第65話 大魔王ともう一人の義妹
△△(side:サタン)
「ハアッ!」
特大の気合いは放ちながらミスリル製の六尺棒を振り下ろしてくる国内最強の強撃を私は金色の鎧に包まれた左腕を振り上げる事で防いだ。
人間が放ったとは思えない程の衝撃が小柄な少女の身体の芯へと響き、それによって壊れた細胞を【回復】によって瞬時に癒す。
現在ヒナミナを殺し損ねた私は彼女への追撃を阻止するべく乱入したガイア率いる小隊と戦闘をしている。
とは言えもはや残っているのはガイア一人のみではあるが。
「ちくしょう、こんなあっさりお荷物になっちまうなんてよ……!すまねぇガイア」
十数メートル先で呻いた薄い緑の髪色をした男は先日の武闘大会で見た覚えがある。
確か【雌伏の覇者】のサブリーダー、アロンと言ったはずだ。
やはりまだ生きていたか。
この身体の持ち主である少女、フウカが同族である人間を傷つける事に対して忌避感があるのか、先程のダイン・バレス率いる大隊との戦闘でも戦力を壊滅させる事には成功したものの相手を殺そうとすると途端に力にセーブがかかった。
それはフウカの義姉であるヒナミナとの戦闘でも同様だった。
トドメを刺す絶好の機会に身体が動かなくなったばかりか、フウカの恋人に近い存在であるクレイが現れた時には身体の主導権を持っていかれそうになった程だ。
もっともこの人間の繋がりは必ずしも悪い方にだけ働いた訳ではない。
実際、先の戦闘でこの身体がフウカの物である事に気付いたヒナミナは私の頭部への攻撃を躊躇して致命的な隙を見せた。
ミーバルと名乗っていた頃を含め、1000年もの時を生き抜いてきた私であっても、流石に己の頭部を潰された状態で治癒魔術を行使できるかは試した事がないから分からないし、やりたくもない。
「【生成】」
思考に沈む中、ガイアが魔術名を唱えた。
するとさほど大きくない岩が私の数メートル先を囲うようにして地面から複数突き出し、彼はそれを足で蹴る事によって周囲を高速で駆け回り始める。
先程、私がヒナミナと戦闘を行っていた時、彼女が使っていた空中に氷塊を出してそれを蹴る事で上へと上っていく技術を見て瞬時に取り入れたのだろうか?
だとしたら大した物だ。
人間は昔の私やスレットのような魔族と違い、寿命が短く早熟だ。
40を超えてなお身体能力に衰えもなく、武芸者として成長し続けるのは希少と言える。
だが––––
「くっ!?」
振るわれた六尺棒による横薙ぎに対して私は回し蹴りを合わせてやる。
結果、押し負けたガイアは背後に大きく弾かれ、地べたに叩きつけられる事となった。
彼の身体能力の高さは人類の到達点の一つと言っても過言ではないだろう。
だがたとえ体術を行使するのが小柄な人間の少女の身体であったとしても、フウカと今代の魔王、そして私自身の魔力量計5万から繰り出される身体強化の魔術と比べればガイアとて大きく劣る。
まったく、スレットは本当にいい仕事をしてくれた物だ。
◇
スレットとの付き合いは短くない。
彼がこの世界に誕生してから既に100年もの時を経ている。
スレットは人類を滅ぼすという魔王の誰しもが持つ欲求も薄く、そして行使する空間魔術も私の治癒魔術と同じく戦闘には不向きな物という、魔王としては落第点を付けざるを得ない人物だった。
だが私にとっては唯一無二の協力者であり、相棒とでも呼ぶべき存在であったとも言える。
そもそも彼以外の私が出会ってきた魔王は我儘でプライドが高く、協力を申し出る私の話を聞かないどころか攻撃まで加えてくる、いわば魔族版ガネット・バレスのような存在だった。
それで最終的には皆、人間達の手によって討たれているのだから救いようがない。
いや、1000年もの間無様に生き恥を晒し、最後には10代半ばの少女によって殺された私が言える事ではないか。
思考を戻そう。
スレットは戦闘能力こそ然程ではないが、彼にはそれを補ってあまりある才能、魔獣や魔道具を開発する頭脳があった。
彼の才能を見て私は考えた。
これは使える、と。
私は人間に扮して彼が研究する為の資金を稼ぎ、設備を整え、私自身を彼の使用人として扱うように言い、そして徹底的に褒めて煽てた。
端的に言うと媚びた。
そんな態度で接してきた私だったが、意外にも彼は私の事を軽んじる事はなく、むしろ1000年もの時を生き抜いてきた私の知恵や経験、意見を積極的に取り入れる寛容さも持ち合わせており、対等な相手として見られていたように思う。
例えばスレットが聖女カリンを次の作品の素材にすると言った際、私はそれなら同じ優れた治癒魔術の使い手であり、既に解析も済んでいる己を素材に使った方がいいのではないかと提案したが、彼からは『君が居なくなったら誰が僕の世話をするんだい?』と言われあっさりと断られてしまった事がある。
スレットの脳内で私は所謂友人として認識されていたのかもしれない。
まぁ結局は私が武闘大会の場でクレイ達に殺された事により、彼にはもう自身の世話をする存在も、友人と呼べる存在もなくなってしまった訳だが。
この身体の主導権を掌握し、この国の民を平らげた後にはスレットを右腕として雇うのもいいかもしれない。
名も身体も以前の私ではないが、慰めぐらいにはなるだろう。
◇
「その為にはガイア、まず貴方から沈んでもらう事にしますかな」
クレイが現れてからしばらくの間、身体操作能力に異常が出ていたが、ようやく慣れてきた。
ならばやるべき事は一つ。
一刻も早くガイアを倒し、この身体の持ち主であるフウカの肉親に近い存在、ヒナミナとクレイを殺す事で彼女を『諦めさせる』必要がある。
そうすれば私は完全にこの身体を掌握できる。
そんな確信があった。
「【千の剣】」
魔力を練りつつ、右手をガイアに向けて魔術名を唱える。
すると私の背後の空間から無数の金色の剣が現れた。
私の魔石と共にフウカの身体へと埋め込まれた今代の魔王の持つ力、その一端だ。
「放て!」
無数の剣は私の号令に呼応して超高速でガイアへと飛んでいく。
ガイアは六尺棒を杖代わりにして立ち上がりはいたものの、かなりのダメージを負っている。
避けられはしまい。
まずはひと––––
「【真炎】!」
「!?」
いつの間にかガイアへと殺到していた剣は全て消滅、いや、焼失していた。
私とガイアの間に割り込んだ、黒髪に巫女装束を身に纏った橙色の瞳の少女、クレイが彼を無数の剣から守ったのだ。
「クレイ!」
私の口から彼女の名が溢れた。
もっとも私の意思で彼女の名を呼んだ訳ではない。
「クレイ、ヒナ姉様と一緒に早くここから逃げて!フウカじゃこいつを抑えてられないの!」
この身体本来の持ち主であるフウカの意志が言葉を紡いでいるのだ。
「フン!」
私は拳で己の顔面を殴り付ける。
すると強いショックを受けた為かフウカの意識が引っ込んだのを感じた。
……今のはかなり危なかった。
「ちょっと!あたしの妹の顔に酷い事しないでよ!このヘンタイ!ロリコン!!」
「はぁ、酷い言われようですなぁ。どうやら武闘大会の時といい今この時といい、私と貴女の間には強い縁があるようだ。その縁、ここで断ち切る事にしますかな」
どうやらクレイは聖女カリンから魔力を受け取ったようだが、その魔力の総量はおそらく武闘大会で相対した時の半分程度。
一撃の火力と【真炎】による防御力は侮れないとはいえ今の私の敵ではない。
「上等だよ。ガイアさん!」
「あぁ、助かったぞクレイ」
この短い会話の最中にガイアは収納袋からポーションを2本取り出し、1本は全身に振り掛け、もう1本は飲み干していた。
抜け目がない男だ。
「時間がないから簡潔に言うね!あの子はあたしの妹で今はたぶん魔王ミーバルに意識を乗っ取られてるの!あとでヒナねぇとレンねぇが追いついてなんとかしてくれる予定だから時間を稼ぐ為に協力して!」
「分かった。全力を尽くそう」
時間を稼ぐつもりのようだが、ヒナミナに魔力を渡していたレンの余力はおそらく僅かだろう。
フウカの心を占める割合はヒナミナよりクレイの方が大きい。
ここでクレイを殺し、この身体を完全に掌握してみせる。
◇
「【千の剣】」
「【真炎】!……あっ!?」
時間にして僅か数分、クレイが纏っていた赤色の魔力が霧散した。
おそらく聖女カリンから受け取った魔力の底が尽きたのだろう。
「【散弾岩】!」
ガイアが六尺棒で撃ち抜いた岩の弾丸を私は身に纏った金色の鎧と体術で全ていなす。
超高速の弾丸も、今の私の身体能力からすれば凌ぐのは容易い。
クレイが前衛となって私の魔術を防ぎ、ガイアが後衛から弾丸を飛ばす事で押し返す。
その戦術も彼女の魔力が尽きた事で成り立たなくなった。
あとはもう数回、【千の剣】を放てば彼らの命は尽きるだろう。
……そもそもの話、接近戦を仕掛ければもっと早く彼らを始末する事はできた。
だが、それではまたフウカの意思が介入してこの身体の自由が奪われた場合、致命的な隙を晒してしまうリスクがある。
1000年もの間苦行を耐え忍び、ようやく待ち望んだ最高の器を手に入れる事が出来たのだ。
ここで焦って台無しにする訳にはいかない。
全てを終わらせるべく私が魔術を放とうとしたその時––––
「サタン!!!」
声がした方を振り向くとそこには鋭い眼差しで私を睨みつけるヒナミナ、そしてそんな彼女にそっと寄り添うレンの姿があった。
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次回で決着です。




