第八十一話 仲良し作戦
学園へ初登校したパールは授業でも持ち前の知識と頭脳を披露し次々と教師たちを落ち込ませる。そんなパールにクラスメイトは羨望の眼差しを向けあっという間に人気者になってしまったのであった。
ランドールの情報を帝国に流しているとの疑いをかけられているガラム議員。
最近では中央執行機関における発言力が格段に増したという。理由は、彼の政敵が次々と謎の失踪を遂げているからだ。
そもそも、彼は政争と無縁の存在だったらしい。これといった野心も抱かず、常に国のことを考える愛国心溢れる人物だったとのこと。
──たしか、ギルドマスターさんとママはそんなふうに言ってたよね。
パールは記念すべき初登校日における最後の授業を受けつつぼんやりと考えを巡らせた。
「パールさん、ちゃんと聞いていますか?」
パールの様子がどことなく上の空に感じた古代語の教師が声をかける。
「あ、はい。聞いてます」
「では、この古代語を訳してみなさい」
黒板には古代語で長文が書かれていたが、クラスメイトは明らかに困惑した表情を浮かべていた。
いくら特級クラスとはいえ、とても初等部の生徒に解けるような難易度ではないからだ。もしかすると高等部でも解けないんじゃ……と口にはしないものの誰もが同じことを考える。
が──
「はい、これでいいですか?」
黒板の前に立ったパールは、クラスメイトが見守るなかあっさりと解いてしまった。教師はすでに涙目である。
「あ、先生! この単語なんですけど、こういう文のときはこっちの単語を使ったほうがいいと思います。実際、昔はこの単語を使ってたってママが言ってました」
そう指摘したパールは、該当する単語を指さしたあと、空いているスペースにそっと単語を書き足した。
「あ……そうですか。うん、ありがとうございます、じゃなくて、よくできました……」
魂を抜かれたような顔で何とか言葉を紡ぐ古代語教師。ほかの教師のリベンジ失敗である。
それからはもう指名されることもなかったため、再びパールはガラム議員の娘、ジェリーを気にしつつ考えをまとめ始めた。
えーと、たしかクラスメイトの話では、ジェリーちゃんはもともと明るい女の子だったんだよね。
でも、ここ数ヶ月で急に暗くなって皆んなとの会話も少なくなった。だからお昼も一人で食べてたんだよね、きっと。
うーん、理由が気になるなぁ。
多分、お父さんの件と関係があると思うんだよね。うん、これはやっぱり直接話してみるしかないや。
最後の授業が終わったあとは、担任からの話がありそのあと解散という流れだ。
ジェリーちゃんはいつも馬車で送り迎えしてもらっているらしい。で、馬車が来る時間は毎日決まっていて、それまでジェリーちゃんは教室で一人待っている。
これもクラスメイトから仕入れた情報だ。
パールは昼休みのようにクラスメイトたちから囲まれないよう、担任の話が終わると風のように教室を出て行った。
皆んなが諦めて帰るまでトイレに隠れ、ジェリーちゃんが教室で一人になったときを狙おうという寸法だ。
「そろそろいいかな……?」
特級クラスの教室から施設の玄関へ行くにはトイレの前を通る必要がある。
耳を澄ますと、クラスメイトたちの声が少しずつ遠ざかっていく様子が窺えた。そろりと個室の扉を開き、そっとトイレから廊下を覗こうしたそのとき──
「きゃあっ!」
「ひゃっ!」
トイレの入り口からそっと顔を出した瞬間、入ってこようとしたジェリーと鉢合わせになった。
「な、何よ、びっくりした……! ってあなた、たしか……」
「あ、パールです! ごめんね、驚かせちゃって……」
パールはそそくさとトイレを出る。さすがにトイレにやってきた女の子を引きとめることはできない。
しばらく待つとジェリーがトイレから出てきたが、パールに怪訝な視線を投げかけた。
「……まだいたんだ」
「うん! ジェリーちゃんとお話したいなと思って」
微笑んだあとやや上目遣いでジェリーを見つめる。
どうだ! 並の大人ならこれでイチコロだよ!
「私と……? んーん……私はいいや……」
ガーンである。
そう、パールの上目遣いは大人にこそ抜群の威力を発揮するが、子ども相手には大して効果はなかった。
ジェリーはパールの横を素通りして教室へ戻ろうとしたが、パールはそんな彼女の前に素早くまわり込む。
「じ、じゃあ何か困ってることない!? 勉強でも何でも教えるよ!?」
「……どうして私に構うのよ」
ジェリーは眉間にシワを寄せ、苦々しげな表情を浮かべる。
「んー、だってジェリーちゃん可愛いし、何だか気になっちゃったんだもん」
その言葉に、一瞬ジェリーの表情が緩んだ。
「だから仲良くなりたいなって。本当に勉強でも何でも教えるし」
「…………」
怖くなるくらいの沈黙。耳の遠くで小さくキーンと音が響いている気がした。
「…………ほう」
「……え?」
ジェリーが何か呟いたが聞こえなかった。
「治癒魔法……教えられる?」
「治癒魔法……? どこか悪いの? もしくは誰か治療したい人でも──」
最後まで言葉を紡ぐ前に、ジェリーは「何でもない」と呟きその場を走り去る。パールはその背中を見送ることしかできなかった。
「何かご用かしら?」
セイビアン帝国の帝都で情報収集をしていたアリアは、背後から尾けてくる気配を察知し、敢えて人通りのない通りまで移動した。
振り返ったアリアの前に立っていたのは一人の悪魔族。
「……用件はお前のほうがわかっているだろう?」
「さあ……何のことでしょう? 私は街中を散策しているただのメイドですよ?」
不自然なほどニコニコとした笑みを顔に貼りつけたアリアが答える。
「む……お前、吸血鬼か。しかもこの時間帯に出歩けるってことは純血種だな」
「そういうあなたは上位悪魔族とお見受けしますが?」
フロイドの肩がぴくりと跳ねる。
「俺のことはいいさ。で、吸血鬼がいったい何をしてるんだ?」
「あなたにお答えする必要はありません」
笑顔を絶やすことなく告げるアリア。
「俺を上位悪魔族と理解したうえでずいぶんと強気だな」
「強気なのは生まれつきですの」
刹那──
フロイドはアリアの目の前から一瞬で姿を消した。
「やれやれ。相手の力量も測れないとは愚かなことだ」
アリアの背後に転移したフロイドは、そう呟くと後ろから手刀で彼女の心臓を貫いた──かに見えた。
「!?」
アリアの姿が陽炎のように揺らめき消える。
「いったいどこへ…………ぐぁっ!!」
瞬間、背中から胸に強烈な痛みを感じたフロイド。静かに視線を落とすと、自分の体から手が生えていた。
「相手の力量を測れない? 違いますよ。測る必要がないんですよ」
ぬらりとフロイドの体から手を引き抜いたアリアは、その場で大きく手を振って付着した血を落とそうとする。
「……悪魔の血とかほんっと最低。汚らしい」
ゴミを見るような目をフロイドに向けたアリア。確保しようと近づいたのだが……。
「……くっ……!」
フロイドはその隙を与えず姿を消した。
「あら、逃げられちゃった。お嬢様に怒られるかな?」
ふう、と大きく息を吐く。
「とりあえず早く帰ってお風呂入ろうっと」
一人呟いたアリアもその場から姿を消し、あとには不気味な色をした血溜まりだけが残された。
お読みいただきありがとうございました!
少しでも面白いと感じてもらえたのなら↓の⭐︎で評価していただけると励みになります。ブックマークもうれしいです!




