第63話 大魔王の正体
「……君とボクに面識はない筈だけど。【氷五月雨】」
動揺を隠すかのようにヒナミナさんが魔術名を唱えると、彼女が構えているミスリル製の刀に蒼色の魔力が宿りました。
刀を振るう度に強固な氷の刃で相手を切り裂く、超雷竜戦でも主力となった強力な魔術です。
「つれないですなぁ。……さて、本来ならもう少し貴女とも語り合いたい物ですが、私もこの身体を完全に掌握出来ている訳ではないのでしてな。主導権を奪われる前に厄介な障害は排除しておくとしましょう。【覚醒】」
「……!」
離れているので詳細は分かりませんが、サタンが魔術名を唱えると同時に彼女から発せられる威圧感が一際大きくなったように感じました。
いえ、それはそうとあの技は……。
「あいつの技だ……」
わたくしの身体をカリン様に預けた事で身軽になったクレイさんがぽつりと呟きました。
そう、あの覚醒という魔術は彼女が戦った魔王ミーバルが使用した身体能力を引き上げる治癒魔術の一種なのです!
魔王スレットはわたくし達との戦いの後、魔王ミーバルの肉体から転がり落ちた魔石を回収していました。
類似した魔術といい、あのどことなく慇懃無礼な口調といい、サタンはミーバルの持つ要素を多く引き継いでいるように見えます。
「ふむ、やはり元の身体の筋量に乏しいだけあってさほど変化は見られませんな。まぁこれ以上を求めるのは贅沢ではありますか。……では」
「!」
サタンが一歩踏み込むと同時にヒナミナさんまで5mはあった距離が一瞬にして0になりました。
元からとてつもない速さだったにも関わらず、それを上回る凄まじい速度です!
「ぬうっ!?」
しかしヒナミナさんも負けてはいません。
サタンの拳をミスリル製の刀で受け流すと、そのまま返す刀を振って応戦しました。
同時に刀から放たれた氷の刃がサタンの金色の鎧を傷付け、小さいながらも穴を穿ちます。
「ならばこれはいかがですかな!」
密着に近い状態から放たれる氷の刃を避けるのは不利と判断したのでしょうか。
サタンは風の魔術を使って上空へと飛び上がります。
そして––––
「【金色の雨】!」
サタンの周囲におそらく200を超えるであろう金色の金属片が生成され、そして地面へと一斉に降りそそぎました。
着弾する度に地面に大穴が空く、わたくしが受けたらあっという間に無惨な肉塊と成り果ててしまうような大魔術。
ですがヒナミナさんは––––
「ふっ!」
足下から水の魔術を噴出して大きく跳び上がると、落ちてくる金属片を躱しながら空中に魔術で生み出した氷塊を蹴るように移動しつつ、上へ上へと昇っていきました。
流石ヒナミナさんです!
もはや今の彼女にとっては地上も空中も戦いの場としてそう差がないのでしょう。
そしてついにヒナミナさんは上空で浮遊するサタンの下へと辿り着きます。
「はぁっ!」
気合いとともに幾度も振るわれる剣閃。
サタンは金色の鎧に包まれたその拳で剣撃を防ぎますが、同時に放たれる無数の氷の刃まで凌ぐ事は叶わず、身に纏う鎧は徐々に砕けていきました。
上半身の鎧は既にボロボロとなっており、魔王スレットやミーバルとは違うわたくし達と同じような白い肌、加えておそらく身体に埋め込まれているのであろう魔石らしき物が見え隠れしています。
サタンの顔を覆っていた兜が完全に破壊され、露出した頭にヒナミナさんが唐竹割りを振り下ろそうとしたその時––––
「え?」
振り下ろされた刀がピタリと止められました。
刀に宿っていた蒼色の魔力も霧散してしまいます。
露わになったサタンの素顔に驚いたのでしょうか?
二人ともかなり上の方に行ってしまいましたが、なんとか詳細を確認すべくわたくしは目を凝らしました。
鎧を纏っていた時は異形としか言い様がなかったサタン。
その実は真っ白な長い髪にパッチリと開いた真紅の瞳と、可憐な少女としか言い表せないもので、容姿はどことなく幼少期のわたくしを連想させました。
……わたくしに似ている?
「ふんッ!」
「くっ……!」
動きが止まったのを好機と見たサタンは空中で身体をクルリと回転させると、まだ鎧の残っている下半身から踵落としを繰り出し、咄嗟に体勢を整えて防御したヒナミナさんの刀がへし折られたのが見えました。
「ヒナミナさん!」
攻撃を受けたヒナミナさんは地面へと吸い込まれるように落下していきます。
ドゴン!!!
そして鳴り響く轟音。
ヒナミナさんは着地の寸前で水の魔術を放出する事でダメージは減らす事には成功できたようですが、それでもかなりの衝撃を受けたようでそのまま地に伏してしまわれました。
「ヒナミナさ……あ!」
無意識のままに彼女の元に駆け寄ろうとしたわたくしでしたが、今更自分がカリン様に背負われており、満足に動ける状況にない事に気付きます。
「【飛翔】」
様子を伺っていたのか、上空でしばらく動かなかったサタンがここに来て小声で魔術名を唱えました。
するとサタンの肉体はヒナミナさんの後を追うように超高速で急降下を始めます。
どうやら彼女は自らの肉体を武器と化して、地面にいるヒナミナさんへと叩きつける事で決着を付けようとしているようでした。
このままでは––––
しかし、それが為される前に行動を起こしている人物がいました。
「【爆炎弾】!」
突如サタンとヒナミナさんの間を阻むようにして巨大な炎が現れ、爆発が起きました!
そう、クレイさんはヒナミナさんが動きを止めた時点で戦場へと駆けつけ、彼女をサポートする準備をしていたのです!
クレイさんは直ぐ様、倒れていたヒナミナさんに肩を貸してそのまま戦線を離脱しようとしますが、視界が回復したサタンはその背に向けて手を伸ばしています。
いけません!
このままではお二人とも……!
ですが実際にはサタンが魔術を二人に向けて放つ事はなく、それどころか頭にもう片方の掌を当てて苦しみ始めているようにも見えました。
「……紅麗?」
ポツリとサタンが何かを呟いたように見えますが距離が離れていた為、その内容は分かりません。
「オオオオオォッ!!」
そして幸運……いえ、悪運はこれだけでは終わりませんでした。
クレイさんの助けを借りて戦場を離れつつあるヒナミナさんと入れ替わるように乱入し、特大の気合いと共にサタンに向けてミスリル製の六尺棒を叩きつけた人物がいたのです。
刈り込んだ茶髪に大柄な体躯をした偉丈夫、国内最強の名を欲しいままにする大英雄。
––––ガイア様です!
本隊から知らせを受けてこのタイミングでの参戦となったのか、それともクレイさんのようにヒナミナさんの援護に入る機会を伺っていたのかは分かりませんが、おかげさまでヒナミナさん達は安全に撤退する事ができます!
「レンちゃん、逃げますよ!」
わたくしを背負っているカリン様はガイア様が乱入するのを見ると同時に戦場から離れるべく駆け出しました。
ヒナミナさんを背負っているクレイさんは魔術で身体能力を強化しているカリン様よりもなお足が速いようで、程なくしてわたくし達に追いつきます。
かくして魔王サタンとの初戦闘はわたくし達の敗走という形で幕を閉じたのでした。
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フウカのイメージ(AI絵)です。
活動報告にちょっとした設定が載せてます。
互いが万全かつ心理的状況を考慮しなければヒナミナが勝ち越す(ほぼ互角)ぐらいだと思います。




