第68話 FSS
「体調も回復してきたし、そろそろフウカちゃんにレンちゃんを紹介したいと思うんだ」
ヒナミナさんがそんな事を言い出したのはスレットとの邂逅から二日後の事でした。
魔王ミーバルに身体を乗っ取られ、サタンとして活動していたフウカさんは現在、わたくし達がいるバレス邸の離れの一室で療養しています。
幸いにしてサタンはほぼ常時金色の鎧を纏っていた事もあり、彼女が魔王として一時的に活動させられていた事を知る者は少なく、また知っている者もお父様から緘口令が敷かれた事もあって平穏無事に過ごす事ができていました。
「あの子がここまで回復できたのもレンちゃんが領主様に口添えしてくれたおかげだよ。本当にありがとう」
「いえ、そんな。わたくしは当たり前の事をしただけですし。それにサタンとの戦い自体で戦死者が出なかったのはフウカさんの心がミーバルに負けないぐらい強かったからだと思っています。フウカさんだってあの戦いの立派な立役者ですよ」
仮にわたくし達が対峙したのがサタンではなく今代の魔王であったのならばわたくしの魔力を吸収したヒナミナさんにあっさりと討たれていたであろうとはいえ、お父様を始めとする本隊からかなりの数の死傷者が出ていた事でしょう。
サタンが本隊の兵士やガイア様が率いる小隊、そしてヒナミナさんをその手にかける機会はいくらでもありました。
そのような状態の中、サタンの内側から強い心を持って妨害し、誰一人として死なせる事のなかったフウカさんはまさに英雄に相応しい働きをしたと、わたくしはそう思っています。
「そう言ってもらえるとあの子も救われるよ。それでさっきの話はどうかな?今ならフウカちゃんもあの時と違ってそんなに取り乱す事もないだろうし、丁度いいタイミングだと思うんだ」
「あの時?やはりサタンとして活動していた事で後遺症等があったのでしょうか?」
療養してる間、フウカさんにはできるだけ刺激を与えないようにする為に彼女の看病は義姉であるクレイさんとヒナミナさん、そして治癒師であるカリン様に全てをお任せしていました。
そんな状態でも精神的に取り乱す事があったのなら、わたくしが彼女と会う事で何らかの異常が発生してしまうかもしれません。
「いや、そういうのは全くないんだけどね。ただカリンさんとフウカちゃんが初めて顔合わせした時は……本当に地獄絵図だったよ」
そう言ってヒナミナさんは遠い目をします。
「あの二人が出会った時、カリンさんがいきなり『初めましてフウカちゃん。私はクレイちゃんの2番目の彼女さんのカリンです!』ってぶちかましてね。それでフウカちゃんは『クレイが浮気したああああぁっ!』って大泣きで荒れに荒れてさ。その上クレイちゃんまでショックを受けてわんわん泣き始めるし、カリンさんはそんな二人を見て何故かニコニコしてるしで本当に大変だったんだよ」
あぁ……なんだか見てもいないのにその光景が目に浮かぶようです。
一応フォローしておくとカリン様は愛し合うクレイさんとフウカさんを仲違いさせてほくそ笑む様な性悪な女性という訳ではありません。
彼女はただ、可哀想な女の子が大好きという一風変わった性癖を持っているだけなのです。
これだけ聞けばやはり性格が悪いのでは?と思ってしまいますが、本人曰く可哀想な女の子を見ると癒して幸せにしてあげたくなってうずうずしてしまう性分との事でした。
「最終的にはそのカリンさんが二人を纏めて抱き締めてあやしちゃうし、フウカちゃんは彼女の事をカリン姉様呼びするようになるしで……なんだかボク、お姉ちゃんとして負けたような気分になったよ」
「それは……お疲れ様でした」
フウカさんから見れば恋敵と言っても過言ではないお立場でしょうに三人目のお姉様ポジションに納まられるとは……カリン様、恐るべしです。
ともあれ、ヒナミナさんがいいと言うのであればわたくしもバレス辺境伯令嬢として、そして彼女のパートナーとして義妹であるフウカさんにご挨拶しにいくべきなのでしょう。
仲良くして頂ければ良いのですが……。
◇◇
「フウカちゃん、入るよ」
「失礼致します」
ドアを軽くノックしてからヒナミナさんに続いてフウカさんの滞在されているお部屋に入室します。
中を覗くと白をベースにしたパジャマを着用した10代前半と思われる真っ白な髪と真紅の瞳をした少女がベッドの上で身体を起こしており、そんな彼女にべったりなクレイさん、そして梨を剥いてカットしてる最中のカリン様がおられました。
「あ、レンねぇだ!なんだか久しぶりだね」
「フウカちゃんのお見舞いに来てくれたんですね。ほら、フウカちゃん。挨拶しましょう?」
ヒナミナさんとは違って初めてこの部屋に入室したわたくしにクレイさんとカリン様は反応を返してくれましたが、もう一人の少女、フウカさんはわたくしの視線から逃れるようにしてクレイさんの背中に隠れてしまわれました。
……嫌われてしまったのでしょうか?
「初めまして、フウカさん。わたくしはレン・バレスと申します。姉君のヒナミナさんとクレイさんにはいつもお世話になっております」
カーテシーの姿勢を取りながら、なるべく優しげな声音で挨拶をします。
これで少しは警戒を解いて頂けると良いのですが……。
自分に向かって話しかけられてると気付いたフウカさんは周りをキョロキョロと見回し、最後に困ったような表情でヒナミナさんを見つめました。
「ごめんね、この子ちょっと恥ずかしがり屋なところがあるから。ボクの方から二人を紹介させてもらうね。この子はフウカちゃん。ボクとクレイちゃんの大事な可愛い義妹だよ。それでこちらはここの領主様の長女のレンちゃん。冒険者として同じチームを組んでる仲間で……ボクの大切な恋人だよ」
「ヒナミナさん……!」
フウカさんとカリン様がお会いになられた時に彼女が荒れたとお聞きしていたので当たり障りのない内容になると思っていたわたくしですが、しっかり恋人として紹介して頂けた事で心がぽかぽかと暖かくなってきました。
ですが、それとは対照的にフウカさんの表情は青くなり、明らかに具合が悪そうに見えます。
「フウカが……」
それは小鳥がさえずるような綺麗で小さな声音でした。
「フウカが、最初に、好きだったのに」
みるみるうちにフウカさんの真っ赤な瞳に大粒の涙がたまっていき、そして溢れ落ちます。
ど、どうしましょう!?
自分より小さな女の子を泣かせてしまいました!
「もう、フウカったら。レンねぇの事は事前に伝えておいたでしょ?ほら、泣かないの」
「でもでも、こんなのずるいよぉ。フウカと見た目が被ってるのに、フウカよりずっと美人でお嬢様で!フウカがちょっと寝てる間にヒナ姉様が取られちゃったよぉ!クレイぃ!」
わんわんとまるで子供のように(実際に子供ですが)泣いてクレイさんにしがみつくフウカさん。
クレイさん曰く、彼女にとってヒナミナさんは初恋の人で、何より素敵なお姉様ですからね。
大好きなお姉様がいきなり現れた自分と容姿の似た女の恋人になっていたともあれば、ここまで取り乱してしまうのも無理はない事なのかもしれません。
「ボクはどこにも行かないし、いつまでもフウカちゃんのお姉ちゃんだよ」
そう言ってヒナミナさんはフウカさんに寄り添うとそっと彼女の頭を優しく撫でました。
わたくしはどうするべきか迷いましたが、カリン様がこっそり手招きしてるのを見て、ヒナミナさんに続きフウカさんの側まで近付きます。
「そうですよぉ。それにヒナミナちゃんの恋人って事は言い換えればレンちゃんもフウカちゃんのお姉さんになるって事ですしねぇ。こんなに可愛いお姉さんが増えるなんて絶対お得ですよ」
ヒナミナさんとカリン様の言葉を受けて徐々に落ち着きを取り戻してきたフウカさんはクレイさんの着ている巫女装束で涙を拭い、顔をあげてヒナミナさんとわたくしを交互に見つめました。
「ヒナ姉様はどこにも行かない?」
「うん。フウカちゃんが望む限り、ずっと一緒だよ」
「レン……さんはフウカの姉様になってくれるの?」
「はい。フウカさんが許してくださるなら是非貴女のお姉様になりたいです」
この発言はなにも人間関係を円滑に進めたいからという目的からしたものではありません。
わたくし個人が髪や瞳の色が同じであり、生まれつき魔術が使えなかった体質である彼女の事を他人とは思えなかったというのが一番の大きな理由でした。
そしてわたくしの言葉を受けたフウカさんはもじもじと身体を揺らしながら上目遣いでこう囁いたのです。
「……レン姉様」
––––きゅん。
あっ、なんだか心が跳ねたような気がしました。
恋とは違う、けれどドキドキと心臓が激しく脈打ち始めるような、そんな感覚です。
わたくしがおっかなびっくりしながらフウカさんの頭に手を置いて撫でると、フウカさんは遠慮がちにわたくしの背に手を回して抱きついてきました。
か、可愛すぎます!
なんですか!この愛らしい生き物は!?
「なんかレンねぇとフウカってほんとの姉妹みたいだね」
ぷくっと頬っぺたを膨らませながら呟くクレイさん。
おそらく恋人であるフウカさんがわたくしに懐いた事で拗ねてしまわれた故の発言なのでしょうが、なんだかわたくし自身もフウカさんの事が本当の妹のように感じてきました。
武闘大会以降、クレイさんもわたくしの事をレンねぇと呼んでくださるようになりましたが、わたくしからすると彼女はヒナミナさんの妹君という印象が強いですし、何よりわたくしと同い年ですからね。
やはり明確に年下であり、わたくしと容姿が似ているフウカさんの方が妹力が上だと言わざるを得ないのです。
……もちろんクレイさんの事も大切な仲間で友人で、可愛い義妹だと思ってますよ?
その後はしばらく雑談(これまでの冒険等)をして、フウカさん達との面会はお開きになりました。
◇◇
部屋に戻り、しばらく寛いでいると扉がコンコン、とノックされ執事長であるセルバスさんに声をかけられました。
わたくしは鍵を開けて外に出ます。
「お休みのところ申し訳ありません、お嬢様。旦那様がお呼びになっておられます」
どうやら本日のイベントにはまだ続きがあったようです。
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フウカの性癖はお姉さん好きです。
でも1番好きなのはクレイです。




