第八十五話 仇敵
アリアから七禍の話を聞かされ懐かしい夢を見るアンジェリカ。一方、朝パールが学園に登校すると複数の生徒から詰め寄られているジェリーを見つけたので助けに入るのであった。
いつものように悪魔どもを蹴散らすだけのつまらない戦争だと思っていた。案の定、私が先頭に立ち敵陣へ斬り込むとまたたく間に敵は総崩れとなった。
だが、それは敵の用意周到な罠だった。敵陣深くまで斬り込んだ私と直属の兵団は戦場から完全に孤立し、気づいたときには別働の手勢に囲まれていたのである。
しかも、敵の首魁ベルフェゴールは我が兵団のなかへ間者を送り込み、私が悪魔と内通しているとの噂を流していた。姑息なやり方だ。そのせいで兵団は統率がきかなくなり、当主からの援軍も期待できなくなった。
常勝将軍と呼ばれ続け調子にのった結果がこの有様である。おそらく私はもう生きて戻れはしないだろう。生きて帰ったところで、悪魔と内通したと疑われているのなら私に居場所はない。
こうなったら一人でも多くの悪魔を道連れにし、死して潔白を証明するしかない。覚悟を決めた私は、愛用の大矛を担ぐと敵本陣への単騎斬り込みを敢行した。
悪魔どもをひたすら薙ぎ払い、斬り捨て、叩き潰す。体力が尽きいよいよ死の足音が聞こえた頃、突如空が光り上空からとんでもない威力の魔法が敵に向かって放たれた。
一撃で一軍を殲滅するほどの高位魔法。いったい誰が。まさか援軍か? 訝しがる私の耳に聞き慣れた可愛らしい声が飛び込んできた。
「フェーーーールーーーー!!」
それは紛れもなくアンジェリカ様の声。私は自分の目と耳を疑った。何故? 幼い姫君がどうしてこのような戦場に?
「フェル! 大丈夫!? お兄様からフェルが危ないって聞いて、援軍も出せないって言ってたから一人で助けに来ちゃった!」
地上に降り立ったアンジェリカ様はそう口にすると、再度敵陣へ向かって魔法を撃ち込んだ。
「早く逃げるよ、フェル! 空から放った魔法でかなり魔力を使っちゃったから!」
アンジェリカ様の助けもあり、私たちは何とか命を失わずに済んだ。だが、退却時に殿を務めていたアンジェリカ様は、全身いたるところに手傷を負う羽目になった。
敵の首魁、七禍の一柱ベルフェゴールは女嫌いの悪魔として有名である。女の身で戦場へ出てきたアンジェリカ様が気に入らなかったのか、かの者は彼女へ集中的かつ執拗に攻撃を仕掛けた。
そして、そのとき受けた傷は未だにアンジェリカ様の背に残されている。
ソファに座ったまま目を閉じていたフェルナンデスはゆっくりと目を開く。
将軍の職を辞してからも私はあの者を探し続けていた。お嬢様を傷モノにした憎き敵の首魁。七禍の一柱ベルフェゴール。
行方がまったく知れなかったが、思わぬところから手がかりが舞い込んできた。アリアに感謝しなくては。
フェルナンデスはテーブルの上に視線を向ける。テーブルには布にくるまれた棒状の何かが横たわっていた。
丁寧に布を剥ぎ取る。現れたのはかつて数多の戦場で大勢の敵を屠ってきた業物の大矛。
あの者の居場所が分かったその暁には……。
フェルナンデスは瞳に冷たい光を宿すと愛用の矛を手に取った。
「あの……ありがとう」
複数の生徒から詰め寄られていたジェリーを助けて教室に入ると、彼女から小さな声でお礼を言われた。
「んーん。それよりも大丈夫だった?」
「うん。慣れてるし……」
「慣れてるって、それどういう──」
大事なところで授業開始の鐘が鳴り響く。仕方なくパールは席についた。
休み時間にまた聞いてみよう、と考えたパールだったが、ほかのクラスメイトに話しかけられたりジェリーが席を外したりとなかなか機会に恵まれない。
やっぱり帰り際しかないかな。パールは大人しくすべての授業が終わるまで待つことにした。
なお、パールの知識量に舌を巻いた教師たちは、張り合うのではなく授業に活かそうと考えたようだ。そのため、パールは授業中に何度か教師の補助役のようなこともやる羽目になってしまった。
「……皆んな帰ったよね?」
前回と同様、パールはトイレにこもってクラスメイトが帰るのを待つ。廊下が静かになったのを確認して教室に戻ると、一人読書をするジェリーの姿が目に入った。
「……何となく来ると思った」
ジェリーは読んでいた本をパタンと閉じる。
「うん、ちょっとお話したくて。朝はどうして揉めていたの?」
「……私のパパは中央執行機関の議員なの。あの子たちはパパと敵対してた議員たちの子ども」
「それでどうしてジェリーちゃんが責められるの?」
まあ分かるけど。
「……最近、パパと敵対してた議員が次々と失踪してるの。それにうちのパパが関わってるんじゃないかって」
「そう……なんだ」
やや俯いたジェリーの顔には悔しそうな表情が浮かんでいた。でも、それ以外にもさまざまな感情が入り混じっているようにも見える。
「ジェリーちゃんが元気ないのはそれだけが原因? ほかにも困ったことあるんじゃない?」
「…………」
「あのとき、治癒魔法を教えられるかと聞いたのはどうして?」
ジェリーは何も言わない。口を真一文字に結び必死に何かに耐えているようにも見える。
パールは直感的に気づいた。ジェリーちゃんは救いを求めている。救ってくれる誰かを待ち続けている。
「ジェリーちゃん。私なら絶対にジェリーちゃんを助けてみせるよ」
パールは火傷の痕を隠すためとの理由で着用していた右手の手袋を脱ぐ。手の甲に浮かび上がる星形の紋章に、ジェリーの目が驚愕に見開かれた。
「私、聖女なんだ」
聖女がどのような存在なのかは子どもでも知っている。もちろんジェリーも。
突然、ジェリーの瞳から大粒の涙が止めどなく溢れ始めたかと思うと、絞り出すように言葉を吐いた。
「……助けて」
「もちろんだよ」
パールは真剣な顔で力強く頷いた。
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