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【ハイファンタジー 西洋・中世】

悪魔と悪女の最期

作者: 小雨川蛙

 

 ある大悪魔が世界をかき乱してやろうと思い一人の美女を生み出した。

 彼女は生まれながらに悪魔の言葉を聞き、その考えと魔法、そして何よりも嘘の付き方を深く学んだ。

「良いか。人間は誰であっても常に自分の思い通りになる相手を望んでいる」

 まだ産声をあげたばかりの赤子は母親ではなく悪魔の方ばかり見つめていた。

 そんな赤子に悪魔は彼女にしか聞こえない笑い声で告げる。

「面白いものだぞ。大きな物が音を立てて崩れ去るのを見るのは」


 悪女は悪魔の教えを忠実に守り続けた。

「良いか。お前はその知恵と魔力を心の赴くままに用いるのだ。自分の思い通りになる美しい女だと相手を騙せ。騙し続けるのだ。そうすればあらゆる人間はお前のことを聖人君子で偉大なる人物だと勘違いする」

 その問いに悪女は悪魔にしか見せない笑みを見せながら答えた。

「ええ。お馬鹿さんを騙し続けることは楽しいもの」

 悪魔が望んだように彼女はその内に秘めたどす黒さを実に美しく隠しながら着々と地位を高めていき、二十の歳を迎える前に国王が求婚をしてきた。

 その熱烈な告白に対し悪女は丁寧且つ美しい言葉で何度か断りを入れた。

 しかし、断られたというのに悪女の仕草があまりにも完璧であったため、国王の目には彼女の全てが貞淑且つ穏やかで気高い人間に映り、増々彼女に対し熱をあげた。

 やがて、十分な頃合いだと判断した時、悪女は遂に王の願いを受け入れ王妃となった。


「見事だ」

 悪魔は再び大笑いをして悪女を称えた。

「あとはもう頃合いを見て国を崩すだけだ」

 その言葉に彼女もまた大笑いをしながら答えた。

「本当ね。この国を一体いつ崩そうかしら」

 二人は互いにしか聞こえない声のまま作戦を練る。

 一体、どの瞬間に国を崩そうか。

 国が崩れ荒れ果てた世界の人々をどのように苦しめようか。

 悪女にとりそれは実に楽しい時間だった。

 何せ、これ以上無いと確信するほどに悪に満ちた自分の考えを悪魔はあっさりと越えた案を出してくれるのだから。

「こうすればより醜く王は乱れ、配下の騎士は同士討ちをするだろう」

「なら、今の内から仕込みをしなければならないわね」

「あぁ、その通りだ」

 悪魔という師が居る彼女は着々と国を崩す準備を続けた。


 表面上は聖人君子を演じながら過ぎていく日々。

 一体、どれほどの時間を悪女は悪魔と話していただろう。

 今日も今日とて悪魔は悪女の前に姿を現して語り合おうとしたその瞬間、悪魔の身体は幾つもの聖なる鎖が現れて身動きが取れない程に縛り付けられた。

 神聖魔法だ。それも大悪魔である自分さえも縛り付けるほどに強力な。

 こんなものを使えるほどに魔力がある人間など存在しない。

 それこそ、特別な方法で魔力を持っていない限り。

「どういうことだ!?」

 狼狽える悪魔の前に悪女が現れる。

 予想に違わず、輝く鎖は彼女が放ったものだった。

「何をする!?」

 悪魔の口を容赦なく鎖で塞ぐと悪女は美しく透き通る声で叫んだ。

「今です!」

 それと同時に数えきれないほどの神聖魔法を扱う司祭が現れ、幾つもの光り輝く槍を悪魔に向けて放った。

 本来の大悪魔であればこの程度の魔法ではかすり傷程度のダメージしか受けないだろう。

 しかし、こうまでも拘束され弱っていたなら話は別だ。

 雨が降り注ぐように槍が刺さり続け、やがて遂に大悪魔は死んでしまった。

 悪女はその死を見届けると集まった司祭達を称える。

「ありがとうございます。私一人ではとてもこの悪魔を殺すことは出来ませんでした」

 そんな悪女の言葉に集まった司祭達は息も絶え絶えでありながらも言った。

「とんでもない。あなたのお力と知恵がなければこのような化け物を人間に討ち滅ぼすことなど出来はしなかったでしょう」

 その言葉を聞いて悪女は寸劇とも思えるほどにあっさりとしたやり取りを交わした後に言った。

「申し訳ありません。私は少し休みます。後始末をお願いします」

「もちろんですとも。どうか、ごゆるりとお休みください」

 そんな言葉を受け、これ見よがしにふらつきながらその場を去りながら悪女は悪魔にしか聞こえない声で……つまり、今は誰にも聞こえない声で言った。

「私はね。一番美味しいものから食べるタイプなの」


 そう。

 彼女はあくまでも悪女である。

 此度の行動は決して正義に目覚めたわけではなく、ただ自分が知る限り最も強大なものが崩れ去るのを見たかっただけだ。

 このタイミングを逃せば二度と大悪魔があんなにも面白く崩れ去るのを見ることは出来なかっただろうから。

「あー! 楽しかった!」

 ケラケラと笑いながら悪女はベッドの上で大の字で横になって、そのまま心地良い疲労感と共に眠りについた。



 さて。

 物語である以上、この悪女の辿った悲惨な末路を伝えなければならない。

 彼女はこの後、国を崩す機会を今か今かと窺っていたが困った事にそれがいつなのかの判断がつかなかったのだ。

 何せ生まれた頃からずっと大悪魔の言いなりだったのだから。

 大悪魔は元々が『最高の状態』だったため、あとはもう崩すだけで良かった。

 しかし、彼女には国がどこまで発展すれば『最高の状態』であるのかが分からない。

 そして、分からないまま遂に失意のままこの世を去った。


 故、実に哀れで、惨めで、そして自業自得なことだが。

 彼女は大悪魔を撃ち滅ぼし、さらには国に発展を齎した偉大なる聖女として最期を迎える羽目になった。

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― 新着の感想 ―
本人(と悪魔)以外はハッピーエンドなの良いですねぇ 聖人のやめどきを見失ったヒロインが不憫可愛いw
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