった。
「次の者。魔力測定を始める。」
測定器の前に立ち、静かに手をかざす。
(大丈夫……私は普通のまま……)
しかし、その瞬間。
バチッ……バチバチッ……!!
閃光が走り、機械が震え始めた。
「な、なんだ!?」
測定官が眉をひそめる。
「測定器が……反応しすぎている……?」
「おい、壊れたんじゃないのか?」
周囲のざわめきが広がる。
リリアは焦りながら手を引こうとした。
(抑えなきゃ……!!)
しかし。
ドォンッ!!
測定器が爆発した。
一瞬、時間が止まったようだった。
(……バレる!?)
試験官たちの驚愕の視線がリリアに集中する。
「お、お前……まさか……?」
リリアは、その場から駆け出した。
普通ではないと知られれば、もう元の生活には戻れない。
——そして、腕輪がわずかに光を放った。
——『お前はもう抑えきれない』
懐かしい、優しい声。
「……ママ?」
リリアの旅立ちは、予想もしない形で幕を開けたのだった。