第55話 お兄様、降格する
△△(side:ジェイル)
「賛成票10。反対票なし。以上をもって冒険者ヒナミナ殿の戦力指数Aランク入りを本決定とする」
王都ビスにある冒険者協会の会議室に控えめな音量で拍手の音が響いた。
室内にいるのは各地域の冒険者ギルドの長10名に加えて今会議で議長を務めている王都ビスのギルド長の計11名。
現在俺はバレス領のギルドマスターとして王都で開かれた緊急会議に参加している。
議題は新たな戦力指数Aランク2名の選出。
なんで冒険者協会でそんなモンを決めてるのかっていうと元々戦力指数~ランクってのは~ランク冒険者という括りから発生した物だからだ。
兵士等、冒険者以外の戦闘力が求められる職業にも対応するべく、戦力指数という枠組みが作られた訳だな。
それで話を戻すが、国の顔とも言えるAランクは国内で5人までと決められている。
元々Aランクだったレッドが魔王であると発覚し、その従者であり同じくAランクだったメルバが死んだからな。
一刻も早く抜けた分を補充して国民を安心させる必要がある。
で、無事奴らの後釜としてヒナミナがAランク入りを果たした訳だが––––
「……続いて戦力指数Sランク、ガネット・バレス様のAランクへの降格について審議する」
うわぁ、めっちゃやりたくねぇ……。
周りを見回すと他の領のギルドマスター達も一様に渋い顔をしている。
そりゃそうだよな。
王都を超える武力を持つバレス領の辺境伯家嫡男。
自分達より圧倒的に高い地位にいる人間の降格について話し合えだとか後が怖すぎてやりたくねぇわ。
っていうか議長がヒナミナの事はヒナミナ殿と呼んでいたのに対し、あのクソガキの事はフルネーム+様付けで呼んでるのが全てだろう。
正直なところ、バレス辺境伯へのご機嫌取りでガネット・バレスを戦力指数Sランクと定めたのは冒険者協会にとってかなりの黒歴史だった。
別に奴にSランクと呼ばれるだけの素質がない訳じゃねぇ。
直接対決で上を行く者がいるといっても、純粋な火力による殲滅力だけなら他のAランクよりも上だろう。
ただ、あまりにも品格がなさすぎる。
武力の頂点に立つSランクがアレってのはもはや国内外に対して特大の恥を曝け出しているようなモンだ。
だからこそ、あのガネットを空いたAランクの枠組へと降格させちまえば武力の1トップが恥さらしの現状から5トップの内一人が恥さらしまで印象を緩和する事が出来るんだが……。
「……」
予想はしてたが場が静まりかえっちまった。
誰が最初にその沈黙を打ち破るかで皆、戦々恐々としてやがる。
……仕方ねぇ。
バレス領の代表として俺が切り出してやるか。
「俺はガネット様の降格に賛成だ。彼は先日行われた武闘大会でヒナミナに負けたからな。それもヒナミナ側は度重なる激戦によって消耗した状態で試合を行ったというハンデ付きだ」
会議室内にいるギルドマスター共が一斉に俺の方へと振り向いた。
その視線はどれもが『バレス領の領民であるお前が賛成するのか……』とでも言いたげな物だった。
だってよ!
バレス領のギルドマスターである俺からしてみれば形式上とはいえ、あのガネットがうちのガイアやヒナミナより格上として扱われてんのはマジで嫌すぎんだよ!
そもそも俺はバレス領の領民ってだけで別に領主様の部下じゃないしな。
別に領主様からもこの件に関しては反対票を投じろとも言われてないし、俺の好きに発言させてもらうぜ!
……とは言ってもやっぱ後がこえぇ。
「しかし戦力指数は元々冒険者ランクから発生した物だ。対人戦の結果で降格を判断するというのは些か乱暴ではないかな?」
「だがガネット・バレス様にはそもそも称えられるだけの武勲がない。彼が本当にSランク足り得る存在ならば数々の高難度依頼をこなしてきたガイア殿や多くの人々を救済してきた聖女カリン殿以上の成果を示すべきなのではないか?」
「それにガネット・バレス様の一番の強みである魔力量国内1位という数字は先日の武闘大会の本戦参加者であり彼の妹君でもあられるレン・バレス様の存在によって覆された。彼はもはや国内2位だ」
俺の発言を皮切りに議論が活発化し始めた。
言葉は選んでいるもののガネットがSランクに相応しくないという意見もちらほら出てくる。
そして––––
「投票の結果、ガネット・バレス様の降格について賛成票5票、反対票5票。……ここで私が決めるのか。もうやだ」
議長が円形脱毛症に悩まされているであろう薄い頭を抱えて机に突っ伏した。
会議に参加している10人の票が割れた場合、11人目の参加者であり、議長でもある彼が判断を下す事になっている。
きっと今も彼の胃はキリキリと痛み、会議が終わった後もしばらくの間、抜け毛に悩まされる事だろう。
……今度酒でも奢ってやるか。
△△(side:ガネット)
「俺様を嫡男から外すってどういうこったよ!!!」
バレス邸の執務室、俺様は辺境伯である親父殿によって下された不当な仕打ちに対して詰め寄っていた。
どうして俺様が嫡男の座を解かれなきゃならねぇんだ!?
「まさか親父殿、レンを嫡子にする気じゃねぇだろうなぁ!?自分の手で放逐した癖にちょっと魔術が使えるようになったからって今更あのゴミ女を重用する気か?」
武闘大会が終わってからというもの、何故かレンとヒナミナ、そしてヒナミナの妹がうちの離れに住み着きやがった。
ちなみにまだ離れには行ってねぇ。
親父殿から先日の件でもうレンには近付くなと言い含められてる上にそもそもあのゴミ女のツラを見てもムカつくだけだからなぁ。
……別にヒナミナにビビってる訳じゃねぇぞ!
「そもそもあの子には継承権を与えていない。ガネット、お前が嫡男を解かれた原因はお前自身にあると知れ」
「俺様に原因だとぉ?」
この完璧で最強な俺様の何が問題だってんだ?
「一つ問題を出そう。お前が嫡男を解かれた原因を当ててみろ。解答は2回まで許す。もし当たれば更生の余地ありと看做して嫡男を継続させる事も一考してやろう」
「ぐっ……」
前にレンに土下座させた時のように俺様の口から自主的に反省の弁を引き出させようって言うのかよ!
なんて性格の悪いオッサンだ!
……だがこれはかなり美味い話かもしれねぇ。
ここで親父殿の問いに正解した後、しばらく大人しくしてりゃあ俺様は無事に嫡男に戻れるだろう。
絶対外す訳にはいかねぇ!
「……俺様が冒険者ギルドのクソ野郎どもに梯子を外されてAランクに降格したからだろ?親父殿!辺境伯ともあろうあんたの息子があんなド平民共に舐められてるっつうのにこのまま黙ってる気かよ!?」
「大外れだ。そもそもお前がSランクに認定されたのはその素質の高さへの期待とバレス辺境伯である私へのご機嫌伺いによるものに過ぎん。今のまま素質を腐らせるようであればAランクどころかBランクへの降格も遠くないと知れ」
くそがあああああぁ!!
この超天才である俺様の実力がAランクにすら及んでないって言うのかよ!!!
「じゃ、じゃあ俺様が大会でヒナミナに負けたからかよ!?あんな対人戦なんて所詮はお遊びみたいなモンだろ!俺様はバレス領を代表する辺境伯家嫡男であいつは冒険者だ!なら評価は魔物への殲滅力とかにするべきじゃねぇのか!?」
「それも外れだ。お前がヒナミナ殿に負ける事など最初から分かっていた」
「なっ!?」
親父殿は最初から俺様の勝利を信じてなかったっつうのかよ……!
「更に付け加えるなら試合中にお前が失禁して失神した事が原因でもない。みっともなくはあるが私は生理反応を理由にして評価を下げたりはしない」
ぐうっ……せっかく頭の片隅に追いやっていたのに嫌なモン思い出させやがって!
この世界の至宝たる俺様が殺されかけたんだぞ!
あのデカ乳女は不敬罪にするべきだろうが!
「さて、二度外したからこれで終いだ。答え合わせといこう」
は?
今のちょっとしたクイズに不正解しただけで俺様の嫡男の座が立ち消えたのか!?
「ガネット。私がお前を嫡男から外すのはひとえにお前の品格のなさによる物だ。お前は武闘大会の時、ヒナミナ殿に対して奴隷にならなければ殺すと脅迫をしたな?他領の人間も多くいるある場であの言動だ。お前をこのまま嫡男に置いていたらそれだけで取り返しのつかない醜聞になる。加えて先日街で起こしたレンに対しての愚行。もはやお前の存在自体が我が領の恥だ。縁を切らないだけ有情と思え」
お、俺様の存在自体が恥だと……!?
「話は以上だ、下がれ。まだ意見があるようならこれまでの下品な言動を改め、【月が一番大きな日】に襲来するとされる魔王の討伐で武勲を立ててみろ。まぁ後者はともかく前者に関してはもう期待していないがな」
もう俺様と話す事はないと言わんばかりに親父殿は机の書類に向き直りやがった。
くそっ!言いたい事はいくらでもあるがこれ以上口答えすると嫡男どころか貴族の席すら取り上げられかねないせいで何も言えねぇ!
……いいぜぇ。
ならお望み通り俺様が新たな魔王とやらをぶっ殺す!
レンは聖女とヒナミナの妹の3人がかりで現魔王のスレットを追い払うのがやっとだった。
ならば俺様が一人で魔王を倒しちまえば流石の親父殿も俺様の実力を否定する事なんてできやしねぇ筈だ。
魔王を倒し、このガネット・バレス様の価値を再証明してやる……!
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お兄様、降格――!