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第二夜:化け物退治

「があぁあぁぁぁあ!!」


久遠であったはずの存在が叫ぶ。

この場で戦闘になる。と身をすくめたが、美夜の思考とは裏腹に黒髪の男は静かに刀を鞘に納めた。



「あとは任せた。殺すなよ」


「いやだなぁ胡月(こうげつ)様。女性がいるのにそんなことしませんよ」


いつの間にか部屋に入り込んでいた金髪の少年が答える。

翡翠の瞳にくるりとした髪を携え、襟のある白い服を着てリボンを首元に付けている彼ははまるで西洋人のようだ。明るく、可愛らしい顔立ちといい胡月と呼ばれた男とは正反対の印象を受けた。

随分と年が離れていそうな外見にも関わらず、砕けた口調で話している点も気になった。

胡月という男からは、無礼を働けばすぐさま斬り殺されそうな雰囲気を感じていただけに彼らの会話に拍子抜けしてしまう。


どういった関係だろうかと見比べるように少年から胡月へと視線を移して、息を呑んだ。


耳が生えている。


いや、耳があることは何もおかしくない。美夜にだって左右にはちゃんと耳が付いている。

そうでは無い。そうでは無く、頭上に近い部分に犬とも猫とも判別の付かない獣の耳がピンと立っていた。

頭から視線をゆっくり下げていく。首、肩、腕ときたところで腰に膨らみがあることに気がついた。上等な羽織の隙間から黒くふわふわとした尻尾が覗いている。


(……人間じゃない!)


収まりかけていた鼓動が再び胸を打つ。

脳裏に自分を喰らおうとしていた化け物の姿が浮かび上がった。

なぜ今まで気が付かなかったのか。


(全身が真っ黒で目に入らなかった?安心して気が緩んでいた?)


いずれにしても言い訳にしかならない。

人で無い以上、彼らが化け物の仲間で無い確証も危害を加えてこないという保証は無いのだ。



振り向いて、ドアが真後ろにあることを確認する。胡月が押し入ったためか扉は開きっぱなしになっているようだ。

現状、この部屋に居るのは彼ら二人だけ。そして彼らの意識は化け物に向けられている。

入り口に最も近い場所に居る自分が不意をつけば、誰にも知られずに部屋の外に出られるはずだ。


大丈夫だ。いける。

時間が経って足の感覚も少しだが戻ってきた。

自分を鼓舞し、転びそうになる足に力を入れて立ち上がったが、覚束ない足取りで数歩進んだところで煩わしそうに声をかけられた。


「おい、何処へ行くつもりだ。勝手に動いて面倒をかけるな」


胡月の漆黒の瞳が美夜を捉えた。白い肌に絹糸のような髪が滑る。

真の美人とは呆れた表情でさえも絵になるらしい。一瞥されたときに整った顔立ちだな、とは思ったがまさかここまでとは。

あまりの美しさに警戒も忘れ呆然としていると、金髪の少年が目の前に躍り出た。


「胡月様、そんな言い方じゃ怖がられちゃいますよ」


「ね?」と同意を求められて曖昧に返事をする。自分の肩ほどの背丈の少年に見上げられると彼の可愛さが一層際立ったように思えた。


「僕の名前は瓢矢(ひょうや)って言うんだ。お姉さんは?」


「わ、私は……花子(はなこ)山田花子(やまだはなこ)です」


流されるままに名前を伝えようとして、思い止まった。どこで聞いたか、幼い頃に「人ならざるものに真名を教えてはいけない」と言われた記憶を思い出したからだ。

はたして、そう教えてくれたのは誰だっただろうか。


「ふぅん……?花子ちゃん、ね。花子ちゃん大変だったねぇ。怖かったでしょ、僕がよしよししてあげよっか?」


瓢矢は少しだけ訝しげに目を細めたが、すぐにパッと花のような笑顔を見せた。

美夜は、どうしたものかと言葉を詰まらせる。

本気で逃げるつもりならこの子を振り払い押し退けてでも扉に向かうべきなのに、それができない。か弱い子どもが相手だから、と言う理由とは違う気がする。


お店でも子どもの相手をすることはままあるのだが、何故か彼にはどう対応したら良いかわからないのだ。

純粋で可愛い子どもにしか見えない。それなのにどこか大人びているというか、色気があるというか妙な違和感があるのだ。


「別に、人間に気遣っても仕方ないだろう」


胡月が懐に手を入れて近づいてくる。


「コレで全部終わりだ」


そう言うと、達筆な筆跡で何かが書かれた縦長の紙を取り出した。

不審な札のような物に後ずさろうとした美夜の体に瓢矢が腕を回して抱きつく。


「ちょっと!」


「ごめんねぇ。ちょーっと我慢してね」


瓢矢と問答を繰り返している間に胡月の手が美夜の額へと迫っていた。

冷たい指と札が額へと触れる。


忘記(ぼうき)


そう胡月が唱えると札の文字が赤い閃光を放ちーーー力無く地面へと落ちた。


困惑という名の沈黙が美夜達の間に走る。

彼女が頭に疑問符を浮かべ床に倒れ伏した紙から胡月へ視線を向けると、厳しい表情の彼と目が合った。自分のせいでも無いのに気まずくなって反射的に顔を逸らす。


「どういうことだ?なぜ効かない?」


何故、と言われても困る。体の何処もおかしくは無いし、記憶もはっきりしている。札を出される前と後で特に美夜の体調に変化は無かった。

そもそも何をされたのか理解していないし、どうして嗾しかけられた相手から不機嫌そうに責められなければならないのか。不満を募らせながら考え込んでいると、ふと胡月の言葉に引っかかりを覚えた。「あっ」というわかりやすい返答が口から漏れる。



「心当たりでもあるのか」


ジロリと胡月に睨みつけられる。

戸惑いながら密着している瓢矢を見ると、にっこりと口元に弧を描いて体から離れてしまった。助けてくれるつもりは無いらしい。瓢矢は美夜に興味を無くしたのか足元の札を摘み上げてひっくり返したり光に透かしたりし始めた。


無言を貫いたまま逸らされない視線の催促に耐えられず美夜は口を開いた。


「あの、化け物も同じようなことを言ってたから」


先ほど言われた言葉を心の内で反芻する。

久遠と胡月、2人の行動と「効かない」という発言から推察するに何かしらの術を使われたのだろう。そして、それが効力を発揮しなかった。


「ふむ」


胡月が顎に手を当てて考え込む。


(今なら逃げられるけど―――)


諦めていなかった逃走の意思が顔を出したが、行動には移さなかった。

冷静に考えると彼らから逃げられる筈がないし、既に一度失敗している。次にしくじればどうなるか分からない。

それに、少しだけ彼らが何者であるか知りたくなってしまったのだ。美夜の中に恐怖心と共に湧き上る未知への高揚、そして異世界への探究心が顔を覗かせた。


「んーー!よし、決めた!」


札を調べていた瓢矢が白いクロスのひかれた机の上に立って美夜を指差し、無邪気な笑顔で小首を傾げた。


「効かないならこうするしか無いですよね?」


消えた、と認識するが早いか首の後ろに強い衝撃を受ける。


「う……」


視界が黒く霞み、体が地面に崩れ落ちる。

痛いという感覚さえ曖昧なままに美夜は意識を手放した。


「お前はまた……」


「え〜?胡月様が甘いだけでしょ」


意識を飛ばす寸前に言い合いをする男達の会話が聞こえた気がしたが、目を閉じると共にその記憶も暗闇へと消えた。


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