はなのお嬢様
「お嬢様、今朝はとても爽やかですよ。
朝食の支度が整いましたから起きてくださいませね。お揃いでお嬢様をお待ちですよ。」と言いながら分厚いカーテンを開けると、朝の日差しが部屋に差し込む。
ここは小石川にある元華族の猩々木家の御屋敷。洋風の佇まいが美しく、住み込みで見慣れているはずなのに季節の折々にふと見とれてしまうのは、お住まいの方々が温かく優しく暮らされていて私が幸せだからなのだろうと、内心自慢に思っている。
「おはよう花、すぐに行くわ。今朝はアールグレイが良いわね。」
「そう思って準備してあります」
「あなたがいてくれて本当に素敵だわ。」
お嬢様にガウンを羽織らせてダイニングへ促す。
「おはようございますお父様お母様」
「あぁおはよう鈴子、昨夜は遅くまで起きていたようだね」
「卒業論文を始めたら少し興が乗ってしまいましたの。」
「鈴子さんは頑張り屋さんね。でも夜はほどほどになさらないとまた花さんが嘆きますわよ」
朝食のお世話の合間につい口をはさんでしまった。
「お嬢様のお肌の輝きを守るのは私の使命です!」おかわりのパンを挟んだままのトングに力を込めてしまい、パンが潰れてしまった。
ダイニングに笑いがこぼれる。
「ふふふふ、いつもありがとう」
お嬢様の微笑みが美しい。あぁ今日
も良い一日になりそうだ。
私は桜井花、両親が早世し猩々木家の執事をしていた祖父に引き取られ、以来こちらのお屋敷のご当主様の好意でお嬢様のお世話係をしながら学校まで出していただいた。
少しずつ執事としての仕事も教わって、祖父の引退以降はお嬢様のお世話と兼任している。
お小さい頃からお世話しているのだ、とても他の方に譲る気にはなれない。
と言ってもお嬢様ももう大人、つい過保護にお世話してしまう私でもそんなに手間がかかる訳ではないのが少し淋しい。
朝晩のお肌のお手入れと、毎日のお着替えの準備、朝は起こして差し上げて、朝食のお世話も少し。
昼食、夕食と掃除などは通いの家政婦さんが来る。
お嬢様が大学へ行かれる時間だ。
運転手の榊さん、今日も安全にお願いしますね。