捨てられた貝殻
「ただなま(ただいま)!」
比嘉はそう言って、玄関で靴を脱ぎサーフボードを置く。何やらにぎやかな声が聴こえた。どうやら、先に彼の家族や親戚一同揃って晩酌をしているようだ。
比嘉には付き合っている彼女が居た。その名は瑠璃と言う。親戚の友人という間柄で、彼女はちょくちょく彼の家を訪れては、晩御飯を共にするのであった。
比嘉の家族は大人数で、両親兄妹親戚揃って酒を飲んでいる。あまりにも人数が多いから、歳下の子どもたちが料理を取り合う光景もあった。
ほんのり甘くて口内の水分がなくなる、大きなサーターアンダギー。ハムと肉のような生臭さが癖になる、スパムを使ったおにぎり。ふわふわたまごが優しいゴーヤチャンプルーなど。
比嘉の親父が、
「ぃやーんぬむが(お前も飲むか)?」
と。すでに出来上がった顔で言う。その姿に比嘉は特に違和感を覚えることもなく、「なまーいらん(今は要らない)」と言い、お酌や配膳をしていた瑠璃に近づいて、今日拾った神様の貝殻――もとい。ハイビスカスのようなピンク色の合わせ貝を彼女に見せた。
しかし、神様の貝殻は、見る人によって姿かたちにおいなどを変えてしまう。そしてまた、相手の感情も見えてしまうといった困りもの。
比嘉には、ハイビスカスのようなピンク色の合わせ貝に見えている。しかし、瑠璃には、それがとっても重い大きな巻き貝に見えたのである。
その理由は、瑠璃の心の中にあった。
(本当は他ぬっちゃがしちなんやんしがやー……)※本当は他の人が好きなんだけどな……。
その心の声に驚きとショックを隠せない比嘉は、瑠璃に本当かどうかを問い詰める。彼女は「どうしてわかったんだろう」というような顔で目をぱちくりさせている。
その間も、子どもたちのご飯争奪戦は繰り広げられていた。二人の気まずい空気を「なんくるないさー」とハブ酒を飲みながら顔を真っ赤にして言う比嘉の親父。大分酔っているようで。
他の人とは誰のことだと言えば、白状したように食卓の中から一人の男の手が上がる。その男の名は金城と言う。
彼は、比嘉の幼馴染の漁師の息子だった。子ども以外の一部親族たちがざわつく。その日は1日ケンカになってしまった。
比嘉は知らなければよかった事実を知ってしまった。と同時に、この貝殻を持っているのが嫌になった。何故なら、ハイビスカスのようなピンク色の合わせ貝のような貝殻だと思っていたが、今の彼の目には、その貝殻は色あせた灰色のサザエのような巻き貝に見えていたからだ。
「なちかさっさぁ……(悲しいなぁ……)」
比嘉は、元あった場所に神様の貝殻を捨てた。その様子を見ていた、バカンス中の太った男が一人居た。彼は洗練された都会のアクセントで、
「世にも珍しい発色をする貝殻だ。新しいコレクションにしよう」
と。嬉しそうに言って、神様の貝殻を持って帰ってしまった。当の神様はそのことを知らない。今も必死で大切な貝殻を探している。果たして神様の貝殻は無事に持つべき者の手に帰ってくるのだろうか。