最終話 わたくしの好きな人
「ふんふん、なるほど。クレイさん達もお変わりがないようで良かったです」
バレス邸の執務室でクレイさんからの手紙を読み終えたわたくしはまだ暖かい紅茶を喉に流し込み、一息つきます。
手紙に添えられた写真には美しく成長されたクレイさんとフウカさん、相変わらずお美しいカリンさん、そしてそれぞれ綺麗な黒髪と薄く緋色がかった黒髪をした愛らしい赤子二人が映っていました。
大魔王サタンとの戦いを終えてから5年。
あれからいろんな事がありました。
その内容は多岐に渡り一例をあげれば、わたくしがお父様からバレス辺境伯当主の座を譲り受けた事、クレイさんとフウカさんのお二人が王都ビスにあるカリン様のお屋敷に引っ越された事、【雌伏の覇者】メンバーのアロン様とクリル様がご結婚された事、ガイア様が武闘大会で通算15回目の優勝を果たされた事。
詳しく語ると時間が足りないので割愛しますが、皆様それぞれ充実した人生を送られているようでなによりです。
あと風の噂ですが、今ガネットはバレス領の隣街にある鍛冶屋で見習いとして働いていて、最近はそこの親方様のお嬢さんと婚姻したとの事です。
ヒナミナさんや放逐されたわたくしの事をド平民呼ばわりしていた彼が平民の女性と結ばれたというのも不思議な話ではありますが、何かしら彼の価値観が変わるような出来事でもあったのかもしれません。
まぁ別にわたくしは彼に不幸になって欲しいと考えている訳ではありませんし、この話はもういいでしょう。
毎日足の小指を強打すればいいのに、とは思っていますが。
過去を振り返りつつ、手紙と写真を私物保管用の棚に入れる最中、部屋の外からパタパタと小さな足音が鳴り響き、ちょうど扉の前で止まりました。
バン!
豪快な音を立てながら執務室の扉が開け放たれると、桃色を基調としたドレスに身を包み、艶のある灰色の髪を姫カットに切り揃え、翡翠色の瞳をした小さな可愛らしい幼女がトテトテと駆け込んできます。
「ママー!あさのおべんきょうおわったぁ!」
「お疲れ様です、ミオちゃん。よく頑張りましたね」
勢いよく飛び込んできた幼女、ミオちゃんを受け止めたわたくしはまだ小さな体躯の彼女を持ち上げて抱っこしました。
腕にかかるまだまだ軽い質量と高めの体温がとても心地よく感じます。
この天使のように愛らしい女の子の名はミオ・バレス。
今年で3歳になるわたくしとヒナミナさんの可愛い可愛い一人娘です!
養子でも取ったのですかって?
いいえ、ミオちゃんは正真正銘わたくしとヒナミナさんの血を受け継いだ子供です!
◇
5年前、ガネットから女性同士では子供は出来ないと心無い事を言われ(第54話参照)、傷付いたわたくしの為にヒナミナさんはとある研究を続けていました。
その研究とは……魔術で一時的に男性器を再現するという物。
普通なら不可能としか言い様がない事象ですが、他人の身体の中に魔力器官を作り上げてしまう程の大天才であるヒナミナさんはついに成し遂げてしまいました。
魔術が完成した後の初夜は今でもよく覚えています。
ヒナミナさんに身体を内側から何度も激しく突き上げられたわたくしは未知の感覚に放心状態となってしまい……。
これ以上描写するとわたくしの心臓が保たなくなってしまいますのでここまでにしましょう。
ちなみにその魔術についてどうすれば出来るようになるのかヒナミナさんにお尋ねしたのですが、残念ながら教えて頂く事はできませんでした。
本人曰く『レンちゃんとカリンさんにだけは絶対に教えない』との事。
ヒナミナさんがわたくしの事をカリン様と同格の危険人物として認識していた事にはちょっとだけショックを受けました。
わたくしはただ彼女にも同じ快楽を味わって頂きたかっただけですのに。
結局のところヒナミナさんがこの魔術を教えたのは今現在はクレイさんだけのようです。
先程の手紙に送付された写真に映っていた二人の赤子は彼女がフウカさんとカリン様の間に儲けた子供という事ですね。
ミオちゃんのお友達も増やしたいですし、子供達がもう少し大きくなったらまたクレイさん達をバレス邸に招待しようと考えていたわたくしでした。
◇
コンコン。
わたくしがミオちゃんを抱っこしてあやしていると、部屋の外から軽快にドアをノックする音が聞こえてきました。
このドアを叩くリズムと音量、それだけでわたくしには誰が訪れたのか瞬時に答えが頭の中に浮かんでいます。
部屋の外に返事を返すとドアが静かに開き、そして一人の女性がするりと身を滑り込ませるようにして入室してきました。
もちろん、その方は––––
「ヒナミナさん!」
こうして訪ねてきてくださったのが嬉しくなって、つい呼びかける声が上擦ってしまいます。
ヒナミナ・バレス。
上は白衣に大きな振り袖、下は暗めの青色の袴を身に纏う黒髪に蒼の瞳をした美しい女性。
5年の月日を経たヒナミナさんは美しさはそのままに、以前は肩にかからないように切り揃えられていた髪を少しだけ伸ばすようになって、より大人の女性らしくなられていました。
ヒナミナさんの姿を見つけたミオちゃんはわたくしの腕の中で手をブンブンと振りながら彼女の事を『ヒナママー!』と呼んでいてとても嬉しそうです。
それにしてもヒナミナさんがヒナママならわたくしはレンママと呼ばれるのが自然な流れだと思うのですが、ママの2文字だけで呼ばれているのはミオちゃんの中で何かルールでもあったりするのでしょうか?
「午前中の訓練も終わったし、レンちゃんもミオちゃんも一緒に食事でもどうかな?まだ仕事が終わってないならボクも手伝うけど」
「お気遣いありがとうございます、ヒナミナさん。書類仕事は一時間ほど前に終わらせたので大丈夫ですよ」
現在、バレス家に嫁入りしたヒナミナさんにはバレス邸に所属する兵士達の統括を担当して頂いています。
わたくしが領内の政治もとい書類仕事、ヒナミナさんが治安の維持。
それまでお父様が行っていた仕事を二人がそれぞれ得意分野で分担している訳ですね。
兵士達への指示は兵士長のラッドさんがいますし、書類仕事はある程度(もちろんわたくしが一番多く処理しています)お父様が受け持ってくださっているので、こうして毎日家族3人で過ごす時間も多く取る事が出来ていました。
「さすがレンちゃんだね。それじゃあ行こうか」
◇
「くうぅ……くうぅ……」
「あら、ミオちゃんったら疲れて寝ちゃったみたいですね」
食事を終えた後は3人で執務室ではなくわたくしの部屋に戻り、そこでミオちゃんのお相手をしていたのですが、元気いっぱいはしゃいでいた彼女は今日の分の活力を使い果たしたのか、今は安らかに寝息を立てていました。
「まだまだ子供だからね。でもきっとこの子は強い子になるよ」
そういってミオちゃんを抱き上げ、子供用の落下防止の柵がついたベッドに寝かせながらヒナミナさんは呟きます。
魔力量14000のバレス家の神童。
領民からミオちゃんはそのように認知されています。
わたくしと違って魔力器官に異常もなく、ガネットより高い魔力量を持つ彼女はこのまま驕る事なく順調に成長を重ねていけば誰よりも優れた魔術師となる事でしょう。
「わたくしとヒナミナさんの子供ですからね。きっと素敵なレディになる筈です」
ヒナミナさんの洗練された美しさは語るまでもないですし、わたくしもどこぞの痴れ者に顔だけが取り柄と言われ続けた事もありますから、ミオちゃんは将来とんでもない美人に育つに違いありません。
ふと、視線がヒナミナさんとぴったり重なりました。
そしてどちらかが言い出す事もなく、自然に距離が詰められ、そして抱き合います。
「んっ……」
二人の唇が重なり、ふんわりとした優しい感触が伝わってきました。
流石にミオちゃんが起きている間にこういった行為をする訳にはいきませんからね。
それに……焦らされた分だけわたくしのヒナミナさんへの愛も燃え上がるというものです。
ヒナミナさんの頬に掌をあて、彼女の口内に舌を入れようとしたところで––––
「あー!ママとヒナママがちゅーしてるー!」
「ミオちゃん!?」
突如かけられた声に反応して、わたくしはまだヒナミナさんと抱き合ったままではありますが、咄嗟にキスを中断して唇を離します。
迂闊でした。
完全に寝入ってると思っていたのに。
「なんでちゅーやめちゃうの?ふたりはけっこんしてるのに?」
「そ、それは……」
ぶつけられた疑問に対して人に見せるような事じゃないとも、教育に良くないとも言えず、わたくしは途方にくれてしまいました。
その場凌ぎの言い分なら思い付くのですが、ヒナミナさんとの行為を恥ずかしい物、もしくは良くないものだと言うような事はしたくなかったのです。
「レンちゃん、ちょっとこっち向いて」
「ヒナミナさ––––んんっ!?」
わたくしはヒナミナさんよって顎に手を添えられ少しだけ顔を持ち上げられると、舌を絡め合う、深い、深いキスをされてしまいました。
まだミオちゃんが見ていますのに。
でもやっぱり大好き。
「おぉ〜!ママとヒナママらぶらぶぅ!」
わたくし達の行為を見たミオちゃんは目を輝かせて、きゃっきゃとはしゃいで興奮しています。
……この子はまだ3歳なのですが、教育上大丈夫なのでしょうか?
「ミオにもちゅーしてっ!」
ベッドの柵を乗り越えて走り、わたくしとヒナミナさんの間に入り込んだミオちゃんに対してわたくしとヒナミナさんはそれぞれ左右の頬にキスをしました。
ですが、なんだかミオちゃんはちょっと不満気なようです。
「ミオにはくちにちゅーしてくれないの?」
流石に実の娘にする訳にはいかないでしょう。
「お口へのキスは恋人か、結婚した人以外にはしちゃダメですよ、ミオちゃん。貴女は可愛いんですから、そんな風にせがんでいたら変な人に奪われちゃいます」
「そうなんだ……。じゃあミオもママやヒナママみたいなきれーなおよめさんほしい!」
どうしましょう。
まだ幼いわたくし達の愛娘の性癖がかなり偏ってしまった気がします。
わたくしは将来、女性だけでなく男性も含めてミオちゃんには素敵な人を見つけて頂きたいと思っているのですが。
「大丈夫だよ、ミオちゃんにもきっと可愛いお嫁さんができるからね。……そうだ!クレイちゃん達の子がもう少し大きくなったらミオちゃんとお見合いしてもらおう!貴族なら許嫁とか普通だよね?」
クレイさん達のお子様二人とミオちゃんを会わせる事はわたくしも考えていましたが、何故か友人をすっ飛ばして結婚相手の話になってしまいました。
今はわたくし達もクレイさん達もそれぞれ別の家庭を持って暮らしているとはいえ、やはりヒナミナさんとしては可愛い妹達と一緒にいる機会を増やしたいのでしょうか?
「ヒナミナさん。当人達の意思を無視してわたくし達だけで盛り上がってはいけませんよ?こういった事はまずお友達から始めませんと。それに、ミオちゃんもあの子達もまだ女の子を好きになると決まった訳ではないですし」
「そ、そうだよね。ごめん、ミオちゃん」
「ミオ、かわいいおよめさんほしい!ほしい!!ちょーだい!!」
「……ですが可愛い義理の娘が二人増えると考えたら悪い事ではないですね。さきほど来たクレイさんからの手紙への返信にそれとなく記述しておきましょう」
「……レンちゃん!」
「わあい!ミオのおよめさん!およめさん!」
可愛い娘と大好きなヒナミナさんがガッカリしてる姿を見たくなくて、ついつい甘やかしてしまうのがわたくしのダメなところです。
まぁ、子は親の背を見て育つとも言われますし、クレイさん達のお子様達が女の子好きになる可能性は低くはないでしょう。
仮に趣向や性格が合わなかったとしても、また次の恋を探せばいいのです。
ミオちゃんはまだ3歳。
無限の可能性がありますからね!
◇
「まましゅきぃ〜」
キングサイズのベッドの上でわたくしとヒナミナさんに挟まれたミオちゃんから寝言が漏れました。
先に寝てしまった場合は子供用のベッドに寝かせているのですが、それ以外の時は今日のように3人で寝る事が多いのです。
「ミオちゃんってほんとレンちゃんの事が好きなんだね」
「わたくしはその……一緒にいる機会が多いですから。それにミオちゃんはヒナミナさんの事も同じぐらい好きだと思いますよ」
子供は普通、父親より一緒にいる事の多い母親を好きになる傾向が強いようです。
ヒナミナさんもわたくしと同じく母親である事に変わりませんが、やはり時間の壁という物は少なからずあるのでしょう。
「うん、でも妬けちゃうな。……ミオちゃんに」
「あっ」
ヒナミナさんに優しく手を握られました。
結婚して子供を授かってから、彼女との関係で一つ変わった事があります。
「愛してるよ、レンちゃん。ミオちゃんよりも、クレイちゃんとフウカちゃんよりも」
それは……わたくしへの好意を積極的に伝えてくださるようになった事。
ヒナミナさんからの愛の囁きに対してわたくしの答えはいつも同じです。
「わたくしもヒナミナさんを愛しています。この世界の誰よりも」
握られた手をより強く握り返しました。
貴女へ捧げる愛ならば誰にも負けないと、そう示すように。
「お休みなさい、ヒナミナさん」
「うん、お休みレンちゃん」
就寝前に挨拶を交わして目を閉じます。
明日はきっと、もっと素敵な一日になるでしょう。
――だって、ここにはわたくしの好きな人がいるのですから。
放逐令嬢、異国の巫女さんに拾われる~魔力量『しか』ないわたくしにだって意地ぐらいあるんです!~ 「了」
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長期間の間お付き合いくださり誠にありがとうございました!
本作を最後まで続けて来られたのは読んでくださる皆様のおかげでもあります。
途中で更新期間が空いたり、当初の設定に色々付け足したり等はありましたが、概ね望んだ通りに進める事が出来たと思います。
レン達の物語自体を描くのはこれで最後になると思いますが、もし宜しければブックマーク、評価、レビュー、ご感想、いいね等をして頂けると作者のやる気が爆上がりして次回作にも繋がりますので是非宜しくお願い致します!




