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第1話 令嬢、捨てられる

 武家らしく華美な装飾はなく、しかし実用性のみを追求し、多大な金銭がつぎ込まれた家具が並ぶ当主の執務室。

 わたくし、レン・バレスは跪いて首を垂れます。


 その先にいるのは真紅の瞳に赤髪の偉丈夫。

 彼こそブラン王国内にあるバレス辺境伯領を治める当主、ダイン・バレス。

 わたくしのお父様です。


「要件は分かっているな、レン」


 辺境伯家当主という高い身分でありながら日々鍛錬をこなし、個人でBランク(一流)冒険者と同等の武力を持つお父様の体格は大きく、威圧感があります。


「今日でお前の歳は15となる。成人した以上、無能なお前を養う義務もない」


 お父様は深いため息をつきました。

 わたくしを見下すその目は失望の色を携えていて。


「ガネットの倍以上の魔力を持って生まれながら、それをまるで使いこなせぬ欠陥品。お前の存在はバレス家の恥だ。他貴族共の嫁としてあてがう価値もない」


 お父様の手から貨幣の入った袋が私の足元に投げ捨てられます。


「これを持って何処へなりとも失せるがいい。二度とバレスの姓を名乗るな」


 予め家から放逐される事を伝えられ、荷物をまとめる時間は与えられていました。

 それに加えて、当面を凌ぐ為の貨幣を頂けた事を考えれば、わたくしの立場は娯楽小説で見かける追放劇と比べて恵まれている方なのでしょう。

 ――それでも。


「15年間もの間、お世話になりましたお父様。ご期待に応えられず、申し訳ございませんでした」


 家族に拒絶されるというのは心が痛むものなのですね。


 ◇◇


 荷物は替えのドレスが数着とそう多くはありませんでした。

 単純にわたくしの部屋に置いてある物が少ないとも言いますが。


 部屋を出る前にわたくしは姿見を覗きます。

 映るのは黒を基調としたゴシックドレスに身を包む真紅の瞳をした白髪の少女。

 その表情は自身が想像していた以上に無表情で全てを諦めてしまったかのように見えます。

 今は亡きお母様は黒のドレスはわたくしの白い髪によく似合っていると褒めてくれました。


 お父様から頂いた貨幣は金貨15枚。

 安宿の相場は銀貨1枚、1日の食費を大銅貨5枚に抑えるとしたら1000日持つ事になります。

 職に就くのに手間取ったり、報酬が十分でなければいずれこのドレスも売る事になるかもしれません。

 その事実がわたくしをいっそう惨めな気持ちにさせました。


 ◇


 屋敷を出る前に使用人達に最後の挨拶をしようとわたくしは考えました。

 使用人達とわたくしの関係は何と言いますか……かなり微妙です。

 というのもお母様が亡くなられてから、おそらくお父様の指示があったのか使用人達がわたくしの世話をする事がなくなったからですね。


 ただそれでも屋敷内での行動自体は制限される事もなく、例えばわたくしが調理室で自分の食事を作ったりする分には咎められる事もありませんでしたし、使用人達がわたくしに用件がある際はお嬢様、と呼んでくれていた事から一応は領主の娘として扱われてはいました。

 ですからこれから挨拶に赴くのは使用人達が出来損ないのわたくしに対して敬意を払ってくれた事に対するお礼、という形になります。


 もっとも、この選択が後悔を招く事になるとは、今のわたくしに知る由もありませんでしたが。


 ◇


「よぉ、レン。随分な手荷物だなぁオイ」


「ガネットお兄様……」


 唐突に背後から掛けられた声にわたくしは身が縮むような思いをしました。

 声の主はバレス辺境伯家嫡男でありわたくしのお兄様でもある、ガネット・バレス。

 わたくしと同じ真紅の瞳に加えてお父様以上に鮮烈な赤色の髪をした青年。


 わたくしの半分ほど、とはいえ一般的な魔術師と比較して圧倒的な魔力量を持つお兄様は国内最強の魔術師として名を馳せています。

 その破壊力は全力で魔術を放てば地形の形が変わるほどで、戦力指数は国内で5人しかいないAランク(英雄)の武芸者を超えて唯一のSランク(最強)

 まともに魔術も発動できないわたくしとはまさに雲泥の差です。


「ハッ、これでてめぇも晴れてド平民の仲間入りってことだ。にしてもだ、親父殿は甘い!甘すぎてヘドが出る!俺がバレス家当主だったらてめぇが魔術を使えねぇ欠陥品だと分かった即日に追い出してやったってのによ!」


 お兄様は昔から自らより魔力量が多いわたくしの事を疎んでいました。

 わたくしが魔術を使えない事が発覚し、わたくしを大事にしてくださっていたお母様が亡くなられてからはますます当たりが強くなっていき……。

 幸いにして直接暴力を振るわれた事はありませんが、このまま屋敷に留まっていたらそれも時間の問題だったかもしれません。


「今までお兄様にご心労をおかけした事は申し訳なく思っております。もうわたくしが屋敷に戻る事はありませんのでどうかお許しくだ――きゃっ!?」


 お兄様は踵を返して館を出ようとしたわたくしの腕を掴み、強引に引き寄せました。

 そしてわたくしが鞄に詰め込んでいた金貨とドレスを取り上げてしまったのです。


「誰が勝手にバレス家の私物を持ち出していいっつった?」


「おやめください、お兄様!その金貨はお父様から、ドレスはお母様からわたくしが譲り受けた品です!」


「譲り受けただぁ?少なくともバレス家嫡男たるこの俺様はそんな許可を出した覚えはねぇなぁ。てめぇなんぞにくれてやるぐらいなら…」


 一瞬、魔力のタメが入った後、お兄様の掌から真っ赤な炎が放たれました。

 そしてそれはあっという間にわたくしのドレスを燃やし、金貨を溶かしていきます。


「あ、あぁ……」


 あまりの出来事に立つ気力すら萎えたわたくしはそのまま床にぺたんと座りこんでしまいました。

 こうなってしまっては街に出て職に付く事ができたとしても、当面を凌ぐ事すらままなりません。


「ククッ、その顔が見たかったんだよ。だが安心しろ、俺様も鬼じゃねぇ。金も才能もないてめぇに稼ぐ手段を教えてやる」


 そう言ってお兄様は座り込んだわたくしににじり寄るとドレスに手をかけ――胸元の生地を引きちぎったのです。


「ひっ、いやぁっ!?」


 身の危険を感じたわたくしは破られた胸元を抑えながら後ずさりします。

 分からない、目の前にいるお兄様が、この方の事が全く理解できません。

 その事がただただ恐ろしかったのです。


「その無駄に整った顔と身体で盛った野郎共に股を開いて金をとりゃいいんだ。しかしその魔力量といい、容姿といい、マジで宝の持ち腐れだな。ちっとは申し訳ないと思わねぇのかよ?出来損ないとはいえ、血が繋がってなけりゃ慰み物として使ってやったのによ。……チッ、いつまで座り込んでんだ。さっさと立てや!」


 わたくしはお兄様に腕を掴まれ無理矢理立たせられると、そのまま屋敷の門へと引きずられていきました。

 バレス家の私兵に混じって訓練している訳でもないお兄様の体格や腕力は人並みですが、それでもただの令嬢に過ぎないわたくしよりは力があります。

 なにより、下手に抵抗したら何をされるか分からなかった事もあり、わたくしはなすがままにされるしかありませんでした。


「あばよ、ゴミ女が。二度とその面見せるんじゃねぇぞ!」


 お兄様はわたくしを門の外に放り出すと、傍にいた門番に門を閉じさせました。

 ドレスを破られ屋敷から追い出されたわたくしを見て驚いた門番の方はわたくしにかけよろうとしましたが、まだ近くにいるお兄様が怖かったのでしょう。

 わたくしから目を逸らすとまるで何もなかったかのように元の位置へと戻っていきました。


 そこかしこから視線を感じます。

 辺境伯家からボロボロになったドレスを纏った少女が捨てられるように放り出されたのです。

 注目を集めない訳がありません。

 わたくしは泣きたくなる気持ちを抑えつけながら、視線を避けるようにその場から走り去りました。





 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 主人公、レン・バレスのイメージ(AI絵)です。

 活動報告にちょっとした設定が載せてます。

挿絵(By みてみん)

 

 ここまで読んで頂きありがとうございました。

 1章完結まで毎日更新を予定しております。

 もし宜しければブックマーク、評価、レビュー、ご感想、いいね等をして頂けると作者のやる気が爆上がりしますので、少しでも面白い、続きが読みたいと思った方は宜しくお願い致します。

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