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第64話 義妹、果てる

「カリン様、お願いします!」


「【回復(ヒール)】」


 白い光がヒナミナさんの身体を包み込むと共に目に見えて分かる外傷が1秒もかからず癒えていきました。


 現在、魔王サタンから逃れて魔の森の少し広い場所まで出たわたくし達は負傷したヒナミナさんの治療の為に足を止めています。

 距離はそう離れておらず、サタンが追ってくればすぐに追いつかれてしまうでしょうし、そうでなければ時間を稼いでくださっているガイア様を始めとした【雌伏の覇者】を含めた小隊が危険に晒されているという事になります。


 いずれにせよ、時間はかけられません。


「……」


 ですがヒナミナさんは治療を受けたにも関わらず、お顔の色が優れないままでした。


「ヒナミナさん、まだ痛むのですか?カリン様、ヒナミナさんのご様子が––––」

風花(フウカ)ちゃんだ」


「え?」


「サタン。あいつの声も、顔も、全部フウカちゃんだった。ボクは大切な妹と殺し合いをしてたんだ……」


 カリン様から息を呑む音が聞こえてきました。

 クレイさんは……ずっと無言で何をお考えになっているか読み取る事が出来ません。


 あぁ、思えばヒナミナさんが露出したサタンの頭部への攻撃を止めた時点で違和感に気付くべきでした。

 彼女程の武芸者が自分と互角に渡り合う実力者と生死をかけた戦いをして、あの様に無防備な姿を晒す筈がないのです。


 長い白髪に真紅の瞳を持つわたくしと容姿の似た少女。

 1年以上前にヒナミナさん達の前から姿を消したフウカさんは今、魔王サタンとしてわたくし達の前に立ちはだかっている。


 鎧の下に見えた直接肉体に埋め込まれている2つの魔石はおそらく魔王スレットの手によって仕込まれた物なのでしょう。

 彼がどのようにしてフウカさんの身柄を手にしたのかは分かりませんが、これで少なくともわたくし達にはサタンを殺して排除するいう選択肢はなくなりました。


「それでヒナねぇ。フウカを助ける方法は?」


 先程まで口を閉ざしていたクレイさんがヒナミナさんに尋ねました。

 その橙色の瞳はどこかギラギラしていて不思議な力強さを感じさせます。


 ずっと生死不明だった妹、いえ、恋人を助けるチャンスが巡ってきたのです。

 この機会を逃すつもりはないのでしょう。


「……サタンの人格や戦闘スタイルは魔王ミーバルの影響が強く出てるように思う。だからスレットが回収したっていうミーバルの魔石、今サタンの身体に埋め込まれている物を破壊できればフウカちゃんを解放する事ができるかもしれない。だけど––––」


「それを為すには魔力量が足りないと、そういう事ですね」


 ヒナミナさんの言葉をカリン様が引き継ぎました。

 倒すチャンス自体はあったとはいえ、ヒナミナさんとサタンの実力はほぼ拮抗していたと言えます。


 敵対する存在を殺すより助ける事が難しいのは言うまでもないでしょう。


「レンちゃん、今はどのぐらい魔力が残っていますか?」


「申し訳ありません。残り4割を下回ったぐらいです」


 強がっても仕方がないので正確に伝えます。

 消耗していない状態でのわたくしの魔力量は28000。

 現在は10000〜11000と言ったところでしょうか。


「なるほど。私は先ほどレンちゃんが魔力を温存しておくよう進言してくれた事もあって残り6割ぐらいですね。それならヒナミナちゃん、私とレンちゃん、それでも足りなければクレイちゃんの分の魔力も合わせたら何とかなりませんか?」


 カリン様はわたくしだけでなく、ご自身とクレイさんの魔力もヒナミナさんに渡す事を提案されました。

 もちろんそれでも最初にわたくしが渡した魔力量には及んでいません。

 ですがサタンとの戦いで渡した魔力が消失したのは彼女の正体が亡くなられていたと思われていたフウカさんであると判明し、動揺によってヒナミナさんの集中力が途切れたのが大きな要因だと言えます。


 それならば予め覚悟を持って戦えば、あの時より魔力の総量が少なくてもサタンに対抗する事はできるかもしれません。


「……無理だよ。ボクの魔力とレンちゃんの魔力、二つの異なる魔力を混ぜ合わせて変換し続けるだけでも相当な難度なんだ。それを3人、4人と増やすなんてとても……ね」


 肩を落とすヒナミナさん。

 他人から一時的に魔力を貰い受けるこの魔術はヒナミナさんが開発した物であり、その使い手は彼女自身とクレイさんしかいません。

 きっとわたくしでは想像もできない程高度な技術を要求されるのでしょう。


「でもフウカを助ける方法がない訳じゃないんでしょ?さっきからヒナねぇ、何か言うのを我慢してるように見えるしさ。あるなら早く言ってよ」


 クレイさんがヒナミナさんを急かしました。

 長年共に暮らしてきた彼女にはわたくし達よりヒナミナさんの感情の細やかな変化を読み取りやすいのかもしれません。


 単純にフウカさんを助ける方法があると、クレイさんが自分自身に言い聞かせているだけの可能性もありますが。


「サタンに対抗する術がない訳じゃないんだ」


 クレイさんの言葉を受けたヒナミナさんが神妙な面持ちでわたくしの方に目を向けます。


「ただ上手くいくか分からない上に、それを実行するにはレンちゃんを戦場のど真ん中に連れて行く必要がある。失敗したらきっとボクだけじゃなくてレンちゃんも死ぬ。だから無––––」

「やりましょう、ヒナミナさん」


 咄嗟にヒナミナさんの言葉を遮りました。

 わたくしは……彼女に諦めて欲しくなかったのです。


「……レンちゃん?」


「ヒナミナさんがわたくしの事を慮って下さるのは嬉しく思います。ですが、今はその気遣いをするべき時じゃない。貴女が失った大切な方を取り戻せるかもしれない最後の機会なんです!」


 誰よりも優れた才能を持ちながらも努力を怠らず、守る為に戦い続けてきたヒナミナさん。

 彼女はもっと報われるべき方なんです。


 苦難を分かち合い、ずっと一緒に生きてきた妹の生存を望む程度の細やかな願いなんて、叶えられてしかるべきに決まってます。


「フウカさん助ける、わたくしもヒナミナさんも生き残る。それでいいじゃないですか!」


「……!」


 ヒナミナさんはハッとした表情を浮かべられました。


 わたくしは既に覚悟は決まっています。

 ここは強引にでも押して行きます!


「貴女と組めば敵はいないのでしょう?どうぞ、わたくしをお使いください」


 真正面から彼女の瞳を見据えて言葉を紡ぎます。

 数秒間見つめ合った後、ヒナミナさんは小さく頷きました。


 どうやら納得してくださったようです。


「よし、それじゃ決まりだね!んじゃ、あたしはちょっくら手間のかかる妹の足止めをしてくるからさ、その間にヒナねぇはレンねぇと一緒に打ち合わせでもしといてよ」


「待って、クレイちゃん!いくら君でもサタンの足止めは無理だよ。あいつと君とじゃ天と地ほどの実力差があるんだから」


 パチンと頬を叩いて立ち上がったクレイさんをヒナミナさんが慌てて引き止めました。

 彼女の性格上、大切な恋人を救う為に行動を起こすのは自然な事ですが、残念ながらヒナミナさんの言う通り、それは無謀であると判断せざるを得ません。


「別に勝算がない訳じゃないんだよ?あの子、あたしと目が合った時にクレイって呟いてたしさ。呼びかけ続ければあの子の意思が応えてくれるかもしれないしね。それに––––」


 クレイさんはチラリと視線をカリン様に向けながら言葉を続けます。


「あたしもこのままの状態で行く訳じゃないしね。……って訳でカリンお姉さん、魔力ちょーだい!治療なんて全部終わってからでいいでしょ?」


 クレイさんのご提案にわたくしは『なるほど!』と感心します。

 彼女はヒナミナさんと同じく相手から魔力を譲り受ける技術を習得しており、前にわたくしの魔力を渡した際には単独同士での比較ならば魔王スレットやミーバルを圧倒できる程の力を発揮していました。


 カリン様の魔力をヒナミナさんに渡す事は叶いませんでしたが、それをクレイさんが受け取り、戦闘中のガイア様と協力できれば彼女の言う通り足止めぐらいなら可能になるかもしれません。


「うふふ、クレイちゃんならそうすると思ってましたよ。でも、ダメです!」


「えぇっ!?」


 カリン様に笑顔で断られた事に驚きの声を上げるクレイさん。

 わたくしも正直驚きました。

 彼女はこれまで【月が一番大きい日(スーパームーン)】への対策に全力を尽くされていましたし、クレイさんに対しても特別な好意を抱いておられるように見受けられました。


 ……やはり好きな人を危険な場所に送り出したくない乙女の恋心のような物なのでしょうか?

 だとしたらなんていじらしいのでしょう。


「ほら、魔力を受け渡す魔術ってキスするじゃないですか。私ってこれでも身も心も清廉潔白な治癒師ですし。いくらクレイちゃんがお相手でもこの唇はただじゃああげられませんねぇ?」


 全然違いました。

 どうやらカリン様はクレイさんを相手に取引を持ちかけているようです。


 ……そもそも彼女は先程ヒナミナさんに自分の魔力を使うよう進言していた気がするのですが、これは指摘するべきなのでしょうか?


「条件は?」

「私をクレイちゃんの彼女さんにしてください!」

「いいよ!でもカリンお姉さんは2番目ね!1番目はフウカだよ!」

「うふふ、むしろ望むところです!」


 早い!

 お二人共早すぎます!

 あっという間に決着した取引にわたくしの隣にいるヒナミナさんはポカンと口を開けておられました。


 それにしても、相手が断れない状況で交際を迫るカリン様、即承諾するも皆から慕われる聖女様を2番目扱いするクレイさん、そして何故かそれを喜んでおられるカリン様。

 ……わたくしの持つ恋愛感覚とあまりにもかけ離れすぎていて少し頭が痛くなってきました。


 そんなわたくしの頭痛などつゆ知らず、クレイさんとカリン様は魔術を実行するべく向き合います。


「それじゃ、ちょっと身を屈めて目を閉じてくれる?後はあたしに任せてくれればいいから」


「はい、優しくしてくださいねクレイちゃん。私、このような行為を行うのは初めてですし」


 魔術を行使する為とはいえこうして同性同士、それも親しい知人同士の接吻を間近で拝見する事になるとは……わたくしも少しドキドキしてきました。


「あの……早く目を閉じてくれない?恥ずかしいんだけど」


「嫌ですよぉ。目を閉じたらクレイちゃんの可愛いお顔が見れなくなるじゃないですか」


 何故でしょうか。

 わたくしにはカリン様が獰猛な飢えた肉食獣に、クレイさんが今にも捕食されかかっている哀れな小動物に見えてきました。


 ドキドキよりハラハラの意味合いが強くなってきたようにも感じます。


「うぅ……それじゃ、やるよ?」


 そしてクレイさんの唇がカリン様の唇と重なる寸前、事案……いえ、事件が起こりました。


「えっ……んんんんっ!??」


 なんと!カリン様はクレイさんの背に左腕を回すとその身体をグッと引き寄せて、右の掌でクレイさんの後頭部を押さえつけるようにして荒々しく彼女の唇を奪ったのです!


「クレイちゃん!?」

「ダメです、ヒナミナさん!クレイさんの犠牲を無駄にするつもりですか!」


 咄嗟に動こうとしたヒナミナさんに後ろから抱きついて引き止めます。

 ……クレイさんの覚悟と言うつもりだったのについ犠牲と言ってしまいました。


「やっ!んんっ!」


「だけどレンちゃん、こんなの絶対おかしいよ!」


 行為はそのままエスカレートしていき、クレイさんの嬌声?悲鳴が漏れてきます。

 カリン様は相手の口内に舌を入れる深いキスをしながら、クレイさんの慎ましいお胸やお尻を愛撫されていました。


「す、凄いです……」


 確かにヒナミナさんの言う通りおかしいです。

 魔力の受け渡し中、あのように相手の身体を愛撫する必要なんて微塵もありませんし、お二人がなったばかりとは言え恋人であるという前提がなければ間違いなく犯罪扱いされていたでしょう。


 ですが、わたくしはこの異様な光景に何故か魅入っていたのです。


「今いいところなんです。ここは耐えてください、ヒナミナさん」


「いいところって何!?全く良くないよ!」


 時間にしておそらく1分程度の僅かな時間。

 行為が終わった後には口元から一筋の唾液を垂らし、ヘトヘトになったクレイさんがいました。


 反対に魔力を受け渡した側であるカリン様は妖艶にちろりとご自身の唇を舐めながら満足そうにされています。


「ふぅ……ご馳走様でした。とっても可愛かったですよ、クレイちゃん」


「うえぇ……ヒナねぇ、あたし汚されちゃったよぉ」


「クレイちゃんに汚い所なんてないよ」


 涙目になりつつも頬を赤く染めて息も絶え絶えなクレイさんをヒナミナさんはカリン様の視線から隠すようにして庇い、抱きしめました。


 なんて美しい姉妹愛なのでしょう。

 尊いです。


「うぅ、とにかく魔力は確かに貰ったし時間もないから行ってくるよ。ヒナねぇとレンねぇもなるべく早く来てね。……それからカリンお姉さんはもう魔力が空になったんだから無理はしないでね?」


「私の事まで気に掛けてくれるなんてやっぱり優しいですねぇ。全部終わったらまたキスしましょう?私もクレイちゃんの彼女さん2号としてもっともっと勉強しておきますから」


「……!もう、知らない!」


 お顔を真っ赤にされたクレイさんはカリン様に背を向けると足元で炎の魔術を爆発させる事で凄まじい勢いでサタンがいた方へと向かって行かれました。


 いい物を見せて頂きましたし、わたくし達もクレイさんの頑張りに応えられるよう、きっちり作戦を立てなければなりませんね!





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 エッチなお姉さんには勝てなかったよ……。


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