第八話 吹き荒れる災厄
「──もう一度言ってもらえるかしら」
いきなり意味不明なことを口走った国王に、アンジェリカは冷えた視線を向ける。
「帝国と戦争になる。少しでも戦力が必要だ。『国陥としの吸血姫』が従軍すれば我が軍の被害は最小限に抑えられるであろう」
「お断りよ」
聞き終わらないうちにバッサリと断るアンジェリカ。
「なぜだ!」
「なぜだはこちらのセリフよ。私は人間同士の争いになんかまったく興味ないし、戦争に協力しなきゃいけない理由もないわ」
正論である。
しかし、国王の愚者ぶりはアンジェリカの予想をはるかに超えていた。
「そなたは昔、初代ジルジャン王を手助けしたのであろう。それなら余のことを助けるのも当然ではないか」
正直バカすぎて話にならない。こいつの頭のなかはどうなっているのか。
「話にならないわね。あの子は謙虚で優しく礼儀をわきまえたいい男だった。お前みたいな愚者とは似ても似つかない」
「なんだと!!」
「これ以上くだらない話を聞くつもりはないわ。あまりにもしつこいようだと、帝国と戦争する前に私がこの国を焼き払うわよ?」
紅い瞳にわずかな殺気をこめてアンジェリカは警告した。
「ヒッ……!」
口が達者な割りにずいぶん小心者な王である。
「もう帰るわね。二度と会うことはないでしょう。それではごきげんよう」
優雅なカーテシーを披露し、その場を立ち去ろうとしたアンジェリカだったが……。
「そうはいかん!」
国王の声に呼応するように、騎士とローブを着用した魔術師らしき者たちが謁見の間になだれ込んできた。
10~15人前後であろうか。
「こうなったら、力づくでも我が国に協力してもらうぞ」
その言葉に、謁見の間に居合わせた重鎮たちが焦りの表情を浮かべて叫び始める。
「陛下!真祖に武力行使など正気の沙汰ではないですぞ!!」
「そうです!真祖は一人で一国を亡ぼす力の持ち主です!力で思い通りになるとお思いか!」
そう、国王の悲劇は真祖たるアンジェリカの力量を正しく理解していないことにあった。
『国陥としの吸血姫』といっても、まさかアンジェリカが一人で一国を亡ぼせるとは思っていないのである。
実際は、魔法一撃で都市を壊滅させられる力量があるのだが。
そのため、数で囲めばいかに真祖といえど何とでもなるだろうと考えているのだ。
アンジェリカはアーモンド型の整った目をスッと細めて国王に視線を向けた。
「国王よ。自分が何をしているのか分かっているのか?真祖の姫であり『国陥としの吸血姫』と呼ばれるこの私に刃を向けようというのか?それがどういう意味なのか理解しているのか?」
さすがにイライラが募り、言葉遣いも剣呑になる。
「クク……。いかにそなたが真祖とはいえ、我が国が誇る最強の騎士と魔術師を相手にしてはただでは済まぬぞ?どうだ?余の言葉に従う気になったか?」
すでに勝った気分で気持ちよさそうに言葉を述べる国王。
「はぁ……。つくづく愚者と話すのは疲れるわ。いいわ、遊んであげるからかかってらっしゃい」
「くっ!そなたたち、相手は真祖だ!多少痛めつけても構わん!本気でかかれ!」
王の言葉を受け、魔術師たちがアンジェリカに向かって魔法を放つ。
「炎球!」
「風刃!」
「水弓!」
四方八方から放たれた魔法が一気にアンジェリカへ襲いかかった……が。
アンジェリカに直撃したと思った瞬間、すべての魔法が消失した。
「悪いけど、私に魔法は通用しないわよ」
涼しい顔で残酷な事実を伝えるアンジェリカ。もちろんノーダメージである。
「ば、ばかな──。魔法無効化だと……!?」
本気で撃ち込んだいくつもの魔法を、涼しい顔で無効化したアンジェリカに魔術師たちは唖然とする。
その刹那
「魔法への強耐性があるのなら、物理攻撃への耐性は低いであろう。もらった!!」
隙をついて接近した一人の騎士が、アンジェリカの背後から剣を横なぎに一閃した。
確実にとらえた。
誰もがそう思った瞬間、騎士の剣が折れて宙を舞う。
またまたアンジェリカはノーダメージだ。
「私の体は常に5枚の対物理攻撃結界で守っているわ。人間の剣じゃ絶対に壊せないわよ」
またまた残酷なことを口にする。
「そ、そんな……。そんなの、どうやったって勝てないじゃないか──!」
愕然とする騎士だったが、最後の気力を振り絞ってアンジェリカにつかみかかろうとした。
それを華麗にかわしたアンジェリカが、騎士の頭にそっと手を触れると、頭が爆発し血や脳漿が飛散した。
「あ。思わずやっちゃった」
殺すつもりはなかったんだけどなー。まあ仕方ないか。
ほかの騎士や魔術師たちを見ると、全員が恐怖と絶望に顔を歪めていた。
「な、何をしているそなたたち!全員でかかるのだ!」
国王の命令を受け、恐怖ですくむ体を奮い立たせた騎士たちが攻撃しようと近づいてくる。
「面倒だわ」
アンジェリカは少々本気で魔力を解放した。
強烈な魔力の波動が騎士や魔術師の意識を刈り取る。まるで糸が切れたマリオネットのように、全員がその場に崩れ落ちた。
「な──!ななっ……!な……!」
王国が誇る最強の騎士と魔術師が、たった一人の少女にあっさりと倒されてしまい、国王は狼狽した。
アンジェリカから放たれる殺気はだいぶ弱くなっているものの、国王はいまにも失禁しそうである。
「騎士と魔術師をたくさんそろえれば、本気で私に勝てるとでも思ったのかしら?」
「ヒィッ……!」
底冷えするような視線を向けられ、国王は情けない声をあげる。
「今日のところはあの子、建国王に免じて許してあげるわ。でも次はない。私が不快に感じることをしたら、そのときは間違いなく国が亡びると肝に銘じておきなさい」
そう言い残してアンジェリカは謁見の間をあとにした。