盗まれた貝殻
――――さて。あれから神さまの貝殻は、沖縄からはるばる都会へと運ばれていった。コレクターと思われる太った男は、ひときわ大きく高いマンションの最上階の一番広いスペースに住んでいる。
彼のピシッと決め込んだスーツ姿がやけに似合っていた。しかし、日に焼けた皮膚と、体形がガッチリしているからか、少々怖い感じもする。
夕方。彼が扉を開けたところの表札には「鈴木」と書かれていた。男の部屋には珍しいメダカや熱帯魚等の生き物の他、大きな金庫や宝石箱がショーケースに飾られている。
いわゆる、金持ちコレクターといったところか。
彼は一人で神様の貝殻をシルクの布で拭きながら、何やらぶつぶつ呟いている。少しだけ聴き耳してみよう。
「ふふ。世にも珍しい発色の貝殻の――撫子ちゃん……君がここに辿り着くのは運命だったのだ。そうだな、君のステージは……ここが良い」
鈴木はそう言うと、一番大きな宝石箱の入ったショーケースの鍵を開けて、世にも珍しい発色をする神様の貝殻を飾った。彼は貝殻をまじまじと眺めながら、独り言を始めた。
「金ならある。それなりに遊びもやっている。しかし、本当の私を知るモノはお前たち宝物(コレクション)しかいない。宝物というのは、ただ美しいからというだけで集めるものでは無い。投資や資産のためなんて持っての他だ……例えばそう、撫子ちゃんのように、怪しげで秘めたる物語性のある貝殻の方が価値が高い」
なんということ。
神様の貝殻は、それを眺めている鈴木の感情を刺激したようで。ペラペラと独り言が続く。ひとしきり話し終わったら腹が減ったのか、彼はいつも通り換気のために窓を開け、外に出た。
するとなんということだ。
ベランダの柵から、手がひょいと覗く。泥棒だ……! 鈴木はタワーマンションの最上階に住んでいるからと油断していたのである。
部屋の中をコソコソ物色していた彼は、鈴木が閉め忘れた宝石箱と神様の貝殻のショーケースを見る。泥棒はにんまり笑って、
「ふっふっふ。さすが金持ってんなぁ。ごそっと頂いてくで」
そう言うと、大きなバッグの中に開いたショーケースの代物を全て納めてしまった――その瞬間。泥棒はちょっとした異臭を感じるようになる。
その原因は、神様の貝殻の“見た人によってにおいが変わる”効果のせいなのであるが、泥棒にはそれが分からない。とにかく早くどこかに売ってしまおう。そう思った泥棒は、足がつかないように都会から離れた大阪の質屋へ向かった。
神様は自分の貝殻が、まさか泥棒の手に渡ることを予想できたであろうか。鈴木はコレクションの一部が盗まれたことに深いショックを受けて、「撫子ちゃん~」と、二~三日嘆き寝込んだという。
次々に人の手に渡って行く貝殻。神様はどのようにそれを探せば良いのか、ずっとずっと悩んで居られた。神様は、こういう時に、自分の悩みを覗いてくれる人が居てくれれば良いのにな。と願った。
都会の空に流れ星が出た気がするが、それはプロジェクションマッピングの一部かもしれない。果たして神様の願いは届くだろうか……。