第59話 月が一番大きく見える日
「領主様からお話がある。全員静聴せよ!」
バレス領の街へと続く門の前 、計300名の冒険者とバレス邸所属の兵士達が集まる最中、兵士長を務めるラッドさんが大声を上げました。
集められた冒険者の中には【雌伏の覇者】のガイア様やギルド長のジェイル様の姿もあり、まさにそうそうたる面々です。
現在時刻は23時40分、【月が一番大きい日】が訪れるとされる24時のちょうど20分の前となりました。
ラッドさんの発言を受けて軍服に身を包んだ赤髪の偉丈夫、領主であると同時にバレス邸の兵士達の統括をも兼ねるわたくしのお父様が前に出ます。
「まずは皆、よく集まってくれた。己や家族が住む場所とはいえ逃げ出さず、命を張って前線に立つ事ができる者はそう多くはない。このバレス領の領主として心から感謝する」
お父様の発言を受けて集まった方々の中で少々ざわつきがありました。
頭を下げた訳ではないとはいえ、ブラン王国の中で最大の武力を持つバレス辺境伯本人が平民である自分達に礼を述べたのです。
驚くのも無理はありません。
「此度の【月が一番大きい日】は例年とは違い、新たな魔王が降臨するとされる特別な物となる。加えて今代の魔王であるスレット・アビスもこの『魔の森』に潜伏している可能性が非常に高い。仮に二人の魔王を同時に相手にする事ともなればその脅威は計り知れないだろう」
誰かがゴクリと唾を飲みこむ音が聞こえました。
100年に一度だけ降臨するとされている強大な力を持つ魔王が二人。
たとえ背を向けて逃げ出したとしても、その方を非難する事はできないでしょう。
「だが恐れる事はない。ここには国内最強の名を欲しいままにするガイア殿、そしてその彼を撃ち破ったヒナミナ殿、世界最高の治癒師である聖女カリン殿、そして我が息子であるガネット・バレス。国内でも5人しかいないAランクのうち4人もの強者がいるのだ。余程の事がない限り、勝利は我らが手中にあると言っても過言ではないだろう」
ガイア様とヒナミナさんの実力はもはや語る必要すらあらず、カリン様の卓越した治癒能力は他の治癒師とは別格ですし、ガネットも周りを護衛が固めているという前提でならその凄まじい破壊力を存分に発揮できるでしょう。
誇張抜きで国一つぐらいなら余裕で落とせる程の戦力がこの場に集まっていると言えます。
「故に私がお前達に言う事は一つだけだ。––––英雄達と共に戦い、大切な場所、そして己が家族を守り抜け!」
「「「「「オオオオオオオオォッッ!!!!!」」」」」
お父様の演説に集まった冒険者や兵士達が雄叫びで応えました。
士気の高さは十分です!
「では最終確認だ。まずここに集まった者のうち、100名は街の守護を担当。残りの200名は4チームに分ける。まずは私、ガネット、聖女カリン殿を含めた80名は魔王を倒す為の主力となる本隊、冒険者ギルド長であるジェイルを中心とした冒険者80名は発生する魔物への対処、ガイア殿を中心とした精鋭冒険者20名、ヒナミナ殿と兵士長であるラッドを中心とした20名、この二つの隊は魔王の捜索及び討伐を担当とする。ただし!魔王との戦いは決して一つの隊で当たろうとするな!魔王を発見した際は必ず他の隊への報連相を怠らぬように。それでは解散!!」
お父様の号令と共に集まっていた猛者達は各自決められた配置につきました。
当然といえば当然ですが今回のチーム分けにおいてわたくしはクレイさんと共にヒナミナさんとバレス邸所属の兵士長、ラッドさんのチームに所属しています。
わたくしの魔力を吸収したヒナミナさんは対魔王戦において間違いなく切り札となるでしょうし、その過程に置いて足手纏いになるような事だけは避けなければいけませんね。
あとは……気になる事といえばカリン様が所属しているのがお父様とガネットが率いる本隊である事でしょうか。
隊に所属する人間が多い事から事故があった場合、治癒の為にかかる負担は相当増えるでしょうし、そもそも彼女は魔王スレットから直接狙われたという経歴もあります。
戦場での指示を含めた数多の実戦経験を持つお父様、そして一応Aランクであるガネットもいますし、単純に兵力も多い事からそう滅多な事は起きないと信じるほかありません。
そうやって思考に沈む最中、わたくし達に近づいてくる人物がいました。
「レェン……ヒナミナァ……」
「うわぁ」
その人物からの呼び掛けに対し、隣にいたクレイさんが嫌な物でも見たかのように顔を顰めます。
ボツボツと呟くようにわたくし達の名を呼んだのはガネットでした。
その表情はどこか険しく歪んでおり、鮮烈な赤色の髪はボサボサで整ってなく、もともと真っ赤な瞳はより血走っているようにも見えました。
「やぁ、ガネット氏。調子は……あまりよくなさそうだね。体調が悪いなら早めに領主様に申し出た方がいいと思うよ」
話しかけてきたガネットにヒナミナさんが応対します。
彼は先日の武闘大会での出来事からヒナミナさんの事を少なからず恐れているでしょうし、わたくしやクレイさんが会話するよりはずっとまともな話し合いができるでしょう。
「誰のせいだと思ってんだくそがあああああぁッ!!てめぇのせいで俺様はAランクに降格させられた上に嫡男の座を返上させられたんだぞおらああああああぁッ!!!」
訂正します。
誰であってもガネットとはまともな話し合いにはならないでしょう。
「だがそれもここまでだぁッ!!俺様は今日、ここで魔王を倒してSランクに返り咲く!そしててめぇをこの街から––––
「何をしているガネット」
喚き続けるガネットの発言を遮る声がありました。
お父様です。
彼は後ろにカリン様とその護衛であるダニエラさん、そして執事長であるセルバスさんを引き連れて、わたくし達とガネットの間に入るようにして割り込みます。
「戦前に争い事を起こすな。お前はいい加減に自分がバレス家の名を背負っている人間であるという自覚を持て」
「ぐぅッ、親父殿ォ……」
忘れていました。
お父様だけはガネットとまともな対話をする事が可能でしたね。
「それよりもだ。ラッドよ」
「ハッ!」
名を呼ばれたラッドさんが直立しながら号令を返しました。
兵士長を務める彼も雇い主であり、統括でもあるお父様の前では絶対服従が基本となります。
「分かっているとは思うが魔王との決戦前にレンとヒナミナ殿を消耗させるような事だけはするな。何があろうとも二人を守り抜け」
「なっ!?」
「無論、この命に変えてもお嬢様とヒナミナ殿は守り抜きます!旦那様」
お父様の命令に勢いよく応えたラッドさんとは対照的にガネットは目に見えて狼狽します。
「どういう事だよ、親父殿!それじゃまるでこいつらに魔王を倒させるかのような口振りじゃねぇか!!」
「どういう事も何も最初からそのつもりだ。レンの魔力を吸収したヒナミナ殿の力はお前やガイア殿を含めた我々の戦力の中でも頭ひとつ……いや、頭3つは抜けている。仮にヒナミナ殿が敗れるような事態があればそれはバレス領、ひいてはブラン王国の終わりに他ならん」
「……ッ!?俺様は認めねぇからな!!!」
お父様の発言を受け、ガネットはその無駄に端正なお顔を真っ赤にされるとそのままドタドタと大股で歩き去っていきました。
彼の頭の中ではその強大な威力の魔術で魔王を打ち倒し、名誉を回復して褒め称えられる己の姿が夢想されていたのでしょう。
その姿を見せる第一候補であったお父様から梯子を外された形になったのです。
彼の自尊心へのダメージは計り知れません。
お父様は溜め息を一つ付くと、執事長のセルバスさんと共に引き返していかれました。
「カリンお姉さん、本当にあんなやつと一緒に行動するつもりなの?今からでも配属先を変えてもらう事とかできない?」
お父様について引き返そうとしたカリン様にクレイさんが声をかけました。
互いに命を救いあった仲でもある彼女達は深い縁で結ばれた関係ですし、やはり心配なのでしょう。
「心配してくれてありがとうございます、クレイちゃん。ただ感情的な面を考慮しなければおそらく戦闘が一番激化するであろう本隊にいた方が私も治癒師としての本分を果たしやすいですからねぇ。……大丈夫ですよ、領主様やセルバスさん、それにダニエラさんもいますし滅多な事はないんじゃないかなぁと思います」
「でも……」
「この戦いが終わったらまたデートしましょうねぇ」
「……うん。約束だよ?」
軽く手を振ってお父様達のいる本隊へと向かうカリン様。
ヒナミナさんは一つ頷くと、心配するクレイさんの肩をポンと優しく叩いて励まします。
ゴーン!!ゴーン!!!
「来たぞぉッ!」
カリン様が離れてから数分後、24時を告げる鐘の音が鳴り響きました。
周囲に緊張が走ります。
前方に視線をやれば、鐘の音と共に魔の森の周辺の地面からぬるりと湧き出るように数多の魔物達が這い出てきました。
地面からは魔物、そして空からは真っ赤な光が差し込んできます。
わたくしは思わず真上を見上げました。
そこにあるのはかつて見た事がない程に大きく、まるで血に染まったかのように真っ赤な満月。
このバレス領の、そしてわたくし達の運命を決める最後の戦いが始まろうとしていました。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
決戦開始。




