小学校
妙子はセレスとミリアの家を訪れた。
この家は一戸建てで、セレスとミリアの父アンドライが建てたものだ。
その他もろもろの手続き済ませて、妙子はセレスの養女となった。
宗教的にも信仰告白を済ませて、シベリウス教徒になった。
今の妙子は中川 妙子ではなく、妙子・中川・ファーゼンハイトだ。
「ここがこれから妙子が住んでいく家だ」
セレスが言った。
セレスとミリアはこの家でいっしょに暮らしている。
この家では妙子の部屋も用意された。
妙子の荷物はセレスとミリアが運んだ。
「お父さん、ミリアお姉ちゃん」
「何だ?」
「なあに?」
「これからよろしくお願いします」
妙子はぺこりとおじぎした。
セレスとミリアは顔を見合わせた。
まだ、6歳の女の子がここまで言えるとは思えなかったからだ。
「ああ、よろしくな、妙子」
「妙ちゃん、よろしくね」
妙子の荷物はそれほど多くはない。
それらはトートバッグに入れられていた。
服やおもちゃ、絵本や学校用の物などくらいだった。
「じゃあ、妙ちゃん、さっそく私たちの家に入ろう!」
「うん! ミリアお姉ちゃん!」
ミリアが妙子の手をつないで家の中に入っていった。
セレスは少し心配しながら、妙子を見つめていた。
まだ両親の死からあまり日がたっていない。
セレスの不安は妙子が自分を父として受け入れてくれるかだった。
セレスもミリアも子供はいない。
初めての子育てだった。
セレスとミリアは分担して、妙子の世話をすることに決めた。
朝日ヶ丘小学校に、妙子を通わせるよう、行政からセレスに指示が来た。
セレスの家から一キロメートル離れた所に同小学校はある。
「兄さん、どうしたの?」
「ああ、行政からさ。妙子を朝日ヶ丘小学校に通わせるように、とね」
「事実上の命令ね」
「まあ、月州共和国憲法には書かれているだろう? すべての国民は教育を受ける権利を持つ、ってね」
セレスが肩をすくめた。
「まあ、憲法に書かれてあるんじゃそうするしかないわね。もっとも、義務じゃなくて権利なんですけれどね」
「ああ、その気になればその権利を行使しないこともできるはずだ」
「行政はそこがわかってないんでしょうね」
「まあ、行政は頭が固いあげく保守的だからな。妙子はどうしている?」
「妙ちゃんなら今、教科書を開いて勉強してるけど?」
「俺は妙子と話をしにいくよ」
妙子はリビングのテーブルで、教科書を開いて勉強していた。
妙子はよくできた子で、自発的に教科書の勉強をしているのだ。
妙子は月州語がよくできた。
「妙子」
「? 何、お父さん?」
セレスは隣のイスに腰かけた。
「妙子は明日から朝日ヶ丘小学校に行かなくてはならないんだ」
「学校?」
「前の学校からの転校として手続きはしてある。明日からリュックサックを背負って登校しなければならないんだ。嫌か?」
「ううん。妙子は学校に行きたい。だって、勉強は好きだから」
妙子が満面の笑みを浮かべた。
次の日、妙子はミリアと手をつないで朝日ヶ丘小学校にやって来た。
朝日ヶ丘小学校はセレスもミリアも通ったことがある学校だ。
ミリアは職員室に入り、担任の鈴木ゆかり先生に妙子を預けた。
「妙ちゃんをよろしくお願いします、鈴木先生」
「いえいえ、妙子さんは引っ越してきたばかりなんでしょう? 私が親切、ていねいに教えてあげようかと思います」
鈴木先生は1年2組の担任だ。
長い黒髪にメガネをつけ、ピンクのカーディガンに紫のロングスカートという服装だった。
さっそく鈴木先生は妙子を連れて教室に行った。
「転校生の妙子・中川・ファーゼンハイトさんです。みなさん、優しくしてあげてくださいね」
「「「はーい」」」
クラスの中から一斉に声が上がった。
どうやら妙子の第一印象は成功のようだ。
「席はどうしましょうか……」
「はい、鈴木先生! 私クララ・カウフマン(Klara Kaufmann)の隣が空いています!」
「それじゃあ、ファーゼンハイトさん、カウフマンさんの隣に行ってください」
妙子は物おじしないで席に着いた。
「初めまして、妙子ちゃん。私はクララ。ねえ、私と友達にならない?」
「いいの?」
妙子は答えた。
「ぜひともお願いしたいの。あなたみたいに外国人の姓を持つ人にはなおさらね」
「じゃあ、友達になってくれる?」
「もちろんよ。私のことはクララと呼んで。それと、リーザ(Liza)!」
「? あたし?」
「ええ、リーザも妙子ちゃんとお友達になってあげて」
「まあ、いいけど。私はエリザヴェータ・パーヴロヴナ(Elizaveta Pavlovna)。リーザって呼んで」
「うん、クララにリーザね」
クララ・カウフマンは長い金髪に碧眼で、リーザは金髪のショートカットであった。
クララは月州語、ドイツ語、英語と三つの言語を習得していて、今はこれにラテン語まで学んでいた。
リーザは月州語とロシア語のバイリンガルで、体を動かすスポーツが得意だった。
「よろしく、クララ、リーザ」