第八十話 初登校
「おはようございます。今日から皆さんと一緒に学ぶ新しいお友だちを紹介しますね。パールさんです。皆んな、仲よくするように」
教壇から生徒にパールを紹介しているのは、初等部特級クラス担任の女性教師、ヴィニルである。
リンドル学園初等部の特級クラス。
六歳から十二歳までの選ばれしエリートが勉学と特殊技能の修練に励むクラスである。二十名の生徒が在籍しており、男女比はちょうど半々だ。
「パールです! よろしくお願いします!」
元気よく挨拶し、ぺこりと頭を下げたパールに多くの生徒が熱視線を送る。すでにパールの噂は学園中を駆け巡っており、実技試験の様子を目の前で見た者もいるようだ。
なお、優れた知能と特殊技能があれば六歳から在籍できるクラスだが、どうやらパールが最年少らしい。
「じゃあ、パールさんはあそこの空いた机を使ってね。オーラさん、お隣ですから分からないことは教えてあげてくださいね」
「は、はい!」
オーラと呼ばれた女生徒が慌てたように返事する。
「オーラちゃん、よろしくね」
「は、はい! こ、こちらこそよろしくお願いしますです!」
ん? 何かこういう喋り方する人に覚えがあるような。
「では、さっそく歴史の授業を始めます」
パールはバッグから教科書を取り出し開くと、真剣な顔で黒板に目を向けた。
歴史の授業を終えた担任のヴィニルは、教室を出て周りを確認すると、大きくため息をつく。そのままとぼとぼと歩いて職員室に戻り、自分の席に座ると机に突っ伏してしまった。
「ヴィニル先生、どうされたんですか?」
算術担当の教師が、ヴィニルの並々ならぬ様子に思わず声をかける。
「いえ……。ちょっと自信をなくしただけです……」
「ん……んん? 何かあったんですか?」
「実は……」
ヴィニルが落ち込んでいる原因はパールである。問題を出すとことごとく答えられ、さらに教師を遥かに上回る知識を披露するため、ヴィニルは授業中ずっと緊張しっぱなしだった。
「筆記試験で満点とは聞いていたんですが、まさかあそこまでだったなんて……。さすがに自信なくしちゃいますよ……」
はぁーー、と再度深くため息をつく。
「そこまでですか……。よし、次は算術の授業なので、私が先生の仇をとってきますよ」
胸の前でぐっと拳を握る算術担当のハミル。三十歳独身、絶賛婚活中の女性教師はやる気満々のようだ。
「お、楽しそうな話してますねー。じゃあ私も頑張ってパールさんをぎゃふんと言わせてみせます!」
二人の背後から聞こえた声の主は、黒いローブを纏った魔法担当のリザ。
「よし、お互い頑張りましょう!」
何か変に盛り上がっている二人にちらと目を向けたヴィニルは、またまたため息をつくのであった。
──そして昼休み。
職員室ではヴィニルに算術担当のハミル、魔法担当リザの三人が机に突っ伏していた。ハミルもリザもあっさりとパールの返り討ちにあってしまったのである。
特に魔法担当であるリザは、パールの圧倒的な魔法知識の前に完膚なきまでに叩きのめされたらしい。ご愁傷様である。
一方、そのころパールはクラスメイトに囲まれて大変なことになっていた。
美少女なうえに運動施設の防壁を魔法で破壊できるほど強く、しかもあらゆる教科で教師を圧倒する知識を有するパールに興味を抱かない者はいないだろう。
「ねえねえ! どうしてそんなに頭いいの!?」
「昨日の魔法は誰に教えてもらったの!?」
「どこに住んでいるの!?」
パールはアリアに作ってもらったお弁当を口にしつつ、クラスメイトからの質問に答えていく。
アンジェリカの予想通り、パールはあっさりとクラスに受け入れられたようだ。すでに大人気である。
同年代の少年少女と会話を楽しみつつ、パールは斜め前、入り口近くの席に座り一人食事をしている女の子に視線を向けた。
綺麗な金髪のツインテールが印象的なその女の子こそ、帝国との内通を疑われているガラム議員の娘、ジェリーである。
初日にいきなり話しかけるのは変かな? でも、それが目的でここにいるんだしなぁ。
全部の授業が終わったあとに話しかけてみようかな? うん、そうしよう。
「ランドールはどうなっている?」
悪魔族のフロイドは足を組んでソファに体を預けたまま、目の前の男に鋭い視線を飛ばす。
「もうそろそろであろう。ガラムの政敵はあらかた始末した」
初老の男はでっぷりとした巨体をソファに沈めると、ローテーブルから書類を手に取った。
「あいつを完全な傀儡にできりゃ話は早い。面倒なこともしなくて済む。まあ、あいつが俺たちに逆らえるはずはないんだがな」
ニヤリと片側の口角を上げたその顔はまさに悪魔である。
「だが、一つだけ気になることがある」
フロイドは急に真面目な顔つきになった。
「いったい何だ?」
初老の男が書類から目を離し、フロイドに視線を向ける。
「帝都のなかに油断ならざる者が入り込んでいる可能性がある」
「……どういうことじゃ?」
でっぷりとした体を揺すると、初老の男は書類をローテーブルの上に戻した。
「……少し前から得体の知れない奴が帝都をうろちょろしていると、使い魔から報告を受けていた」
「ふむ、それで?」
「報告によると、メイドの姿をしたその女は明らかに只者ではないとのことだ。時期が時期だからな、面倒は避けたい。使い魔には始末できるならしておけと命じたんだ」
「…………」
「ところがだ。それ以降使い魔からの報告はいっさいない。おそらく返り討ちにされたんだろうな」
フロイドは苦々しそうに言葉を紡ぐ。
「……いったい何者だ?」
「それは俺が聞きたい。俺の使い魔はAランク冒険者すらあっさり殺せる強さだ。にもかかわらず、数体の使い魔を痕跡すら残さず消すとは尋常ではない」
「…………」
「もし、帝国に敵対する者なら面倒なことになるぞ」
フロイドは真剣な表情を崩さない。
「……こんな時期じゃというのに。頭が痛いのぅ」
セイビアン帝国の皇帝、ニルヴァーナ・レイ・セイビアンはソファの背もたれに深く体を預けると、天井を見上げて目を閉じた。
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