エリーの記憶
「んー・・・やめとく」
「え?」
予想外の有未の返事に、砂原エリは首を傾げた。
「私はここのトイレにしとく」
「そ、そう?でもすごく混んでるよ?出発時間までに入れないかも」
「うん、でも私は・・・トイレを信じたいからっ」
「そ・・・そう・・・」
(・・・トイレを信じるって何・・・?)
心の中でつっこみながらも、砂原エリはトイレに並ぶ有未の背中を見送った。
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「・・・わからない」
「はあ?」
「だから、わからないんだって」
「わからないって何だよ!?ちゃんと答えろよ!人が死んでるんだぞ!?」
「・・・夢を、見たの」
「夢?」
「砂原エリを襲ったあと、熱でうなされてる間に・・」
「・・・・・・・」
エリーは頷き、静かに語りだした。
「夢の中で私は、ある小学校に編入して、クラスの皆の前で挨拶していた。そして、編入生である私は一目置かれた」
「でも、そのクラスではすでに人間関係が出来上がっていて、皆のリーダーのような女の子がいた。彼女はとてもわがままで、気性が激しい性格だったけど、成績優秀でスポーツ万能だったから、誰も彼女に逆らえなった」
「そして、その彼女は優秀な私を気に入って、側近のように私を隣に置きたがった。私も、彼女に逆らうことはせずに、おとなしく従っていた。でも、ある日・・・」
〝おまじない?〟
〝そう。隣のクラスの子に聞いたんだけど、夜の十二時に、月明かりの下で裏の神社の池を覗き込むと、十年後の自分が映し出されるんだって〟
〝そう・・・・〟
〝だからさ、二人で行こうよ!親には内緒で。もうすぐ夏休みに入っちゃうし、その前に見ておきたいんだよね〟
〝え・・・でも、〟
〝大丈夫!夜なら人もいないし!今日の夜十一時半に学校前で待ち合わせね!二人だけの秘密だから、みんなには言わないでね!!〟
「・・・正直バカらしいと思った。でも、彼女の機嫌を損ねると面倒なことになる。そう思った私は渋々着いていくことにした。そして、その夜、私と彼女は神社に忍び込んで・・・」
〝人が来ないように見張っててね〟
〝・・・わかった〟
「学校前で落ち合って、池の前に到着して、私は見張りを命じられた。そして、彼女は、池を覗き込んでいた」
「こんな下らないこと、早く終わればいいのに・・・そう思いながら観察池を眺める彼女の後ろを通ったとき」
〝・・・ちょっと、何今の顔!?〟
〝・・・え?なに?〟
〝今、水面に反射して、見ちゃったんだから!エリちゃんが、私をバカにした顔してた!!〟
「どうやら、月明かりで私が溜息ついた顔が観察池に映っていたらしい。それをみた彼女は激昂した」
〝・・・し、してないって〟
〝嘘だよ、うそ!!もう絶交!良い子だと思ってたのに!!エリちゃんの正体、みんなに言いふらしてやる!エリちゃんと口聞いたら、私が許さないって・・・〟
〝ちょ、ちょっと・・・!〟
「もう面倒になった私は、池の近くに落ちてたビニール袋を自分の手にかぶせて、彼女を池に突き落とした。彼女の唯一の弱点は泳げないこと。それを知っていた私は、彼女が池の中で息絶えるのを見届けて、その場を後にした」
「彼女の服に自分の指紋がつかないように、咄嗟にビニール袋を使った。そして、そのビニール袋も、細かく切り裂いて公園のトイレに流て処分した」
「夜の学校でまちあわせたこと、もちろん誰にも言ってないし、彼女もだれにも言っていないといった。おそらく、バレないだろうと思いながらも、その夜はよく眠れなかった」
「でも、それは不安だとか、罪悪感からじゃない。ただ、私は高揚していた。なんとも言い難い快感に支配されていた」
「そして、次の日、私はよく眠れなかったせいで、初めて学校を遅刻してしまった。私が学校に着いたときに、ちょうど、緊急で全校集会が開かれていた。遅れて体育館に到着したときには集会は始まっていて、私はクラスのとこには行かず、そのまま体育館の入口横で立ったまま、壇上に立った校長先生の話を聞くことにした」
『・・・今日の朝、一年一組の大山優紀ちゃんが、三上神社の池の中で亡くなっていました。今、警察の方が調査中ですが、おそらく事故死だと・・・』
「その瞬間、やった!と思った。こんな子供にいい大人が騙されて、しかも邪魔者も始末できた。全校生徒の皆は、驚きを隠せず、ショックで泣き出している子もいた。皆、前を、向いている。後ろにいる私の姿は見えていないし、壇上にいる校長先生も、教員も皆、ショックでうなだれている」
「私はつい、口元を緩めてしまった。しかし・・・・」
〝ねえ、何で、笑ってるの?〟
「いきなり声を掛けられて隣を見ると、右頬に大きなほくろのある女の子が、私を不思議そうに見ていた」
〝い、いや・・・笑ってないよ〟
〝うそ。今、笑ってたじゃない。何で?何で、笑ってるの?〟
〝あ~ちょっと、岬さん。こんなとこにいた!保健室からいなくなってるから、探したのよ
〟
〝・・・ごめんなさい〟
〝・・・クラスのとこ行ってみる?〟
〝・・・行かない。保健室、戻る〟
「そう言って、彼女は保健医に連れられて、体育館を出て行った。私は、そのあと教室に戻り、クラスの皆と彼女の死を悲しんだ。ただ、一人、ほくろの子に自分の本心を知られたことが気がかりだった」
「あの子がつけていたバッジで名前とクラスがわかった私は、友達づてにあの子のことを聞いてみたら、どうやらクラスでは浮いた存在で不登校らしく、たまに登校しても保健室にしか行かず、クラスには顔を見せないらしい。そして、夏休み明けに転校が決まったが、その際もクラスには顔を出さなかったらしい」
「そこまで存在が薄い人間ならば、ほおっておいても問題ないだろう、と判断した。もう夏休みまで時間がないし、クラスも離れていて、しかも不登校の彼女を追うのも難しかった」
「そして、リーダーを失った私のクラスでは、次に私がクラスを支配することになった。でも、前の彼女のような恐怖政治はしない。成績優秀、スポーツ万能、頼りがいがあって、美しくて、でも、どんな子にも分け隔てなく優しく接する。そんな完璧な人間を演じ続け、クラスはとても平和になった。みんな、私を慕ってくれていた・・・・」
「・・・・そこで、目が覚めた」
「・・・それが、エリーの記憶・・・?」
「わからない、ただの夢か、妄想かもしれないし」
「いや、きっとそうだよ!何で今まで話してくれなかったんだ!?」
「本当にただの夢かと思ってたから。言っても混乱させるだけかと思って。でも、どんどん夢でみたことが現実にも起きてて・・・」
「その時神社の池で殺された女の子が大山あきらで、砂原エリの笑顔を指摘したのが有未か・・・」
「・・・まだ本当かわからないけど。何の証拠もないし」
「いや、本当だと思う。だって、今日エミリーの館行ったけど、拒否反応起こらなかっただろ?多分、動機を思い出したから拒否反応が出なくなったんだと思う。そして、その記憶は砂原エリと対峙したショックで思い起こされた・・・」
(だから、記憶がごっちゃになって、有未のほくろの位置を話してしまったのか・・)
「つまり、砂原エリは自分の裏の顔を知ってしまったから、有未を狙ってるのか」
「・・・でも、その後の記憶はない。あの夢の記憶が正しかったとしても、どうして今更、あんたの彼女を狙ってるのか・・」
「今の有未と砂原エリの共通点は・・・塾だけか」
(今回は合同の合宿だけど、普段は校舎も違うし、どうして有未の存在がわかったんだ?)
空太は、有未との会話を思い出していた。
〝こないだ塾の模試で九十位とったんだから!〟
「・・・・あ」
「なに?」
「模試でランキングのったって言ってたから、それで、有未が同じ系列の塾にいること知ったのかも。ツクヨ学院で全国模試のランキングの冊子、生徒に配ってたから。しかもたしか、百位まで載ってるって言ってたから」
ネットでアサツキグループと検索すると、講師達の紹介が出てきた。
そのトップページに載っていたのは、あの時、砂原エリの話をしていた鈴村講師だった。
『朝陽ゼミナール、ツクヨ学院の数学講師を勤めています、鈴村です。私の挨拶は変わっているようで、よく生徒からものまねされるんですよ(笑)じゃね~って(笑)』
〝鈴村先生じゃね~!!〟
〝はい、気をつけて帰ってね。じゃね~〟
〝空太、じゃね~〟
〝あ、うん。みんな、じゃね~〟
(そういえば、有未も砂原エリも言ってた・・・。この講師の口癖がうつってたのか・・)
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「あ、あと、この深山前SAだけど・・・」
「え?なに?」
「ネットで調べたら、このSAの裏が深い林で、深山川っていうデカい川が流れてる。流れが早くて足場も悪いから、毎年何人かこの川に落ちて死んでるらしい」
「・・・それって」
「もしかしたら、この川に有未を落として殺す気かも。九年前と同じく・・事故に見せかけて」
「あ、空太。もう着くよ」
そう話してる間に、深山前SAの駐車場に到着し、空太は急いで車から降りた。
駐車場には一台のバスが止まっており、バスには〝アサツキグループ合同合宿〟と書かれていた。
「・・・!こ、このバスだ」
おそらくまだ休憩中らしい。空太は何も考えずにバスの中へ乗り込んだ。
(有未・・・、有未・・・!)
バスの中へ乗り込んだが、中には寝ている生徒数人しかいなかった。有未も、砂原エリもいない。
(そっか、トイレ休憩か・・あいつ、コーヒー飲んでたし)
バスから降りて辺りを見渡すが、誰も見当たらない。
(あれ、てか、エリーは・・・?)
急いで車を降りた空太だったが、エリーが着いてきていないことに気が付いた。
自分たちの車の方を見ると、エリーはまだ車に乗ったままだった。
「あいつ・・・!何やってんだ」
時間がないのに、車から降りようとしてもいないエリーを見て、空太はイラつきながら車の元へ走り、運転席のドアを開けた。
「あった、あったぞ!バス!エリー!中に有未たちはいなかったから・・」
「・・・・・うっ」
「え、エリー?エリー??」
運転席に座ったままのエリーは口を抑え、その場にうなだれた。
「ど、どうした!?」
「なんか・・・急に体が痛み出して・・・」
「だ、大丈夫か!?」
「私はいいから・・・あんた、先、行って・・・」
「え・・・で、でも・・」
(俺一人で砂原エリを止めろってこと・・・!?)
「・・・む、無理無理!俺一人でやれるわけないだろ!!頼むから頑張ってくれよ!!」
「ご・・・ごほっ・・」
エリーは大量に吐血した。
「エ、エリー・・・・」
「・・・わかった、行く。行くから・・・」
エリーは震える体を抑えながら、運転席から降りようとした。
(エリー・・・・)
(俺は、また、エリーに甘えて・・・・)
空太は今までの行動を思い出した。
そもそも自分が勝手にエリーについてきたのだ。なのに人質になったり、敵に行動を知らせてしまったり・・・。空太は、エリーの足を引っ張る行動ばかりしてきた。
(でも、エリーは俺を責めなかった・・・・)
(それどころか、ここまで守ってくれてて・・・・)
「・・・・・・・・」
空太は、震えるエリーの肩を抑え、再び運転席に座らせた。
「え・・・?空太・・・?」
空太の行動にエリーが首を傾げると、空太は優しい目でエリーを見つめた。
「・・・いいよ。エリー。あんたは、ここで休んでてくれ」
「え・・・・」
「俺が、なんとかしてくるから」
「え、でも・・・」
戸惑っているエリーに背中を向け、空太は呟いた。
「エリー・・・」
「?」
「最初会ったときはさ、すごい暴力的で無茶苦茶するし、おっかないおばさんだなって思ってたけど・・・」
「・・・でも、」
「大切な人を救うためになんでも迷わずなぎ倒していくあんた・・・結構好きだったぜ」
「空太・・・・」
「今までありがとう。・・・・じゃあな」
そう言い残し、空太は振り返らず、走り出した。




