第八十七話 また明日
「なるほど。帝都にそのような悪魔族が……」
ギブソンは眉間にシワを寄せ深刻そうな表情を浮かべた。
「そいつ自体は大したことないけど、背後に七禍の誰かがいるのなら少々面倒ね」
「肝に銘じておきましょう」
ギブソンとバッカスはアンジェリカに深々と頭を下げる。その様子を間近で見てゴクリと唾を飲み込む男。渦中の男であり先ほど泡をふいて倒れたガラムである。
実質的に国を動かしている重要人物と首都における有力者であるギルドマスターがこの上なく丁寧に接する様子を見て、目の前にいるのが真祖であると改めて実感できたようだ。
「ではガラム殿。娘さんも無事呪いから解放されたことであるし、真実を話して貰えるだろうか」
「もちろんです」
バッカスの言葉にガラムが力強く頷く。
「まず、娘であるジェリーに呪いをかけたのはフロイドという悪魔です。彼から命じられたのは国の情報を帝国へ流すこと、そして私が国を主導できる立場になることでした」
なるほど、傀儡政権を作るつもりだったのか。アンジェリカは紅茶を口にしつつ横目でガラムをちらりと見やった。
「ただ、いくら政敵とは言え手にかけるようなことは私にはできなかった。そう伝えると、彼は時間と場所を決めて呼び出すだけでいい、そう言ったんです」
俯いて絞り出すように言葉を紡ぐ。その様子からはたしかな後悔が見てとれた。
「ふむ……アンジェリカ様が仰った通り帝国と悪魔は手を組んでいるようですな」
「だが、帝国はまだしも悪魔族にとっての利点が分かりません」
ギブソンの疑問はもっともだ。アンジェリカ自身、何故悪魔族が人間の国に肩入れして隣国を落とそうとしているのか皆目見当がつかない。
「ガラム殿、そのあたりは何か聞いておらぬか?」
「いえ、そこまでは……」
「ふむ……ではガラム殿を傀儡にする計画が頓挫した帝国はいかなる手に出るであろうか?」
「戦争……の可能性もなきにしもあらずですね」
「準備だけはしておかねばなるまいか……」
大体の方針を決めてから会議はお開きになった。
「ギブソン、ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょうか?」
「念のために……」
アンジェリカはギブソンに懸念していることを伝え対策を勧めた。何せ敵は卑劣な悪魔どもだ。どんな汚いことでもやってくる。
「さ、帰りましょパール」
「うん、ママ」
「あ、あのっ!」
アンジェリカがパールの手を繋いで転移しようとした刹那、ジェリーがそれを遮った。
「パールちゃん、今日は本当にありがとう……。また明日学校でね!」
「うん! また明日ね!」
笑顔で明日の約束をする二人の様子を目にして、微笑ましいなと目を細めるアンジェリカ。クラスメイトともうまくやれているようだ。
「ジェリーちゃん……だっけ?」
「あ、は、はい!」
おとぎ話でしか知らない真祖に話しかけられガチガチに緊張するジェリー。
「パールと仲良くしてくれてありがとうね。これからも仲良くしてあげてね」
「は、はい! もちろんです!」
ジェリーは満面の笑みを浮かべてはっきりと答えたのであった。
「……バカな。あの呪いが解呪されるなど……!」
帝都の地下に構えた拠点でフロイドは混乱していた。計画はうまく進んでいたはずだった。あのままガラムが発言力を強めて政治を牛耳れる立場になり、それを帝国が操る。
ほとんどの政敵も排除しあと一歩のところまできていたというのに……。そもそも、あの呪いが解呪されるとはどういうことだ?
あの方までとはいかずとも、俺の呪いを人間ごときが解呪できるはずがない。だが、現実に呪いは解かれてしまった。かくなる上は──
「ウィズ、いるんだろう?」
「……ああ」
暗闇と同化していたダークエルフのウィズが姿を現す。
「呪いを解かれてもまだやりようはある。いけ」
「はいよ」
人使いが荒いこって、とぼやきながら再びウィズは姿を消した。
「えーと、あれだよな」
夜の闇に紛れてウィズがやってきたのはランドール共和国の首都リンドル。彼女の目の前には立派な屋敷が建っている。
中央執行機関の議員であり、帝国とフロイドが傀儡にしようと目論んでいたガラム議員の邸宅。呪いが解かれたのなら直接さらって人質にしてしまえばいい。
ウィズは邸内に侵入するため敷地内に足を踏み入れようとする。が──
「!?」
強力な結界に阻まれてしまった。それだけではない。おそらく侵入者を検知する仕組みなのだろう、途端にウィズがいる場所へ魔法が飛んできた。
「ずいぶん厳重じゃねぇか! こう来るってのを予測してたみてーだな!」
ウィズは魔法をかわしつつ頭を回転させる。触った感じ結界は相当に堅牢だ。あれを破って侵入するのは至難の業である。
結界を張った本人かどうかは分からんが護衛もいるらしい。人数も敵の強さも分からぬ以上長居は禁物だ。
「まあいいさ。ならもっとさらいやすいところで狙うとするぜ」
奴の娘は学校へ通っていたはずだ。さすがにそこまで護衛も張りついてはいまい。仮に護衛がいたとしても私の敵ではない。いざというときは周りの子どもも盾にできる。
我ながら完璧な計画だと一人頷いたウィズは、そのまま暗闇のなかへ溶け込むように消えていった。
そして、ウィズはのちにこの判断が大きな誤りであったことを嫌というほど思い知らされる。
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