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第57話 2番目でもいい聖女様

    △△(side:クレイ)


「はい、クレイちゃん!あ〜〜ん」


「あ〜ん」


 ベンチに腰掛けたあたしが口を開けているとそこにカリンお姉さんがさっき売店で買ってきたバニラ味のアイスを差し込んできた。


「美味しいですか?」


「……うん」


 美味しい。

 美味しいけど流石にちょっと照れくさい。


 今日あたしたちが遊びに来ているのはいるのはバレス領の中央部にある公園だ。

 この場所は辺境故に荒事に長けた冒険者が多くいるバレス領とは思えない程に自然が多く、落ち着いた雰囲気の場所でデートスポットとして人気がある。


 場所が場所なだけにカリンお姉さんはひっきりなしにチャラい男達から声をかけられてたけど、そいつらはあたしが追っ払う前に少し離れた所から護衛をしてくれているバレス邸の兵士達が引き取ってくれた。

 うーん、権力の力って凄いね。


「あっ、口元にちょっとついちゃいましたねぇ。拭いてあげます」


「いいよこの––––むぐっ……ありがと」


 口元をハンカチで拭われちゃった。

 なんだか子供扱いされてるみたいで恥ずかしいけど、それをしてる本人は嬉しそうなので断りづらい。


「……びっくりするぐらい平和だよね。もうじき新しい魔王が誕生するなんて嘘みたい」


「【月が一番大きい日(スーパームーン)】を乗りきればきっとこんな毎日がずっと続きますよ」


 ぽつりと漏れた言葉にカリンお姉さんが返してくれる。


 日陽にいた頃は常に限界状態だったあたしの精神は緩みに緩みきっていた。

 これがいい事なのか悪い事なのかは分からない。


 その原因はヒナねぇであり、レンねぇであり、そしてしょっちゅうあたしをデートに誘ってくるこの人、カリンお姉さんのせいでもある。


 カリンお姉さん、この人はヤバい。

 何がヤバいかっていうと、徹底的にあたしを甘やかそうとしてくる。

 このままじゃあたしは駄目人間になってしまうかもしれない。


「あら、クレイちゃんはおねむさんみたいですねぇ。少し横になりますか?」


「……うん」


 陽気でぽかぽかした過ごしやすい温度の中、うとうとしてた所をばっちり勘付かれた。

 カリンお姉さんが自分の膝をぽんぽん、と叩いているのでそこに後頭部を乗せて仰向けになり目を閉じる。


 あ、また流されちゃった。


「ふふっ、クレイちゃんは可愛いですねぇ。いっその事私の彼女さんになってくれればいいのに」


 こうして不意に愛の言葉を囁いてくるのもいつもの事だ。

 その度にあたしはこう返す。


「カリンお姉さんとは恋人になれないよ」


 冗談ではなく、本気で言ってるのが分かるからこそ拒絶しなきゃいけない。

 あたしにはフウカがいるんだから。

 ここで頷いたらあたしの中でのフウカが遠い存在になってしまう気がする。


 魔王スレット達の襲撃を退けてからというもの、カリンお姉さんからのアプローチが目に見えて変わった。

 それはたぶん命懸けで彼女を救った事による吊り橋効果的な物なんじゃないかとあたしは思ってるけど、その詳細な心境は分からない。


「別に恋人と言ってもフウカちゃんの次、2番目でいいんですよ?なんだったら3番目でも4番目でもいいんです」


 彼女の意外な言葉に驚いたあたしは、どんな顔をして今のセリフを言ってるのか気になって閉じていた瞳を開いて––––大きく膨らんだ修道女の服しか映らなかった。

 カリンお姉さん、おっぱい大きすぎ。


「2番目って……カリンお姉さんなら女の子に限定したとしてもあたしみたいなちんちくりんじゃなくて、もっと可愛い子の1番になれるでしょ?」


 実際、カリンお姉さんのモテ具合は男性のみならず女性からも凄い勢いだ。

 聖女様としての活動による人徳とかもあるのかもしれないけど、その勢いはヒナねぇやレンねぇをゆうに越える。


 誰に対しても優しくて献身的な美人なお姉さんとかそりゃモテるよ。


「んー、なんというか私はフウカちゃんの事が好きなクレイちゃんの事が好きなんですよ。だからその辺りのところは折り込み済みというか望むところなんです」


「???」


 言ってる意味がよく分からなかった。

 少なくとも人の恋人を寝取るのが趣味って話ではないんだろうけど。


 カリンお姉さんが姿勢を屈めてあたしの顔を覗き込んできた。

 まるで血のような印象を受ける綺麗な桃色の瞳があたしを捉える。


「私はね、フウカちゃんの事を諦めないクレイちゃんが好きなんです」


 諦めないあたし?



「クレイちゃんは【箱の中の猫】って例え話を知ってますか?」


「箱の中の猫?ううん、知らない」


 唐突に切り替わる話に困惑しながらもあたしは答えた。

 ダンボール箱を家代わりにしてる猫の事かな?


「そうですねぇ。気分の悪い例えになって申し訳ないんですが、まずクレイちゃんには大事に飼っている猫がいたとしましょう。その猫がある日、動物を虐待するのが趣味な悪い人に攫われてしまいました」


 なんか凄い物騒な話になりそうなんだけど。


「一週間後、クレイちゃんはその悪い人のアジトを見つけて乗り込み、倒す事に成功しました。そしてそこには一つの小さな箱がおいてあります。悪い人が言うにはクレイちゃんの猫はその箱の中に入っているそうです。ちなみにクレイちゃんの猫以外の動物は全て死んでいる事が分かっています。……さて、クレイちゃんはここからどうしますか?」


 カリンお姉さんの例え話は普通の人が聞いたらドン引きしそうなぐらいハードではあったけど、答え自体は考えるまでもない単純な話だった。


「どうするって……箱を空けて猫を助けるけど?」


 それ以外にやる事ある?


「箱を空けたら猫が死んでいる事が確定してしまうかもしれないのに、ですか?」


「空けなきゃ助けられないよね?もしかしたら傷付いたまま閉じ込められた状態になってて、時間が立ったらほんとに死んじゃうかもしれないのに、そこで迷う必要ある?」


 カリンお姉さんはあたしの答えに驚く事もなく、うんうんと首を振って頷いた。


「クレイちゃんならそう答えてくれると思ってました。でもその選択を即座に取れる人って実はそうそういないんですよ」


 頭を優しく撫でられる。

 気持ちいい。


「最悪な予測を跳ね除けて、望みを叶える為に足を止めず全力を尽くす。奇跡はいつだってそう言った諦めの悪い人が掴み取る物なんです。私にとってクレイちゃんは奇跡の象徴なんですよ」


 たぶんさっきの例え話の猫はフウカを探し続けるあたしと掛けていたんだと思う。

 カリンお姉さんは見方によってはただ頭が悪いだけとも言えるあたしに心酔するだけの何かを見出したんだ。


「だからどうか結果が出るまで諦めず、理想を追い求め続けてください。そしてもし奇跡が起きてフウカちゃんを助ける事が出来たらその時は––––」



 目を閉じて、まるで祈りを捧げるようにしてカリンお姉さんは言葉を紡ぐ。



「私を二人の間に入れて挟んでください!可愛い女の子二人に挟まれてお姉さん気持ちよくなっちゃいます♪」


「挟まらないで!?」


 いつものカリンお姉さんだった。

 珍しくいい話をしてると思ったのにこの人はもう……。


「はぁ……まぁ、ありがとね」


「あら?」


「これまではカリンお姉さんの言う猫が死んでいたらあたし自身もこれから先を生きていく自信がなかったけど、今なら耐えられるような気がしてきたよ」


「なら良かったです」


 このブラン王国に来るまでは、もしフウカの死が確定してしまったら、あたしもすぐに後を追うつもりだった。

 それを思い留まらせてくれたのはヒナねぇでもあり、レンねぇでもあり、そしてこのカリンお姉さんのおかげでもある。


 この人が絶望の淵にいたあたしを救い上げてくれたから、今あたしはここにいるとも言えるかもしれない。


「その……1番にはしてあげられないけど、カリンお姉さんの事は結構好きだよ」


 言葉に出してしまってから恥ずかしくなってぷい、と横を向く。

 これじゃあたしが二股かけてるみたいじゃない……。


「んふぅ〜〜クレイちゃんもようやく素直になってきましたねぇ♪もっと甘えても––––ひゃあんっ!?」


 なんか得意げになってたカリンお姉さんにちょっとイラっとしたからおっぱいを鷲掴みにして黙らせてやった。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 聖女様は一応 (クレイにとっての)ヒロインです。


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