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第69話 令嬢、英雄になる

「座るがいい」


 セルバスさんに案内された執務室でわたくしはソファーに座るようお父様––––バレス辺境伯、ダイン・バレスに促されます。

 お父様はわたくしが座るのを見届けた後に自身も机を挟んでの向かいのソファーに腰掛けました。


 いつも執務室でお父様は仕事用のデスクに、わたくしは直立して会話をしていたのでこうして彼と同じ位置の目線に合わせて向き合っているのはなんだか不思議な感覚です。


「まず王都ビスの冒険者ギルドから【月が一番大きい日(スーパームーン)】での大魔王サタンとの戦いでの働きを評価され、お前は戦力指数Aランク(英雄)として認定された。大義だったな」


「えっ!?」


 英雄と称えられる程の実力者のみが認定を許される至高の領域、それが戦力指数Aランク。

 突然の昇格の知らせに対してわたくしは動揺を隠せませんでした。


 いえ、直接サタンを倒したのはヒナミナさんであるとはいえ、彼女?を実質行動不能にしたのは(ヒナミナさんの力をお借りした)わたくしの魔術による物ですし、魔王討伐で一番大きな働きをしたと言えば、Aランク(英雄)に昇格する為の功績として充分であるのも確かです。

 しかし––––


「お父様。ブラン王国におけるAランク(英雄)は5人までと決められているのではなかったのですか?」


「本日付けで私はガネットをバレス領から追放した。また、あいつは既に冒険者ギルドからAランク(英雄)認定を取り消されている」


「……!」


 会話を始めてから1分も経たずに2度目の衝撃がきました。


 事態を把握する為、お父様にお尋ねして得られた情報は以下の通りです。


 まず、ガネットのAランク(英雄)からの降格についてですが、彼は大魔王サタンとの戦いで全力で限界を超えた魔術を放った結果、魔力器官が壊れて魔術が使えなくなってしまったそうです。

 魔術師が魔術を使えなくなった以上、戦力指数の認定などできる筈もなく、こうして認定を取り消される次第になったとの事です。


 次にガネットのバレス領からの追放についてですが、これは【月が一番大きい日(スーパームーン)】での彼の行動に対する罰との事でした。

 魔王サタンとの戦いでガネットはヒナミナさんに先んじてサタンを討つ為に命令を無視して本隊から勝手に離脱、またその際にバレス邸の兵士数人に対して怪我を負わせたそうです。


 ブラン王国の未来を決める戦いにおいて彼が犯した愚行は客観的に見て処刑されても文句は言えないような大罪でした。

 それを領からの追放で済ませたのは相当な温情であると言えるでしょう。

 ですが––––


「私物の持ち出しのみ許可はしたが、あいつがこれまでと同じような堕落した生活に引き摺られるようであれば……長くは持たないだろうな」


 そう口にしたお父様のお顔は苦悶に満ちていました。


 わたくしがバレス邸から放逐された時と違ってガネットはバレス領自体からの追放。

 娼館通いに贅沢三昧、そして敵を作りやすい難儀な性格。


 もはやガネットには彼に対してのあらゆる不満を強引に抑え込んできた魔術も権力もなく、その未来の行く先が暗い物になる事は明白でした。


 ひとつ意外だったのはお父様から追放を言い渡されたガネットは何も抵抗せず、黙って一礼だけして領を出る準備を始めた事でしょうか。

 何か彼にも思うところはあったのかもしれません。


「力ある者が優遇されるべき。私はバレス領の領主が受け継いできたこの価値観に縛られ、ガネットの愚行に目溢ししてきた。その結果がこのザマだ」


「お父様……」


「いや、違うな。私は力ある者すらロクに見抜けていなかった。サリナは私と違いレン、お前に大きな価値を見出していた。私には過ぎたいい女だった」


 お父様が口に出したサリナという女性はわたくしのお母様の事です。

 お父様から相手にされず、ガネットから嫌がらせを受け続けていたわたくしにずっと優しくしてくださった素敵なお母様……。


「お前は【月が一番大きい日(スーパームーン)】の戦いにおいて私が率いる本隊が倒れた後、即座に自身が所属する小隊に的確な指示を出して救命活動を行ない、そのおかげで私達は命拾いをした。戦場における指揮能力は魔術が使えずとも関係ない、充分に伸ばす余地のある能力だ」


 話は私が【月が一番大きい日(スーパームーン)】で小隊に指示を出した時の物へと移りました。

 あの時咄嗟に下した判断が果たして適切だったかは私にも正確には判断できません。


 そういう意味ではお父様の言う通り、伸ばす余地のある力だと言えるのでしょう。


「真に無能なのは私の方だった。すまなかった、レン」


 お父様はわたくしに向けて深々と頭を下げました。


 王都を超える武力を保持するバレス辺境伯領、領主ダイン・バレス。


 実質的な権力は公爵と対等であると言っても過言ではない彼がまだ成人して間もない小娘に頭を下げた。

 これはとんでもない事でした。


「一つだけ訂正させてください、お父様」


 実際のところ、わたくしはお父様の事をこれっぽっちも恨んではいません。


 魔術が使えなかったわたくしの存在が公になればバレス領にとって大きな弱みとなる事は明白でしたし、バレス邸から放逐された時にはそれなりの金銭を渡されてもいます。

 それに、後でヒナミナさんから聞いた事ですが、お父様は一度セルバスさんを使ってわたくしの無事を確認させに行った事もあったそうですし、彼なりにわたくしの事を想っていてくださったのでしょう。


 ですが、それでも勘違いしたままで終わって欲しくない事があるのです。


「サリナお母様がわたくしに優しくしてくださったのはお母様がわたくしの能力を見抜いていたからではありません。彼女はただ、わたくしを愛してくれた。それだけなのです」


 わたくしの言葉を受けて目を見開くお父様。


 母親から娘へと注がれる無償の愛。

 お母様の想いがあったからわたくしは生きる希望を持ち続ける事ができた。

 そして––––



 大好きな人(ヒナミナさん)に逢えた。



「……そうだな。サリナは素晴らしい女性、いや母親だった」


 お父様はフッと力なく笑い、頭を上げて姿勢を正します。


「なんにせよガネットを追放した以上、バレス家の正統な血筋は私で終わりだ。この領は分家から養子を貰い運営していく事になる。お前への償いにはならんだろうが、私はバレス家の正統な血筋を絶えさせた愚かな君主として民から嘲笑される事になるだろう」


「わたくしではお兄様(ガネット)の代わりにはなれないのでしょうか」


 お母様と過ごし、ヒナミナさんと出逢えたこの場所を顔も知らない分家の方が治める事になるという予定を聞いて不安と不満を感じた事でつい発言してしまいました。


「お前にはサリナから教えられた貴族としての礼節がある。地頭もいい。今からでも学び、私やセルバスの助力もあればガネットはもとより、私より優れた領主に慣れるだろう」


 そういうお父様のお顔はどこか力が抜けており、優しげな目をしています。


「だが領主には子を成し、受け継いでいく義務が求められる。レン、お前はヒナミナ殿を好いているのだろう?バレス領の行く末など考えず、彼女と二人で好きに生きていくがいい」


 お父様の発言を要約すると、わたくしとヒナミナさんは女性同士なので子供はできず、故にわたくしは領主になれない。

 なるほど、とても理に叶った返答です。


「お父様」


 ですがその常識は果たしてわたくし達に当てはめて良い物なのでしょうか?


「その懸念点、もしかしたら晴らせるかもしれません」





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 次回で最終回です。


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