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第四夜:九十九家

「えーっと、こんにちは?」


少し悩んで、まずは挨拶からだろうと頭を下げる。黒髪がハラリと落ちて、初めて髪が解かれていることに気がついた。

胸元へ手を当て身なりが崩れていないこととお守りが取られていないことを確認する。


「はいっ!こんにちは!」


元気に返ってきた返事に胸を撫で下ろす。

よかった。人の挨拶で通じた。何か特殊な言葉や動作があったらどうしようかと思った。


「私、花子様のお世話を命じられた玉紀(たまき)と申します。よろしくお願い致しますね」


「あ、はい。こちらこそ」


花子という名前に反応が遅れる。そうだ、偽名を名乗っていたのだった。

玉紀は自己紹介もそこそこに美夜の具合を聞き出し、納得するように頷いた。


「なるほど、異常がないなら胡月様の元へ向かいましょう。起きたらお連れするようにと申しつかっておりますので」


美夜を立ち上がらせ装飾の凝った鏡台の前へ座らせると髪を整えられる。


「あの、さっきも伝えたけど、少し首の後ろが痛くて……」

「あ〜。大丈夫です。後で渡す薬を塗れば二、三日で治りますので」


そう言って玉紀はあっという間に美夜の支度を済ませてしまった。

されるがままになっている間、玉紀達自身について質問しても「私の口からは言えません」「胡月様がお答えになりますので」と躱されてしまう。

仕方なく手を引かれて部屋の外へ出ると、顔を出したばかりの日の光と澄んだ空気が美夜を包み込んだ。眼前には立派な庭園が広がっている。綺麗に手入れされた松の木に青々とした植物たち。中央にある池には人が渡れるように橋がかかっていた。

先ほどの鏡台といい随分と羽振りがいいらしい。

庭だけではなく屋敷自体も相当なものだ。部屋数の多さに驚きながら長い廊下を進んでいると、前を歩いていた玉紀が足を止めて膝をついた。






「胡月様、お客様をお連れしました」


障子を開けた玉紀に目配せをされ、部屋へ足を踏み入れる。


「失礼します……」


中では胡月と瓢矢が座って美夜のことを待っていた。机の上には既に湯呑みが3つ用意されており、床の間には美しい生花や山脈の描かれた水墨画が飾られていた。

きっとこれらも想像が付かないほどの高級品に違いない。


「固くならずに座って大丈夫だよ。はいっ!お茶菓子もあるんだ。美味しそうでしょ〜」


「あ、はい。ありがとうございます」


瓢矢に探るような視線を向けながら座敷に座る。


(十中八九、彼が首の痛みの原因よね)


容疑者である男からは反省や申し訳なさが微塵も感じられない。瓢矢は鼻歌を歌いながら上機嫌に練り切りを差し出した。

菖蒲の花の形を模したそれは薄い紫色をして緩やかな曲線を描いている。中央には緑色の葉が飾られていてーー店にある物と酷似している。


弾かれたように思い顔を上げると、胡月が感心した声を出した。


「ほう、流石に気付いたか。菅原(すがわら)美夜(みよ)


「店の人たちに何をしたんですか!?」


勢いよく机に手をついて上半身を乗り出す。

偽名までバレている以上、彼らが店に何かしらの行動を示したことは確実だ。

彼らは行き場の無くなった自分を今日まで大切に育ててくれた人たちだ。危害を加えていたら絶対に許さない。

美夜は自分でも驚くほど大きな声で北斗を弾糾した。


「まったく気丈な娘だな。俺たちが何者であるか想像が付くだろうに」




胡月の言葉に息を呑む。

人間とは思えない姿形に謎の術。

考えられる答えは紙の中でしか生息しないと思っていた想像上の生物の名だ。


「あやかし……」


「その通りだ」というと胡月は湯呑みを手にして一息をついた。

相応の覚悟を持って告げた発言だっただけにことも事もなげな態度を取られて美夜の口元がヒクリと痙攣する。


「そして安心しろ。お前の家を訪ねたのはただの挨拶に過ぎん」


「挨拶?ですか?」


彼ら自身について聞くはずだった唇は脈絡のない単語に鸚鵡返しをする。

美世は胡月の言った言葉の意味を考え、一つの可能性に行き当たった。

そうだ。外には朝日が登っていた。

現実離れした出来事を寝起きの頭で考え込んでいたものだから気が回らなかったが、もう日付が変わっているのだ。

年頃の娘が帰ってこないともなれば、捜索願いが出されることもある。

家の者を心配させないために連絡を入れてくれたのかもしれない。

教えていない家の住所を勝手に知られていた恐怖はあるが、そこにはひとまず目を瞑ろう。


「そうそう。婚約のご挨拶に行ったんだよ!あっ、お店の人はすっごく喜んでたから安心して?」


「な、なぜ??」


納得しかけた矢先に予想がぶち壊された。

今彼は婚約と言ったのだろうか?蒟蒻の間違いじゃなく?


「お前は自分の体質を理解しているか?」


淡々とした胡月の声が混乱の最中にいる美夜の思考を引き止めた。


「あの久遠の屋敷にいた奴は人に寄生して人間を捕食する妖だ。今回は別の妖に渡すため捕らえることを重視し、あの部屋には催淫の妖術がかけられていたことが尋問で確認が取れている。もちろん、お前にもそうするつもりだったことも。しかし―――お前には効力を発揮しなかった」


胡月が懐から見覚えのある札を出して机へ置く。


「加えて俺の妖術も通用しなかったことを考えると、お前は特異体質だと言える」


「それが婚約に繋がるんですか?」


自衛するだけでは駄目なのだろうか。

少なくとも今まで妖に襲われた事はない。

今回はたまたま運が悪かっただけだ。

美夜がそう考えていると瓢矢がケラケラと笑った。


「他の妖に捕まると面倒だからね〜。珍しい人間は捕食対象として大人気だし。人体実験とか肉壁とかされちゃうかもよ?」


信じられない言葉の羅列に目を剥いた。

人体実験も肉壁もまず日常生活では耳にしない。想像するだけで具合が悪くなりそうだ。

何よりその話が愛嬌のある少年の口から出ていることに絶大な違和感を覚える。

彼も立派な妖だということだろう。

瓢矢はまるで行商人が商品紹介をするような喋り口で続ける。


「その点うちは政府公認だから安心安全!歴史も古いし華族だからお金もあるよ〜」


「政府が……?」


「俺たち九十九家の者は代々人に害為す人外を狩り、人と妖の平静を保ってきた。国を守る者として表舞台に立つ事はないが、朝廷にも幕府にも下ることのない第三の勢力とも言えるだろう」


妖という存在を国が認めているとは思わなかったが、彼らが正式な華族だという点には納得がいく。

仮に妖の世界で高位だとしても人間界のお金が無ければこんなに見事な屋敷は建てられない。

政府に対して良い印象を持っている訳ではないが、確かに素性の知れぬ妖に捕まるよりはマシだろう。


(でも、それなら女中の扱いの方が都合がいいんじゃないかしら?)


華族の称号を受けているなら尚更そうだ。

女中なら任命するも辞めさせるも自由だが、婚約者はそうもいかない。

守って貰えるのは有難いが美夜としても勝手に結婚相手を決められては困る。

店でおばさん達が盛りがっているところ申し訳無いがこの話は破談にさせてもらおう。


「あの、女中として受け入れて貰うことは」


「ちょうど婚約者役も必要だったしな。最近の見合い話には辟易していたところだ」


美夜の発言を無視して北斗が維持の悪い笑みを浮かべる。


「お前も、護衛に体質の解明、衣食住の管理ともなれば相応の代償を払うべきだと思うだろう?」


腕を組んで鼻を鳴らした北斗の姿に美夜の表情が固まった。


「只より高い物はない」という諺が浮かぶ。

助けてもらったとは言えとんでもない交換条件を出されてしまった。

命がかかっているのだ。不平等な条件を突きつけられても初めから選択肢など無い。



「っ、わかりました。でも、あくまでフリです!解決したらちゃんと別れてもらいますからね!」


美夜の不貞腐れた声が雅やかな空間に響き渡った。


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