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第67話 戦いを終えて

 サタンとの戦いを終えてからの数日間はまさに激動の日々でした。

 新たな魔王との激戦では奇跡的に死者が出る事はなかったものの、【月が一番大きい日(スーパームーン)】に乗じて大量に発生した魔物の討伐に当たった冒険者及びバレス邸の兵士には死傷者が発生しており、またバレス領の街も外壁が大きく破壊されたりとまったくの無傷では終われなかった為です。


 戦死者の弔い、街の復旧、増えた魔物への対処と、わたくしはバレス辺境伯令嬢として、そして一冒険者としてヒナミナさんやバレス邸の兵士の方々、他の冒険者の皆様の手をお借りしながら自分にできる限りの事を尽くしていました。


 そしてこれは魔の森でヒナミナさんと一緒に魔物を駆除した帰り道でのお話です。


「……!レンちゃん、気を付けて」


「え?ヒナミナさん?」


 鬱蒼とした森の道すがら、突如刀に手をかけて警戒をし始めたヒナミナさんのご様子にわたくしは動揺を隠せませんでした。

 冒険者稼業を始めてから絶えず修練は積んでいるものの、こう言った危機を読み取る感覚については彼女とわたくしでは天と地ほどの差があるのです。


 ヒナミナさんが警戒を始めてから数秒後、わたくしの5mほど先の空間が揺らめき、《《歪んだ》》のが確認できました。


 歪みが正された時、そこに居たのは蒼い瞳に金髪、中性的な容姿をした魔族特有の青白い肌の男性。

 その男の名は––––


「スレット!」


 前期の魔王スレット。

 2ヶ月程前に人工のダンジョンとボスである超雷龍ハイパーサンダードラゴンを造り、1ヶ月前の武闘大会では聖女であるカリン様の誘拐未遂を引き起こしてわたくし達と激しく対立した人物。


 思いがけない相手と相対したわたくしはすぐさま魔力のタメを作り、彼の一挙一動に注目します。


「あぁ、そう警戒しないでよ。もう君達とは敵対するつもりはないからさ。今日は別れの挨拶とお礼をしにきただけだよ」


 そういいつつ両手を上げるスレットの腰には大会の時に刺していたミスリル製の剣は見当たりません。

 とはいえ彼は己の使用する空間魔術によっていつでも武器や爆発物を取り出す事ができますし、それだけでは警戒を解く理由には到底なりえないでしょう。


「お礼?お礼参りの間違いじゃなくて?ボクの義妹、フウカちゃんの身体を乗っ取り、サタンと名乗った怪物、あれを造ったのは君の仕業なんだろう?」


 怒りの感情を隠すことなく吐き捨てたヒナミナさんは既に八相の構えを取っており、いつでも斬りかかれる状態です。


「あぁ?あの子フウカって名前だったのか。それにしてもまさかヒナミナの妹だったとは……いやはや、奇妙な縁もあったものだねぇ」


 まるで悪戯好きの少年のように無邪気な顔で笑みを漏らすスレットでしたが、ヒナミナさんの射抜くような視線を受けてすぐに佇まいを正しました。


「お礼ってのは言葉通りの意味だよ。サタンを……いや、ミーバルの力を世界に向けて正しく伝えてくれてありがとう。彼と戦って、倒したのが君達で良かったよ。今頃ミーバルも地獄で喜んでるんじゃないかな」


「どういう意味でしょうか?わたくし達は戦闘の末に貴方の同族を討ち滅ぼしたのですから、普通ならば恨むのが筋という物なのではないですか?」


 軽く頭を下げながら礼を述べるスレットを訝しみつつ、わたくしは彼に問いを投げかけます。

 もちろん警戒を解く事はしません。


「んーどこから説明した物かな。基本的に僕達魔王、魔族と呼ばれる種族は人類の絶滅を天命として脳に刻み込まれてこの世に生を受けるんだ。で、僕はそう言った衝動が薄い自分のやりたい事を優先する出来損ないの魔王だけど、反対にミーバルは魔族としては一般的な価値観を持つ模範的な魔王だった。だけど––––」


 一拍区切り、スレットは少し寂しそうな表情を見せながら話を続けます。


「ミーバルは魔王として最低レベルの戦闘力しかなかった。まぁ、それは僕もなんだけどね」


 スレットとミーバルの魔王としての実力は最低クラス。

 彼の口から語られたその事実にわたくしは驚愕しました。


 彼らは少なく見積もってもヒナミナさんやガイア様と同等の実力を持ち、ミーバルと二人がかりという条件付きでならわたくしの魔力を受け取ったクレイさんを追い詰める程の戦闘力を有しているからです。


「魔王としては少ない魔力量5000という数値に加えて使える魔術は戦闘には不向きの治癒魔術。これじゃあ彼一人で人類と戦うなんてできっこない。だから彼は自分と共に戦ってくれる仲間を探した。そして900年かけて見つけた最初で最後の仲間が僕だったというわけさ」


 人類を滅ぼす天命を受けた魔族という種族でありながらそれを成す術もなく、隠れて100年に一度誕生する仲間を集うしか出来なかったミーバルという名の魔王。

 その立場は魔力量28000という規格外の数値を誇りながらも魔力器官が壊れていた為に力を発揮できず、横暴なガネットから逃げるように過ごさざるを得なかったわたくしに近い物を感じました。


 まして、その期間が1000年にも及ぶとなれば彼の味わった絶望はいかほどの物だったのでしょう。


「ミーバルはレンの魔力を吸収したヒナミナの実力を神にも劣らぬと評していた。彼はそんな君達と互角に渡り合ったんだ。きっと本望だったと思うよ。それに––––人間達がサタンに与えた『最初で最後の大魔王』という名の称号。この評価は彼の1000年の努力と苦労に十分見合った物だと、僕はそう思ってる」


『最初で最後の大魔王』。

 これは先日の【月が一番大きい日(スーパームーン)】の後にブラン王国がサタンへと与えた通称です。


 色々と条件が重なったとはいえ、わたくしの魔力を吸収したヒナミナさんを一度退けたサタンの実力はそう評されるのに相応しい物があるでしょう。

 ですが人的被害という観点で見れば、サタンの身体の持ち主であったフウカさんの抵抗によって、彼自身は人を一人も殺める事ができておらず、この大仰な通称とは不釣り合いだと感じられる面もあります。


 死後とは言え、後の世の人々に恐ろしい大魔王として『評価』された事は確かにミーバルにとって救いになったのかもしれません。


「……名誉だの評価だのボクには理解できない感性だけどまぁいいや。スレット、もし本当に君がボク達に感謝していると言うのならそのお返しとして君に答えてもらいたい事が二つあるんだけど」


 完全に警戒を解いた訳でもないものの、ひとまず敵意はないらしい事を確認したヒナミナさんは構えていた刀を下ろし、彼から情報を引き出す事にしたようです。


「僕に聞きたい事?どうぞ」


「まず、どうやってフウカちゃんの身柄を確保したの?」


「君の妹の事ならよく覚えているよ。あれは僕とミーバルが神秘の国、日陽にフィールドワークに出かけた時の事だった。散策中に突然、爆風と共に近くにあった巨大な洞窟が崩壊してね」


 爆風による洞窟の崩壊。

 話の流れから推測するとスレットの言う洞窟は八岐大蛇がボスとして君臨するダンジョンの事。

 そして爆風はフウカさんが大蛇からヒナミナさんを守る為に全力で放った魔術による物なのでしょう。


「それで近くまで様子を見に行ったらフウカが死にかけの状態で倒れていたんだ。あの時は本当に息が止まるかと思ったよ。総魔力量25000。これほどの魔力量を誇る者を見たのは100年近く生きてきて初めてだった。当然僕がこの機会を逃す筈もないよね。すぐにミーバルに彼女の治療をさせて回収した後は空間魔術の応用で眠らせた状態のままで保存した。その後の事は君達も知っての通りだよ」


「……そう」


 スレットの話を聞いたヒナミナさんの表情は複雑な想いがこもっていました。

 彼がフウカさんを攫い、サタンに作り変えた事は当然許せないのでしょうが、生死を一刻も争う状況でおそらく日陽で受けられる以上の精度の治療を彼女に施したのもまた事実。


 見方によってはスレットはフウカさんの命の恩人と言えなくもないのです。

 当然感謝の意を示す必要はないと思いますが。


「それじゃあもう一つ。今後のフウカちゃんの身体への影響は?寿命が縮んだり、またミーバルに意識を乗っ取られたりとかそういう危険性はない?」


「たぶん大丈夫じゃない?僕はサタンを使い捨てではなく魔王として活動する存在として設計したから人間としての寿命を削るような処置はしてないし、ミーバルの意識が表に出てきたのはあくまで偶発的な産物による物だ。フウカに取り付けたミーバルの魔石が破壊された以上、彼が再びフウカの身体を乗っ取る可能性は低いと考えてるよ」


 スレットの言を受けてヒナミナさんがほっと息を付きました。

 既に治癒魔術の第一人者であるカリン様からもフウカさんの身体については心配ないとのお言葉を頂いてはいましたが、サタンの製作者であるスレットの発言も相まってひとまず安心しても良さそうです。


「スレット。わたくしからもいくつか質問をしてもよろしいでしょうか?」


「別に急いでないし構わないよ」


「ありがとうございます」


 ヒナミナさんの気掛かりであったフウカさんの容体については納得のいく答えが得られました。

 であるならばわたくしはそれ以外、今後脅威となる可能性の排除、及び把握する為の質問に絞るとしましょう。


「まず一つ目の質問です。今期の魔王はどこに行ったのでしょうか?サタンはあくまであなたがフウカさんとミーバルの魔石を使って造った存在であり、【月が一番大きい日(スーパームーン)】に生まれるとされる魔王とは別の存在の筈です」


「ふぅん、君はなかなかいい所に気が付くね。質問への返答だけど今期の魔王は生まれる前に僕が殺して魔石を抜き取り、サタンの材料にしたよ。フウカの身体には二つの魔石が埋め込まれていただろう?サタンが使用していた土属性の魔術、金属を生み出す力は今期の魔王の力による物だね」


 サタンを造る為に同族を殺したスレット。

 衝撃的な答えでしたが、サタンは風の魔術と治癒魔術の他に地属性の魔術を使っていた事から嘘は言っていないのでしょう。


 これで今期の魔王が生きている可能性は考えなくてもよくなりました。


「では二つ目です。現在あなたの他に魔王は生存していますか?」


「ミーバルは自分以外の魔王は全て人間に討たれたと言ってたし、いないんじゃないかな。もちろん100年後にはまた新たな魔王が生まれてくるだろうけどね」


 現存する魔王はスレットのみ。

 これからする最後の質問の返答次第ではブラン王国の国民を安心させる為の材料になりそうです。


「それでは最後の質問です。あなたは今後もわたくし達、主語を大きくすれば人類と敵対するつもりはありますか?またこれからはどういった理念で行動していくつもりですか?」


「……ずけずけと訊いてくるねぇ。まぁいいや、正直に答えてあげる」


 一瞬その綺麗な顔を引き攣らせた後、スレットは思い返すようにして話し始めます。


「3度目の正直という言葉があるけど、僕はこれまでに融合魔龍(フュージョンドラゴン)、武闘大会、そして最初で最後の大魔王(サタン)と、3度に渡って君達に負け続けてきた。格付け完了さ。もう君達人類と敵対するつもりはない。後はこれからの予定についてだけど、この国を出てのんびり世界旅行にでも出かけようと考えてるよ。たぶん、君達の寿命が尽きるまでは戻ってくる事はないだろうね」


 話は終わったと言わんばかりにスレットはくるりと反転してわたくし達に背を向けます。

 その姿はどことなく哀愁が漂っているようにも見えました。


「それじゃ、そろそろ僕は行くよ。君達と張り合ってた時間はこれまで過ごしてきた中で一番刺激的な時間だった。しばらくはゆっくり過ごしたいね。……あぁ、そうだ。ここにはいないみたいだけどクレイにもよろしく言っておいてよ。フウカとお幸せに、ってね」


 スレットが軽く片手を上げると彼の居た周囲の空間が歪み、彼の身体を呑み込んでいきます。

 歪みが正された今、この場に残るのはわたくしとヒナミナさんだけ。


 物寂しくなってヒナミナさんの手を取るわたくし。

 それに反応して優しく握り返してくれるヒナミナさん。


 掌から感じるヒナミナさんの熱がとても愛おしく感じます。


 サタンとの戦いを終えてから今日この時をもってようやく日常が戻ってきた。

 そんな実感が湧いてきました。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 最初はレンの部屋に『君達の勝ちだ』って書置きを残すだけの予定だったのですが、敵意を持ってる可能性が高い上にワープできる奴が部屋に侵入してくるとか怖すぎだろって事で今回の形になりました。

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