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閑話 義妹からの手紙

 ある朝、わたくしが起きて居間に入室すると珍しくヒナミナさんがちゃぶ台の前で白紙と睨めっこをしていました。

 彼女の朝は早く、大抵の場合この時間帯は庭で剣の素振りをされています。

 才能に驕る事なく日々の鍛錬を怠らないヒナミナさんの姿勢にわたくしは感服するばかりでした。


 ……わたくしですか?

 わたくしは冒険者稼業を始めてからというもの、最低7時間以上は睡眠を取らないと身体が保たないので……


「おはようございます、ヒナミナさん」


「おはよう、レンちゃん。まだ朝ご飯はできてないんだ、ごめんね」


「ヒナミナさんはお忙しいようですし、本日はわたくしが準備しましょうか?」


「あー本来だったらこんなに時間はかけないんだけど、今回はちょっと質問が多くてね。お願いしてもいいかな」


「分かりました。ところでその白紙はクレイ様へのお手紙でしょうか?」


 ブラン王国とヒナミナさんの故郷である日陽は一応物の輸出入のやり取りがあり、この貸家で彼女がお作りになられる和食の材料も日陽から輸入された物を使っています。

 物のやり取りがあるという事は当然文通も可能であり、わたくしはヒナミナさんが彼女の妹君であられるクレイ様から送られてきた手紙を読んでいるところを見た事がありました。


「うん、前にボクが紅麗(クレイ)ちゃんに出した手紙にレンちゃんの事を書いたんだけどね、そしたら思いのほか喰い付きが良くてさ。レンちゃんについて詳しく教えろってうるさくてね」


「わ、わたくしの事ですか……?」


 どうしましょう、わたくしは出会ってからこれまでヒナミナさんにはご迷惑をお掛けしてばかりです。

 もしわたくしに悪印象を抱いたクレイ様から「出ていけ寄生虫!」とでも言われたりしたら……考えるだけでも恐ろしくて気を失いそうです。


「あの、ちなみにヒナミナさんはお手紙にわたくしの事を何と書かれたのでしょうか?」


「そんな大した事じゃないよ。ただ凄く綺麗な子とペアを組んでこの家で同棲してるって書いただけ」


「ヒナミナさん……!」


 もう、どうしてこの方はこうもわたくしが喜ぶ事をしてくださるのでしょうか。

 好き。


「それでレンちゃん、クレイちゃん宛てにいくつか質問に答えてもらいたいんだけどいいかな?」


「わたくしでよろしければ」


 返答しつつ、台所に立ったわたくしは熱したフライパンに油と溶いた卵を入れました。

 今日はオムレツにしましょう。

 

 ちらりと、居間を除くと背筋の伸びた姿勢で真剣な表情でペンを持つヒナミナさんが見えました。

 その姿はまさに文学少女といった佇まいでとても素敵です。


「まず趣味とかはあるかな?」


「趣味ですか。バレス邸にいた時はよく書斎で読書してましたね。ジャンルは割と何でも読んでいた気がします」


「うんうん、いいね。今度一緒に貸本屋にでも行こうか」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 思いがけないところでヒナミナさんとデートの約束を取り付けられました!


「それじゃあ、特技とか」


「令嬢としての作法はお母様から教わりましたのでそれなりには」


「レンちゃんは普段から気品のある佇まいだもんね。猫と犬、どっちが好き?」


「わたくしに懐いてくれるならどちらも好きです」


「一番好きな有名人は?」


「ガイア様です。10年前に武闘大会でお見かけした時からずっとファンなんです」


「あー、そこでガイアなんだ」


 ヒナミナさんの声音が少し複雑そうな様子に変わったのをわたくしは見逃しませんでした。


「えっ、ヒナミナさんはガイア様の事が嫌いなんですか?それならわたくしもガイア様のファンをやめて嫌いになります」


「あ、いや個人的にちょっと気後れするだけでボクも彼の事は尊敬してるよ。というかボクがどう思ってるかだけで嫌いになるのはやめてあげて」


 どうやら杞憂だったようです。


「大勢で過ごすのとひとりで過ごすのならどっちがいい?」


「いつも一人でいたので分かりませんが、ヒナミナさんとはずっと一緒にいたいと思っています」


「ありがとね。ボクもレンちゃんと一緒にいるのは楽しいよ」


 あぁ、なんて優しい方なのでしょう。

 わたくしのような要領が悪くて頼りない女でも一緒にいたいと言って頂けるなんて。


「恋人がいた時期とかある?」


「ありません。わたくしはいつでもフリーですのでお待ちしております」


「なるほど、恋人募集中なんだね。それじゃ、男性と女性ならどっちと一緒にいたい?」


「殿方には苦手意識がありますね。主にお兄様のせいで」


「一番嫌いな物は?」


「お兄様です。毎日足の小指を強打して欲しいと思っています」


「そ、そうなんだ。それじゃあ一番好きな物は?」


 一番好きな者?

 そんな心のうちに秘めておくべき事を、こんな何気ない日常の最中で言ってしまってもいいのでしょうか。

 ですがここで言えないようならわたくしはずっと……



「ヒナミナさんをお慕いしております」



 あぁ……言ってしまいました。

 なんでわたくしはこういう時だけ勢いがいいのでしょうか。


「……なんだか照れるね。一応ボクとしては好きな人じゃなくて好きな食べ物とかそういうつもりで訊いたんだけど。ただそれは嫌いな物を訊いた時に君がガネット様の話を出した時点で察しておくべきだったね。うん、ボクが悪かった」


 しかも意味を取り違えてました。

 もうお終いです。


「でも君の気持ちはとても嬉しく思うよ。まだ会ってそう時間も経ってないし、いきなり恋人とかはちょっと難しいかもしれないけれど、お互いにこれからもっと仲を深めていけたらいいね」


「……!ヒナミナさんに好きになって頂けるよう頑張ります!」


 首の皮一枚繋がりました!

 しかも脈は充分ありそうです!


「レンちゃんは男性が苦手で、恋人募集中で、ボクの事が好きで、ボクと一緒にいたい……と。よし、書けた!」


「わたくしの方も食事の準備が終わりました!」


 購入しておいたパン、ミルクと一緒にオムレツをちゃぶ台へと持って行きます。

 いつも通り、手を合わせてから食事を始めました。


「あ、このオムレツ中に挽肉と玉葱が入ってるんだね。さっきは珍しく頭を使ったからこういうボリュームのあるおかずは嬉しいよ」


「それなら良かったです。お口には合いましたでしょうか?」


「レンちゃんが作ってくれるご飯はいつも美味しいよ。でも、ボクの事を好きな女の子がボクの為に作ってくれたって考えると……うん、凄く美味しい」


「ヒナミナさん……」


 わたくしの告白に関しては愛情の好きではなく、友情の好きだと捉えたフリをして誤魔化す事だってできましたし、その方が彼女にとっても楽だった筈です。

 でもこの方はしっかりとわたくしの想いを受け止めてくれた。

 それだけでわたくしは何よりも救われているのです。


 穏やかな空気の中、好きな人と一緒に過ごす時間は何事にも代えがたい物です。

 この素敵な時間が1年、可能なら10年先までも続きますように。

 そう願うばかりでした。



 後日、ヒナミナさんからの手紙を読んだクレイ様がブラン王国に来訪する事になるのですが、それはまた別のお話です。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 閑話でヒロインに告白する主人公がいるらしい。

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