高みへ
朝のギルド内は、いつもより少しだけ活気に満ちていた。
出入りする冒険者たちの笑い声と、依頼を受ける掛け声が交錯する中、ルミナスブレイブの4人はギルドのカウンター前に集まっていた。
「そろそろクエスト行かないとな、鈍っちまう」
アレンが腕を軽く回しながら、少しだけ笑う。
「賛成! 訓練ばっかじゃつまんねぇ。ここらで一発、力試しに討伐系いこうぜ!ガッツリ戦うやつ!」
ユージンがいつもの調子で拳を握りしめる。
「たしかに、せっかく鍛えてもらったんだし……成果、見せたいよね!」
ルーシーが明るく頷いた。
リリアは3人の様子を見ながら、少し控えめに微笑む。
(みんなすごく前向きになったなぁ……私も、しっかりついていかないと)
4人は掲示板の前に移動し、ずらりと並んだ依頼票の中から討伐系のクエストを探す。
アレンが一枚の依頼に目を留めた。
「……これだ。Fランクの中じゃ上位難易度。獣の種族も多いし、数も多い」
ユージンが覗き込み、にやりと笑う。
「いいじゃん!まさに今の俺たちにぴったりだろ?」
ルーシーも「うんうん、楽しそう!」とテンションが上がる。
リリアも小さく頷き、「頑張ろうね」と微笑み返す。
そんな4人に、カウンターにいたギルド職員が声をかける。
「そのクエスト……Fランクの中でも結構ハードですよ? 対象数も多いし、なにより一度に複数種の獣が相手になりますから」
アレンが一歩前に出て、力強く答える。
「任せてください。俺たち、力はつけてますから」
その瞳に宿る自信は、かつてのFランクとは明らかに違っていた。
こうして、ルミナスブレイブは久々の実戦に挑むべく、討伐クエストへと向かうことになる——!
依頼に記された目的地は、街の北西に広がる岩場と森林地帯が入り混じるエリア。
昼過ぎ、ルミナスブレイブの4人は険しい岩肌と濃い緑の木々に囲まれたその場所に到着した。
「ここが討伐エリアか……」
アレンが鋭く周囲に目を走らせる。
風に乗って流れてくる、獣のうなり声。
地面には、いくつもの蹄や爪の跡が残っている。
耳を澄ませば、ガサガサと低木をかき分ける音も聞こえてくる。
「……うわ、いっぱいいる……!」
ルーシーが目を丸くしてつぶやくと、すぐ近くの茂みが揺れた。
数体の中型獣が姿を現し、こちらに気づいて唸り声を上げる。
「いいねぇ、やりがいあるってもんだ!」
ユージンは嬉しそうに両手を構え、魔力の気配を立ち上らせる。
「全員、準備はいいか?」
アレンが全員の顔を順に見回し、最後にリリアと視線を合わせる。
彼女は静かに頷き、両手の指先からほのかに魔力をにじませた。
アレンはにっと笑うと、前へ一歩踏み出した。
「行くぞ――俺たちの実力、見せてやろう!」
その号令とともに、ルミナスブレイブが走り出す。
森の奥から、岩陰から、次々と姿を現す獣の群れ。
だが、それを迎え撃つ4人の表情には、恐れも迷いもなかった。
訓練を経て、確かな力を手にした彼らの戦いが、今まさに始まる――!
「正面、十時の方向に群れ!」
リリアの警告が飛ぶと同時に、茂みの奥から十数体の獣が一斉に飛び出してきた。
牙を剥き、低く唸りながら突進してくる姿は、訓練前の彼らなら十分に脅威だっただろう。
だが今は違う。
アレンは即座に前に出ると、両手を広げて構えた。
「数が多いな……けど、ちょうどいい」
目を細め、口元をわずかに吊り上げる。
「——ブレイズラッシュ!」
その声と共に、アレンの足元から火の奔流がうねりを上げて広がる。
地面を這うように放たれた炎の連弾が次々に獣を襲い、爆ぜるたびに高熱の衝撃波を撒き散らす。
連撃の火柱が連続して立ち上がり、空気が一瞬にして灼熱に包まれる。
呻き声すら発する間もなく、獣たちは炎の中で一掃されていった。
「前よりずっと早く、力を乗せられるようになった……!」
アレンは肩で息をしながらも、確かな手応えを感じていた。
魔力の制御と連携速度、そして威力のすべてが一段上のレベルに到達している。
その様子を少し後方から見ていたリリアが、ぽつりと声をもらす。
「……アレン、すごくなった……」
驚きと、どこか誇らしげな眼差し。
訓練の日々が、仲間たちに確かな成長をもたらしていた。
だがこれは、まだ始まりにすぎない。
次に動くのは——ユージン。
「右から回り込んでるよ!」
リリアの声に反応し、ユージンが即座に飛び出す。
迫りくる獣の群れの前に立ちはだかるように腕を突き出し——
「フォートシールド:一点展開!」
バシィンッ!と音を立てて、半球状の防御魔法が発動。
直径数メートルの範囲に濃密な魔力の壁が形成され、獣の突進を正面から受け止める。
「こっから先は通さねぇぞ!」
ユージンがにやりと笑い、ぐっと地面に踏み込む。
一点集中で構築されたシールドは、並の攻撃ではびくともしない。
後方では、ルーシーが立ち位置を調整しながら詠唱に入る。
「——スピードアップ、ガードブースト!」
彼女の魔法がアレンとユージンを包み、魔法陣が光を放つ。
「アレン、今スピード上げるよ!」
「助かる!」
アレンの動きが目に見えて加速し、ユージンのシールドはさらに硬度を増す。
攻防のテンポが完璧に噛み合い、前衛と後衛の連携が美しく機能していく。
「ちょっと前の私たちとは、段違いだよね!」
ルーシーが楽しそうに声を弾ませ、仲間たちと息を合わせる。
ユージンも笑いながら叫ぶ。
「訓練ってのは伊達じゃなかったな!」
かつては攻めも守りも一手ずつが限界だった彼らが、今や連携と支援を当たり前にこなす。
そして次は——
静かに立ち尽くしていたリリアが、一歩前に出る。
「左、回り込んでる……!」
リリアが声を上げると同時に、指先に魔力を集中させる。
「セーフティバリア・展開!」
ユージンの死角から迫っていた獣の牙が、リリアの張った防御魔法に激突し、弾かれる。
「助かった、ナイスだリリア!」
「ううん、大丈夫……!」
素早く体勢を立て直すと、リリアは次の魔法へと手を滑らせるように切り替える。
「——ウィンドスプレッド!」
彼女の足元に浮かぶ魔法陣が淡く輝き、空気を巻き込むようにして風の魔法が拡散する。
舞い上がった風の刃が、周囲にいた複数の獣を一掃した。
「や、やりすぎたかも……!?」
リリアは自身の放った魔法の威力に一瞬目を見開く。
訓練で覚えたばかりの調整魔法だったが、感覚が研ぎ澄まされすぎて威力が思ったよりも高くなってしまったようだった。
「リリアもすっごく成長してる……!」
後方のルーシーが目を輝かせて声を上げる。
「えへへ……ありがとう。でも、ちょっと風が強すぎたかも……」
額に汗を浮かべつつ、リリアは周囲の獣たちが倒れていくのを見て苦笑いを浮かべた。
仲間のピンチには即座にバリアを張り、群れる敵には範囲攻撃で圧倒する。
火力を出しすぎないよう調整しながらも、戦況に応じて自在に魔法を切り替える姿は、もう“Fランクの少女”ではなかった。
崩れていく敵陣。光る仲間たちの連携。
そしてその中で、確かな存在感を放つリリア。
ルミナスブレイブの名が、この日、本物の“戦力”として刻まれ始めた——。
大量の獣たちが横たわる討伐現場には、もはや敵の気配ひとつない。
瓦礫ひとつ動かぬ静寂の中、ルミナスブレイブの4人は無傷で帰還を果たしていた。
「討伐完了。ケガ人なし、討ち漏らしなし、周囲への被害もゼロです」
アレンがギルドカウンターでそう告げると、受付の職員が思わず息を呑んだ。
「……本当に、全てを制圧したんですか?」
「はい。報告書にも記録しました」
ルーシーが、丁寧に書き上げた討伐報告書を提出する。
やがてその報告はギルドマスターのもとへ届けられ、静かだったギルドに足音が響く。
「ルミナスブレイブ……お前たち、本当にやってのけたんだな」
マスターの姿を見たユージンが、にやりと笑う。
「言っただろ?訓練の成果を見せてやるって!」
マスターは4人の顔をじっくりと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「対応速度、判断力、連携、戦術、被害ゼロ。そして——完全討伐」
「……これがFランクの仕事か?いや、もう違うな」
その目には、確かな期待と誇りが宿っていた。
「ルミナスブレイブ、お前たちは本日をもって、正式にEランクへ昇格だ!」
場にいたギルド職員たちがざわめき、すぐに拍手が巻き起こる。
ルーシーが思わず目を丸くしながら、笑顔で叫んだ。
「やったー!これで本当にEランクなんだね!」
「ようやくスタート地点に立てた気がするな」
アレンが静かに頷くと、
「まだまだいける!次はDランクってやつだな!」
と、ユージンが腕をぶんと振り上げた。
「もっともっと強くなろうね!」
ルーシーの声に、全員が頷く。
そして——リリアは少しだけ視線を落とし、胸に手を当てる。
(私も……ちゃんと、この場所にいていいんだ)
仲間と共に、一歩ずつ成長しながら。
リリア・エルフィスは今、冒険者として本当の第一歩を踏み出した——。